【スミイサ】CODE NAME: THE WIZARD OF OZ【モブ視点ホラー?】『エメラルドの都へお行きなさい。
偉大な魔法使いである王様が、きっとあなたの願いを叶えてくれるから』
カンザスから魔法の国へ、竜巻で家ごと吹き飛ばされた少女は、家族のもとへ帰る方法を飼い犬と共に探す。
北の善良な魔女の教えに従い、少女は仲間を連れてエメラルドの都を目指した。
世界中の子供達が、夢と希望と好奇心を与えられるか、興味が無くて触れていないか、そもそも存在を知らなかったりする、そんなおとぎ話。
不思議に満ちた魔法の国の冒険譚。だがそれは、あくまでフィクション…誰かの空想から生まれた物語に過ぎない。だが、フィクションだからこそ、人々に希望を与える無限の世界が広がっていく。
幼い頃に教わった『希望』を信じる事で、日々を生きる勇気が湧いてくる。誰もがそう信じていた。
国を問わず、人種を問わず…一般的な教養の下に育てられた子供は、皆それを理解しながら大人へと成長し、現実の辛さを乗り越えてきた。
あの日までは…
☆
照明が消され真っ暗なはずの部屋は、複数のモニターにより横方向の光源で照らされていた。モニターを置くテーブルにも、床にも、紙くずや食べ物の空き容器が散乱している。部屋の主はその中心でキャスター付き椅子に座り、モニターの群れを睨み続けていた。
アメリカ合衆国某所の深夜、とあるアパートの一室、主は眼鏡をかけた痩せぎすの若者。
『マイク、そっちはどうだ?』
「手遅れだ、動画ぜんぶ削除されてる…アンディの方は?」
『SNSの投稿はどれも相変わらず。いったい何人体制で見張ってんだか…』
『この前メールした奴もダメだったよ、フォルダごと消えてたとかで』
モニターの一つには眼鏡の若者自身と、他にも二人の青年が映し出されている。そのどれもが不健康そうで、小柄な方は画面を見ずに下を向き、肥満体型な方はマグカップを片手に不満を漏らしていた。
「くそ…結局いま残ってるのはジョージの記憶だけか…」
『なかなか尻尾ださねぇな、【オズの魔法使い】…あちこち逃げ回りやがって…』
眼鏡の若者…マイクから、ジョージと呼ばれた肥満の青年。彼が表示したインターネット掲示板の画面を、マイクとアンディ…小柄な青年が凝視する。
《オズの魔法使いについて、情報提供求む。》
ここでの【オズの魔法使い】とは、童話の事ではない。匿名の誰かが、ある事象に対して定義したコードネームが広まり、それがネットユーザーの間で共通認識となったものである。
全ての始まりは、地球全体が未知の存在からの侵略を受け、世界各地に甚大な被害をもたらした痛ましい事件。そこからおよそ半年が経過したある日、復興に伴う民衆の混乱から暴動へと発展したニューヨーク・タイムズスクエアの中心に、謎の巨大ロボットが出現した。
アニメやコミックからそのまま出てきたような立ち姿に、現場に居合わせた暴徒や野次馬はおろか、出動した警察や軍隊も皆一様に呆然とし、『人と人が争うべきではない!』と主張するロボットに言われるがまま全員が武器を放棄した。
突如現れた超自然的存在が誰ひとり傷つけず、傷つけさせずに紛争を鎮めた。その活躍は人から人へ、国から国へと瞬く間に広まり、世界中の注目を集めることとなったが、同時にあらゆる疑念を人々へ植え付ける結果にも繋がった。
あの狂騒の後、未知の侵略者を退けた英雄として、日米のTSパイロット2名が注目を浴び続けた。だが、圧倒的な力を持ちながら、人類の味方として争いを嫌うその巨大ロボットこそ、真の救世主なのではないか。
各国の政府機関やメディアは、万人の理解を超える神秘により混乱が生じないように、真の救世主を厳重に秘匿しているのではないか。
そして、本当に地球を救ったのがその神秘の巨人であるならば、我々が救いを求め祈り続けてきた神とは一体何なのだろうか。
人々を駆り立てたのは疑念だけではない。
当時タイムズスクエアに居合わせた野次馬は、こぞってスマートフォンを構えその勇姿を撮影したはずが、どの端末からも画像データが消えていたのだ。動画も例外ではなかった。
騒乱自体はニュースとして取り上げられはしたものの、ロボットについてはどのテレビ局も、新聞社も、ウェブライターも大きくは取り上げず「タイムズスクエアに謎の巨大ロボットが出現し、怒れる民を鎮めた」以外の言及を徹底的に避けているようで、僅か一日と経たずに報道は軒並み切り上げられてしまった。
加えて、ロボットは大声で自らの名を名乗った事が周知の事実でありながら、その名前を出力したテキストや音声も、電波に乗せた次の瞬間には削除されているのだ。残されたのは、現場に居合わせた者達の目と耳のみ。
エメラルドの光を纏い、民草を争いから退けて廻る幸福の化身。
名前を呼べないその奇跡は、碧色の輝きからいつしか【オズの魔法使い】という暗号で呼称されるようになった。
だが、人の好奇心とは果てしなく、目撃情報の一つ一つが繋がって線となり、やがて途方もない探究心として膨らんでいく。
真実をひた隠す政府の陰謀に怒りを覚える者。
人々の目に見える味方であるそのロボットこそ真に救いをもたらす神とみなし、信仰を全て変えてしまった者。
ロボットを極秘裏に開発されていた最新型TSと認識し、そのパイロットを探る者。
そして、
『そういえば…こないだコンタクト取った【オズの魔法使い】カルトの奴ら、あの後何かあったか?』
『そっちも相変わらずだよ…神の解剖は冒涜だーとか言って門前払い』
「ロクに調べもしないで神様扱いしている方が、よっぽど冒涜だと思うけどなオレは」
『どーかん』
『まあ、あんなオモチャみたいなふざけた奴が神だってんなら、死んだ方がマシだけどな』
「それも同感…人間の眼で見たという事実があれば、絶対にあとから何か出てくるはずだ。【オズの魔法使い】の正体を掴んだら、世間に晒してやれ!」
単純に茶番めいたロボットの振る舞いが気に食わず、弱みを握ろうとする者。
マイク達はこれに相当した。
『ジョージの証言に証拠品が合わされば、一攫千金だ!』
『ああ、こんなところで諦めてたまるかよ!』
【オズの魔法使い】にも…どんな強者にも、必ず弱点はある。そしてそれを、世界中が血眼になって求めている。その手がかりさえ掴めば、金に物を言わせて欲しがる者達が後を絶たないだろう。
画面を睨む俗人達は、俗人並みの欲望を信じながら、在るかもわからない金脈を探り続けていた。
「よし、さっき言ってた イサミ からもう一度洗い直してみるか。今のところ【オズの魔法使い】と直に繋がってる可能性が一番高いのはソイツだ」
『ジョージが聞いたんだよな、馬鹿でかい声でソイツの名前を叫んでたって』
『そうそう、オレが現場にいた時に…悪い、電話きた。ンだよこんな時に…』
鳴り響くベルの音。通話アプリの接続はそのままに、ジョージは不機嫌そうにスマートフォンを握りしめて部屋を出た。相手との会話は、マイクとアンディのヘッドホン越しにも聞こえるほどの大声だ。
『ポールてめぇ、こんな時間に…えっ、ちょ…本当か!?それデマだったら…録音ある?今すぐオレんち来れるか!?絶対失くすんじゃねえぞ!!』
画面に映る部屋の奥で、扉が勢いよく放たれる。ドスドスと巨体を揺らしながら、ジョージは先ほどまでの仏頂面が嘘のように晴れやかな笑顔で戻ってきた。
『お前らやったぞ!新しいネタだ!』
「何か見つかったのか!?」
『前にクラスメイトのポールの話したろ?戦闘機作ってるとこ勤務の兄貴がいるって奴、今そいつから電話があって、兄貴から【オズの魔法使い】の話を直接聞き出せたって!!』
『マジかよ!!』
「信じられねぇ…そいつの兄貴って確か、ニューヨーク州軍のTS製造に関わりあるって言ってたよな!?」
『ああ…オレと同じで、あの時のタイムズスクエアに偶然いたらしいんだ、しかもオレが現場に着くより結構前から!ブレイバーンが出現してから飛んでいくまでの一部始終を全部見てたってよ!』
『すげぇ!あっそういえばさっき録音がどうとかって…』
『ポールの兄貴がノリノリで承諾してくれて、証拠用に会話を録音させてくれたって!やっぱりクソロボットが気に食わねぇってさ!それでポールがこれからボイスレコーダー持ってオレんちに…
『警告、直チニ通話ヲ終了セヨ』
『…は?』
「おいなんだそれ、冗談なら笑えねぇぞ…え」
大喜びから一転、若者達は不可解な静寂に包まれた。
先程までウキウキとしていたジョージの発言が途切れ、顔は歓喜の色から完全な無表情となっている。機械じみた動きで再び口が開いた。
『警告、直チニ通話ヲ終了セヨ』
『警告、直チニ通話ヲ終了セヨ』
「おいなにやってんだ、アンディまで…!?」
マイクの声が徐々に小さくなる。通話画面ではジョージに加えてアンディの表情まで失せ、正面を向いたまま微動だにせず、機械のように先述の警告を呪文のように繰り返し呟いている。加えて、二人の瞳は、まるでレーザーポイントに当てられたかのように、緑色に爛々と光っていた。
突如豹変してしまった、モニターの向こうの同胞達に、マイクは焦りを隠せない。背中にじっとりと、不快な汗が伝う。
『警告、直チニ通話ヲ終了セヨ』
『警告、直チニ通話ヲ終了セヨ』
『警告、直チニ通話ヲ終了セヨ』
「っなんなんだよお前ら!!ふざけるのもいい加減に…なんで」
無理やり通話画面を閉じようとしても、カーソルが動かない。以前、2人の若者が緑の瞳を光らせ、同じ文言を繰り返しているため、フリーズしているわけではない。
「なんで、なんでだよ…!?」
『警告、直チニ通話ヲ終了セヨ』
『警告、直チニ通話ヲ終了セヨ』
『警告、直チニ通話ヲ終了セヨ』
『警告、直チニ通話ヲ終了セヨ』
『警告、直チニ通話ヲ終了セヨ』
『警告、直チニ通話ヲ終了セヨ』
『警告、直チニ通話ヲ終了セヨ』
『警告、直チニ通話ヲ終了セヨ』
『警告、直チニ通話ヲ終了セヨ』
一切の操作が出来なくなったPCを前に、若者は呆然と立ち尽くす。
あまりにも唐突な異常事態のため、脳が全ての理解を拒否したのか、背後で施錠しているはずの玄関の扉が開け放たれた音にすら、彼は気づくことがなかった…
☆
「…!」
小さく響く通知音。
雑多な機材が並ぶ、白い壁材に囲まれた小さなオフィス。
中央の黒いデスクに座る男、ルイス・スミスはスマートフォンの画面を見て、溜息をついた。
あの日、ニューヨーク・タイムズスクエアに降臨した鋼鉄の巨人…ブレイバーンは、彼が変身した姿である。本来ならば彼が所属する多国籍部隊及びアメリカ合衆国大統領の指示により、それは存在そのものが秘匿されるはずだった。だが、スミスの内なる本心は、ブレイバーンだった頃のパイロットにして最愛の想い人であるイサミ・アオを求め、ついに抑えが効かなくなってしまう。結果、彼は大都市のど真ん中で人智を超えた巨大ロボットの姿を晒し、全世界的に注目の的となってしまった。
愛するイサミとの再会は果たせた一方、自らの尊厳を守るために施行されたはずの箝口令を勝手に破った代償は大きく、瞬く間にスミスとイサミ、そして2人が保護していた少女ルルの3名を探る者が、世界各地で爆発的に増加する事態となった。
ある者は真実をひた隠す政府の陰謀に怒りを覚え、ある者は人々の目に見える味方であるそのロボットこそ真に救いをもたらす神とみなし、ある者は極秘裏に開発されていた最新型TSと認識しそのパイロットを探り…そして、茶番めいたロボットの振る舞いが気に食わず、弱みを握ろうとする者も。匿名性が支配するインターネットでは、特にその傾向が目立った。
顔を隠し、名を隠し、そうでなくとも広大な電子の海は、どんな心無い発言も、それに対する反論も、どこまでも赦してしまう。そんな果てなき暴言の渦から、神秘の存在と隣り合わせな3人を守るため、ブレイバーンであるスミスと多国籍部隊…ATFの上層部は、関係各国政府の協力により、再びブレイバーンという名をインターネットから抹消する決定を下した。
それでも、人々の目と耳は誤魔化せない。ブレイバーンの姿を見た者達が生きている限り、いくらでも電波に乗ってその名は伝播し続ける。そんなイタチごっことも言える状況でありながらスミスが承諾したのは、自分達の人権のため奔走した人々を裏切る形となった、彼なりの贖罪である。
自分はあくまで、ブレイバーンとしての頭脳をインターネットに接続し、その名が漏洩した回線を特定するのみ。漏洩した本人に対する処分は、各国政府に一任している。目撃者まで消すというのは、決してヒーローの行いとは言えないからだ。故に残酷だが、己が特定した漏洩者がその後どうなっているのかは、全く認知していない。
報告されたのはアメリカ合衆国在住の未成年グループの4人と、TSの部品製造に携わる企業の工場作業員が1人。作業員がブレイバーンの目撃者であり、グループの1人である弟にその情報を引き渡し、彼らのコミュニティで展開していた。そこには、ブレイバーンと、ニューヨーク州軍所属TSとの関連性を考察するために用いられたと思われる、製造部品の機密情報。そして、ブレイバーンが渇望していたイサミという人物の、所属および現住所をアメリカ海兵隊の記録から探ろうとしている痕跡が含まれていた。加えて、彼らのコミュニティは証拠の削除を避けるため、ブレイバーンを【オズの魔法使い】という暗号で呼称している事も発覚した。
彼らはイサミの所在を暴いて、何をするつもりだったのか、考えただけで腹の底が冷えていく感覚が、スミスを追い詰める。最悪の事態を食い止めるため、漏洩者に対する警告を実施した。ハッキングにより、アプリで繋がっていた彼ら全員の端末画面に同じプログラム…突然目の前の仲間が、何者かに乗っ取られたかのように見える細工を施した。怒りにより、多少刺激が強い演出になってしまった自覚はある。
だが、彼らはいくら引き止めようとしても、モニターから離れる事はなかった。何より厄介なのは、【オズの魔法使い】…実在の有名な童話をモチーフにしている以上、その言葉そのものを検閲する事は絶対に叶わない。結局、イサミを巻き込んでしまったこの罪を完膚なきまでに洗い流す事は事実上不可能であり、スミスの胸の内にある蟠りは消えないままだ。
【オズの魔法使い】
エメラルドの都へ辿り着いた少女は、飼い犬の悪戯により国王である魔法使いの正体を知る。
見知らぬ誰かによって、一方的に決めつけられたコードネーム…おとぎ話のモチーフに秘められた悪意はあまりにも不快で、スミスは小さく舌打ちしつつ、コーヒーを淹れに席を立った…
☆
麗しき光なる君
作・著 星になったブレイバーン
ああ、イサミ。
私を照らす光、
私を焦がす炎、
私の溢れ出る勇気、
私なら、俺なら…ルビーの靴も、ガラスの靴も、金や銀で出来た靴でも良いな…全部ぜんぶ君に贈ってしまうと思う。君の繊細な足首に相応しくなるよう、一から仕立て上げてプレゼントするよ。
けど、キラキラと輝く君の前では、どんなに高価なアクセサリーも安物にしか見えなくなってしまうだろう。エメラルドでいっぱいの街だって敵わない。君は何もかもが美し過ぎて、俺はいつだって頭の中が真っ白になってしまう。でもね、そんな情けない私でも、絶対に約束できる事があるんだ。
ヒーローはヒーローであり、神ではない。王でもない。
世界を救うけど、世界を統治しない。
誰か一人ではなく、みんなでより良い惑星を目指していくんだ。
そして、それぞれに適切な役割がある。神には神の、王には王の役割があるんだよ。誰かの役割を奪う必要はない。
それは私達も同じなんだ。
私が、ブレイバーンが出来ること、それをただ果たすだけ。
だからイサミ…君も、君だからこそ出来る事をすれば良い。
「もう誰にも死んで欲しくない」
君はその清らかな祈りで、これからも私を動かし続けて欲しい。
君の祈りが、勇気が、俺を満たして力になる…こんなに幸せな事はないよ。
イサミ、イサミ…大好きだ。
私の全ては、世界の…君のために。
CODE NAME: THE WIZARD OF OZ
Fin.