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    妖怪ろくろ回し

    ほぼほぼネタ箱。
    夜叉姫は先行妄想多々。

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    妖怪ろくろ回し

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    殺生丸とりん

    ##犬夜叉

    *


     それは現つ御神やもしれない。
     茂みに潜り込んで見つけた、煌煌と降り注ぐ白い朝陽の下には少女が未だかつて知らぬほどに美しきひとの姿。村の外れから広がるこの慣れ親しんだ森がいつもと景色が違う、と感じた正体は『これ』だ。その人影が横たわっている箇所だけ樹冠が焼き尽くされたようにぽっかりと失われていたのだ。
     たぷ、竹筒の中で水が跳ねる。
     りんの村に住む者たちではない。行商でもない。どこからどう見ても落ち武者などという存在ではなく──陽光を浴び神々しさすら放つ者は今まで少女が短い命の中で見たこともない類のいきもの。
    「(きれい)」
     幼子の持つ数少ない言葉の中でそれを表現するにもっともふさわしいと思ったのが、美しさを褒め称える言葉。
     遠目で見ただけでも分かる。あれは人ならざる者であると。妖(あやかし)の類であるか、精霊であるか、それとも真なる神であるか。そのいずれであるかはさしたる問題ではない。重要なことは、その美しい人影がひどく傷ついているということ。卯の花よりも白く長い髪は、陽の光が角度を変えるごとに、ぱちくりとりんの大きな目が瞬きをするたびに色を変える。
     姫さまなど見たこともないが、白瑩(しろみがき)の着物は高貴な身分であることを伺わせた。大きな毛皮の塊の中に沈むは腰に一振りの刀を挿した男。流れる髪にはところどころ赤黒い血が固着し、落ち着いた白い着物も方々が裂け同じように血に染まっている。
     村人たちが交わしていた噂の正体だ。
     大きな戦か、それとも小競り合いか。森のほうで大きな音がした、きっとあれは野党たちに違いない。間違っても近寄るんじゃあないぞという言いつけをしかし、りんは守らずにここまでやってきた。
     どうせ村の誰ひとりとしてりんを気にかけてなどいないのだから。
     頬まで裂けた赤い口唇も、子どもの骨肉など容易く砕くであろう鋭い牙も、血走った白目を埋め尽くす赤も、そもそも人ならざる者であるということもりんにとっては些細なことであった。
     あのままではきっと死んでしまう。
     そう思い立った瞬間、彼女は茂みから更に身を乗り出した。
     獣の唸り声のように威嚇されたところでりんには響かない。理性を持つ人ならざる者よりも、理性を失った人間のほうがよっぽど怖いことを身を以て知っているからだ。この美しいお人は確かに人間などではない。が、人間なんぞよりももっと高尚で品格のある、りんのような小娘には思いもつかぬような存在であるように見えた。
    「(けが……)」
     村医者を呼ぶことはできない。
     声を失ったりんができることと言えば、むしろその逆だ。いかに傷ついていようとも、物の怪や妖といった者がこんな人里近くにいると知れれば村人たちは恐れをなして武器をとるだろう。そろりそろりと一足ずつ近づき、川水をいっぱいに入れた竹筒を握りしめる。
     水をかける。
     男は訝しげにりんを睨みつけるのみ。
     きのこを差し出した。
     男はいらぬと言って切り捨てた。
     なれば人の食えぬ硬い木の実でも。
     それもまた男はぷいと見向きもしない。
     じゃあ、きっと新鮮な魚なら。
     焼いた魚を食べないと言うのなら、生け捕りにした魚なら食べてくれるやもしれない。
     村人たちに知られぬように届けるためなら、皆が寝静まった夜分に生け簀で獲ればいい。なんて当然小娘の浅はかな考えはすぐに見透かされ、夜警たちは何を考えているかなどさっぱり解せぬりんを折檻して痛めつけはしたが、それでも彼女は気にも留めなかった。
     殴られた痛みも、悪事を窘(たしな)められたことも、あの美しいお人の前ではとるに足らないこと。
     そんなことよりもこんな調子ではもう魚を持っていくことはできない。あの方はなにならば召し上がってくれるだろう? そろそろ傷はよくなった頃合いだろうか? どうか頼むから、雨なぞ降らないでおくれ。そんなことばかり考えていた。
     だから、
    「顔をどうした」
     と、あばら家を這い回っていたなけなしの鼠をしめて運んだときに聞いた男の声はどうしようもなくりんを喜ばせた。
     誰一人として彼女を気に留めなかった。
     親と兄を失った日から、どうしたことか気まぐれに一人生き残ってしまった無力な娘のことなど誰も気にかけない。村仕事を手伝えば食事を分けてくれることもあったし、野垂れ死なれては寝覚めが悪いと面倒は見てもらっていたが、あの村にいてりんは誰の娘でもなくば、誰の家族でもなかった。
     だからこうして言いつけを破り毎日人目を忍んで森へと足繁く通っていても誰も気づこうとすらしなかった。
     生簀の魚を盗んだ理由だって、彼らは興味など抱かなかった。りんはそういう存在であった。
    「っ……」
     こんなとき口がきければ、とも思いはしたが、例えそうであったとしても答える言葉は浮かばない。
     名も知らぬ人ではない者の言葉にりんはどんな言葉を選ぶこともできず、ただただ破顔した。
     そうだきっと。きっとこの人は──
    「(きっと かみさまだ)」
     人のお姿をしているだけで。
     なぜこんな場所にいるかなんてどうだっていい。意地悪な村人たちには決して見えない、りんだけに見える美しい神さまこそが正体なのだと彼女は結論づけた。人間の食べ物が口に合わぬというのも辻褄があう。
     じゃあなにをお供えすればあの神さまは満足してくれるだろう? あの村には大したものはない。煌びやかな宝飾品も、美しい反物も、なぁんにもない。全部野党が奪っていってしまうからだ。お魚は、だめ。硬い木の実もねずみもだめ。きのこもだめ。食べ物じゃなくてもっと綺麗なもの? 何がいいだろう、何がいいだろう。
     腫れ上がった右目の痛みはもうとっくに忘れてしまった。
     そうだ、森とは反対側にある山あいには綺麗な花畑があったはず。明日はそこまで行って、いっぱいに花を摘んでこよう。この季節なら名前は知らないが黄色い花がたくさん咲いていたはずだ。
     それから次の日は。
     そのまた次の日は。
     考えるだけでわくわくする。あの神さまはどれほど綺麗なお花だって受け取ってくれないやもしれない。そもそも土地神さまへの供物なんてそんなものだった。捧げた花は萎れ、食物は腐り、差し出したまま帰ってこなかったのは女くらい。それでも構いはしなかった。
     小さな胸のなかで一つの答えに辿り着いたりんの足取りは軽く、帰路につく頃には鼻唄まで鳴らすほど。
     あのひとは、りんだけの神さま。
     お怪我をされているけれどとてもお美しいことには変わりのない、ひみつの神さま。

     りんだけが見つけた、りんだけが知ってる りん、だけが。
     りんがこの世で唯一信じられる、生きたひとのかたちをしている  神さまだから。
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    妖怪ろくろ回し

    MOURNING弥勒と翡翠*


    「ほう! これはまた、久方ぶりのものを……」
    「知っているのですか、父上」
    「あぁ。昔はよく、旅すがらいただいたものです。この背徳的とも言える味、いやぁ 懐かしい限りです」
     サク、サク。
     せっかくだから少しお父さんと話していきなよ、これでも食べてさ。
     そう言ってとわがくれたのは翡翠が今まで見たこともない異国の菓子であった。きっちりと封をされているはずの袋を裂いて開ければあら不思議、濃厚な匂いがあたりに広がった。
    「奇怪な味だ」
    「なれど癖になる。いやはや思い出しますなぁ。こうしてよく、他愛のない話をしながらつまんだものです」
     隣には雲母を膝に乗せた珊瑚がいて、かごめがいて、七宝と犬夜叉が最後の一粒を取り合って。
     甘ったるい果物の汁を分けあって飲んだこともあった。口内に弾け飛ぶ刺激の強い、薬のような味のする甘い汁を飲んで犬夜叉が大暴れしたこともあった。とわが持っているものと似た、やはり大きな背負い袋を抱えた異国人のかごめがこうして菓子を広げてくれて──様々な飲食物を勧めてはくれたが、弥勒は知っている。この菓子を持ち込めるのは限りがあって、貴重なものだということを。
     仲 1338

    妖怪ろくろ回し

    MOURNING殺生丸と両親*


     殺すも生かすも心次第。
     然れど、いつ如何なる刹那であろうとも、殺そうとも生かそうとも忘れてはならぬことがある。命を愛でよ、それが殺すべき息の緒であれ生かすべき玉の緒あれ、分け隔てることなく。
    「皮肉な名前をつけたものだ」
     故に、殺生丸と。
     命を尊ぶ者になってほしいという願いと祈りの込められた赤子はしかし、そんな父の想いなど我知らず。とんだ暴れ馬となったものだ。気の食わぬ者は妖怪であれ人間であれ毒爪の餌食とし、ころころ玉遊びのように他者の命を奪うかつての可愛らしい赤子は、今まさに母の膝上で寝息を立てていた。
    「元気がよいのは結構だが……もう少し父としては慈しみの心があってもよかったと思うが……」
    「慈しみ、のう。闘牙さまの目は節穴か」
    「むぅ」
    「弱き者を苦しまずに殺してやるのもまた、慈悲の心だとは思いませぬか?」
    「……まぁ、下から数えれば……そうなるやもしれんが」
     少なくとも今はまだ相手を嬲り殺すような遊びを覚えてはおらぬだけよい。
     そんな言い方の佳人に闘牙王は大げさなため息を零したが、見目麗しき細君は気にした様子もなく笑みを美しい唇に浮かべたままだ。
    「それに、 1429

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