妖怪ろくろ回し☆quiet followMOURNING三人娘 ##半妖の夜叉姫 *「思い出せなくたっていいよ。ううん、思い出さなくたっても、かな」「……突然何を言う」「もろはと話したんだ。これからのこと……っていうか、これまでのこと、かな」「そーそ。夢の胡蝶は探すし、せつなの記憶と夢が戻るならそれに越したことはねぇけど」「……」「せつなぁ、そんな顔すんなって。とわ説得するの大変だったんだからな」「話が読めん。説明しろ」 バイオリンの手入れをするせつなの元にやって来た二人は突然そんなことを口にした。 夢の胡蝶に近づける手がかりはなく、行く先々で血の繋がりはあれど記憶のひとかけらも残っていない実父(らしい)・殺生丸の娘どもと難癖をつけられる日々を送ることにももう慣れた。胡蝶に追いつけないことへの苛立ちはあれど、結果として三人が妖怪退治をすることによって救われるひとたちの笑顔を見れば遠回りも徒労ではない、なんて思い始めた矢先。「説明もなにも、そのまんまの意味だぜ」「だから、それがどういう意味だと聞いている」「……私たち、もう仲間 だよね」「……そうだな」 些細な違いはあれど、おおかた同じ目的を志す旅の道連れ。 せつなととわは退治屋に、もろはは屍屋に身を置きはするが、気づけばいつも妖怪の元に三人は集う。運命の作為か、それとも何者かの作為か。ここまで偶然が重なるとは到底思えないが、今はどうだっていい。 こうして夜明けの光が差すなかで足を組んで座り込んで頭を突き合わせて話を交わす、それが事実。「私……せつなに思い出して欲しい、とは思うんだ。でもさ、過去がなくたって、思い出せなくたってもう私たち仲間だし、友達だ。だからもう……こだわるのはやめたんだ」「……とわ」「あぁえっと、もう胡蝶探すのはやめる! とかじゃなくて、その……なんて言ったらいいんだろう。記憶がなくたって、過去がなくたって、『今』のせつなはもう、『今』の私やもろはと仲間で、友達。それは……どんな過去があったって 変わらないだ」「……なんだ、そんなことか」 改まってきたかと思えば、気が抜けるようなことをとわが口走るものだからせつなは手にしていた弓を置いた。「なんだってなんだよ!」 ぷん、とわざとらしく口を尖らせて怒ったのはもろはだ。「せつなに過去の記憶がないのは私のせいダー! って言うとわを、この、アタシが、説得してやったってのにさぁ! ちょっとは労うとか、もうちょっとないわけぇ?」と言いながらも、どこか口調は嬉しそうなそれ。「ちょっともろは、それは言わないでって!」「とわも。言った通りだろ? せつなはもうそんなこと分かってるって」「!」「……もろはに気を遣われたというのなら心外だが、さっき言った通りだ。今更『そんなこと』を言葉にして確かめる必要があるのか?」「あ……」 バカらしい。 せつなは強烈に差し込んでくる東の空に目を細めた。もっと眠っていればいいものを、と彼女もまた、もろはと同じように口元に笑みを浮かべながらわざとらしくため息をついて見せた。「逆に問うぞ、とわ。お前はまだ、私たちが双子だからという理由だけで共に行動しているのか? もろはの父と我らの父が兄弟であるから……血縁を理由にこうして共に妖怪を追っているとでも言うのか?」「っ そんな訳ないだろ! そりゃあ、きっかけはそうかもしれないけど……」 従姉妹とか、双子とか、夜叉姫とか。 目に見えない血の繋がりが繋いだ縁であるやもしれないが、今三人を結びつけるはきっとそんなものではない。過去のない少女からしてみれば二人との邂逅は白紙へと心に色鮮やかに絵筆で彩られて行く旅模様。身に流れる血の半々を人間と妖怪で分けた半妖であり、胸に抱く想いは異なれど、歩む道は同じ。「ならわざわざ言葉にする必要はないだろう。それとも、私はそんなに薄情だと思っていたのか」「……もしかしてせつな、怒ってる?」「怒ってない!」「あ、怒ってる! とわ、せつなの奴怒ってるぜ!」「黙れもろは、そこに直れ!」「やなこったぁ! だから言ったろぉとわ……って、お前裏切ったな、こら! 離せー!」「せつな、やっちゃえ!」「覚悟!」 手のひらを貸したようにとわに羽交い締めにされたもろはは両手両足をじたばたと振り回すが、体格で負けるとわの腕からは逃れられない。 やめろぉ、やめろって! とギャアギャア騒ぎ立てるもろはの細い脇腹に手を伸ばしたせつなは──くすぐるのではなく、ぎゅう、と背後のとわごと抱きすくめるように腕を伸ばす。毛皮に圧迫されてやはりもろはは「うっぷ」と声を上げはしたものの、今度はとわが背側から腕を伸ばせばもうもろはは逃げられない。「な、なんだよ なんだよ二人とも!」「へへっ もろは、いつもありがとね!」「……お前がいないと張り合いがない」「…………二人とも……」 ぐすん。 双子に挟まれぎゅうと抱きしめられた小柄な少女は鼻をすすり、それから小さな声で「ありがとう」と囁いた。「もろは、貴様鼻水をつけるでない!」 当然、ただでは転ばぬ四半妖の娘はすぐさま表情を変え、けらけらと笑いながら怒り始めたせつなの緩んだ腕からすぽりと頭を下げて抜け出した。Tap to full screen .Repost is prohibited 妖怪ろくろ回しMOURNING翡翠とせつな*「あぁもう、何を怒っているんだ!」「構うなと言っているだろう!」「だから、それがなぜだと聞いているんだ、せつな!」 かしましい声があぜ道に響き渡り、ずんずんと大股で歩くせつなを追って小さな化け猫を抱えた翡翠が重たい飛来骨を背負って走る。なぁ、話を聞け、いいから、とにかく。そう言ったって眼前を進む年下の少女は聞く耳を持ってくれそうにはない。 しかし呼び止めようとする側の翡翠もまた、伝えたいことはたくさんあるのに伝えるべき言葉はなにも浮かばない。 けれどここで彼女を見送ってしまってはいけないと青年はもう一度「せつな!」と大きな声で名を呼んだ。「……」 そして、娘は立ち止まる。「叔父上の話を聞いていたろう。お前が半妖だからといって……」「……」「あぁいや、そうじゃない。叔父上は関係なくて……その、俺はお前が半妖だとは知らなかった。腕っ節の強い女子(おなご)だとばかり思っていた」 しどろもどろに目を泳がせながら翡翠は言葉を選んではそうじゃない、違う、と一人芝居を繰り返す。 せつなはその姿に呆れてため息をつき、「……それがなんだと言う」 と言い放てば、目の前の 1932 妖怪ろくろ回しMOURNING弥珊と翡翠*「さぁともあれ酒です、翡翠。ほら珊瑚も」「えぇっ 酒?」「当たり前です。めでたいことがあれば酒。万病の薬でもありますから」「もう、法師さまは飲みたいだけでしょう?」「母上」「翡翠。父上の相手をしてやって」 金烏と玉兎もいればよかったのだが、と弥勒は徳利かに口をつけた。「母上まで」 翡翠は非難の声をあげたものの、苦笑を浮かべながらも肩に手を置いた母親がそう言うのだからそれ以上の悪口は飲み込んでしまう。母上は甘いんですよ、と苦し紛れの言葉も、「そうだね。だけど今日くらい許してやって」なんて言われてしまえばそれで終わり。「珊瑚、ほれ珊瑚。お前もだ」「私はいいよ」「いいからいいから」「あっ もう」 引っ張らないで法師さま。 珊瑚は言われるがままに弥勒の前に腰を下ろすと、押し付けられた盃にとくとくと音を立てて注がれる香り高い酒を鼻で味わった。「母上まで」「……いいんだ、翡翠」「いやぁ、これで私の夢はひとつ、叶いましたね」「そうだね、法師さま」「夢? どういうことです、父上 母上?」「まぁまぁいいから。とにかくお呑みなさい、翡翠」「はぁ」 いささ 2128 妖怪ろくろ回しMOURNING殺りん*「りんは……きっと死んじゃうね」 十年先か、二十年先か、五十年先か、それとも明日か。 それは誰にも分からない。いかな殺生丸といえども、天に座すあの全智を持つとすら見える彼の母親であれど、誰一人としてそれは分からない。更に言えば、死すはりんではなく殺生丸やもしれぬ。 命とはそのようなものだ。「……」「でもね、桔梗さまがそうだったみたいに……もしかしたら、生まれ変わってまた会えるかもしれないね」「……」「そしたら殺生丸さま、りんを見つけてくれますか?」「断る」 殺生丸は即答した。 何を血迷ったことを言っているのかとも言いたげな視線を少女にやった妖怪はしかし、膝の上で困惑した表情を浮かべたりんの髪の毛に長い指を差し入れた。指であっても通らぬほど強張った髪に彼は少しばかり目を細める。「殺生丸さま……」 あのかごめという女は。 桔梗という名の、犬夜叉などという半妖に心を奪われた巫女の生まれ変わりであるというのは事実だろう。だが、間違いなくあの女は『別人』だ。最初こそ似た匂いを纏わせてはいたが、桔梗の多くを知らぬ殺生丸ですら彼女らの言動は互いにかけ離れてた場所にい 1548 妖怪ろくろ回しMOURNING三人娘* 手繰る。 今までの大切な記憶たちを。 縄を綯うようにもうずっとずっと昔のことにすら思える、今までのことを。 思い出せなくたって過去を捨てる必要なんてないんだ、と教えてくれた姉を名乗る仲間がいた。思い出したくもない、忘れたいことまで無理に覚えておく必要なんてないんだ、と教えてくれた従姉妹を名乗る仲間もいた。「全く、お節介な奴らだ」「誰がお節介だって?」「……自覚はあるのだな」「そりゃあ、毎回言われたらちょっとは自覚するってば」 いつからいたのか、とわは笑いながらせつなの隣に腰掛けた。「そうそう。とわはもうちょっと冷徹でもいいんじゃねえの? 双子だってのに、せつなとは正反対だな」「もろは」 頭の後ろで腕を組みながらやってきたもろはもまた、とわと反対側に座り込んだ。「はは。でもせつなだってお節介なときもあるよ」「私は……」「ま、確かに。変なところでせつなも頑固だし、妙なところで拘ったりしてさぁ」 そのせいで散々な目に遭ったこともあったっけ。火鼠の衣を纏った少女はけらけらと声をあげた。「で、結局みんな揃って振り回されてさ」と続け、長い階段を降った先、楓の 1578 妖怪ろくろ回しMOURNING弥勒と翡翠*「ほう! これはまた、久方ぶりのものを……」「知っているのですか、父上」「あぁ。昔はよく、旅すがらいただいたものです。この背徳的とも言える味、いやぁ 懐かしい限りです」 サク、サク。 せっかくだから少しお父さんと話していきなよ、これでも食べてさ。 そう言ってとわがくれたのは翡翠が今まで見たこともない異国の菓子であった。きっちりと封をされているはずの袋を裂いて開ければあら不思議、濃厚な匂いがあたりに広がった。「奇怪な味だ」「なれど癖になる。いやはや思い出しますなぁ。こうしてよく、他愛のない話をしながらつまんだものです」 隣には雲母を膝に乗せた珊瑚がいて、かごめがいて、七宝と犬夜叉が最後の一粒を取り合って。 甘ったるい果物の汁を分けあって飲んだこともあった。口内に弾け飛ぶ刺激の強い、薬のような味のする甘い汁を飲んで犬夜叉が大暴れしたこともあった。とわが持っているものと似た、やはり大きな背負い袋を抱えた異国人のかごめがこうして菓子を広げてくれて──様々な飲食物を勧めてはくれたが、弥勒は知っている。この菓子を持ち込めるのは限りがあって、貴重なものだということを。 仲 1338 妖怪ろくろ回しMOURNING殺生丸と両親* 殺すも生かすも心次第。 然れど、いつ如何なる刹那であろうとも、殺そうとも生かそうとも忘れてはならぬことがある。命を愛でよ、それが殺すべき息の緒であれ生かすべき玉の緒あれ、分け隔てることなく。「皮肉な名前をつけたものだ」 故に、殺生丸と。 命を尊ぶ者になってほしいという願いと祈りの込められた赤子はしかし、そんな父の想いなど我知らず。とんだ暴れ馬となったものだ。気の食わぬ者は妖怪であれ人間であれ毒爪の餌食とし、ころころ玉遊びのように他者の命を奪うかつての可愛らしい赤子は、今まさに母の膝上で寝息を立てていた。「元気がよいのは結構だが……もう少し父としては慈しみの心があってもよかったと思うが……」「慈しみ、のう。闘牙さまの目は節穴か」「むぅ」「弱き者を苦しまずに殺してやるのもまた、慈悲の心だとは思いませぬか?」「……まぁ、下から数えれば……そうなるやもしれんが」 少なくとも今はまだ相手を嬲り殺すような遊びを覚えてはおらぬだけよい。 そんな言い方の佳人に闘牙王は大げさなため息を零したが、見目麗しき細君は気にした様子もなく笑みを美しい唇に浮かべたままだ。「それに、 1429