ミッションを遂行せよ!! どうやらオレたちの正体がバレちまったらしい。大人しく付いて来なければ博士を殺すと脅されたコナンと灰原は仕方なくベルモットに従うしかなかった。
「シェリーは諦めるんじゃなかったのか?」
「仕方ないでしょう、あの方からの命令だから。あなたたちを生きて連れて来るようにってね」
コナンの手の内を知っているベルモットに博士の秘密道具を全て奪われ、代わりにコナンと灰原の腕にはブレスレットが付けられた。
「なんだよ、これは」
「GPSと爆弾が付いているわ。死にはしないけど、外した瞬間爆発して手首くらいは吹っ飛ぶから気をつけなさい」
「で、どこ行くんだよ?」
てっきり組織の車に乗せられるのかと思いきや、ベルモットに乗せられたのは街中を走っているごく普通のタクシーだった。
「まずはあなたたちの服を買いに行きましょう。そんな恰好であの方に会わせるわけにはいかないから」
「……は?」
今何て言った? 買い物? ベルモットと?
「あ、いや結構で……」
「行くわよね」
「あ、はい……」
有希子と同じ圧を感じたコナンは黙ってベルモットに付いて行くことにした。
「あら、二人ともよく似合ってるじゃない」
高級ブランド店に連れていかれたコナンと灰原は、ベルモットが選んだ服と一緒に試着室へ押し込まれた。
(ったく、黒い服を着ろってか?)
コナンに渡された服は上下ともに黒っぽい服。ブランド物はよく分からないが、体にフィットしたデザインだが動きやすく着心地は最高だった。値札は……見るのはやめておこう。試着室から出ると少し遅れて隣のカーテンも開いた。隣から出て来た灰原を見てコナンは少し驚いた。
「なによ?」
「いや、灰原は黒じゃないんだなと思って」
グレーのタートルに黒の上着を羽織っていたが、スカートはチェックのベージュ。全体的に落ち着いたスタイリングだが、ふわりと広がるスカートとリボンがとても可愛らしい。
「そういう服も悪くないでしょう? いつも地味なワンピースに白衣ばっかり着て。ちゃんとお洒落すれば可愛いのに」
「余計なお世話よ」
ぼそっと呟いた灰原はプイっとそっぽを向いた。
「相変わらず可愛くないわね。まぁいいわ、お会計の間その子たち見ててくれる?」
「二人とも良く似合っているわね」と声をかけられては「えへへ、ありがとう」と子供の振りで会話に応じるしかなかった。
「お迎えありがとう。ジン」
「ちっ。こんなこと、バーボンにやらせればいいだろ」
「バーボンは別の任務中でしょう」
「そのガキどもか? 例のシステムで見つけた亡霊は」
後部座席に乗り込んだ二人をジロリと睨む。二人をかばうようにベルモットが身を乗り出した。
「あの方からの命令、忘れてないでしょうね?」
「ふん、分かってるさ」
さすがのジンもあの方からの命令には逆らえないらしい。ベルモットに運転手扱いされてイライラしているが、強烈な殺気は感じられない。灰原も緊張はしているが二人に対してバスジャックの時のような怯えた様子は見られない。コナンは軽く息を吐くと後部座席のシートに身を沈めた。
「ちょっと、江戸川君?」
「ずっと緊張しっぱなしじゃ身が持たないぜ。オメーも力抜いとけ」
「……そうね」
さすがにこの二人の前でリラックスは無理だろうが、灰原もほんの少し肩の力を抜いた。
着いたのは有名な高級ホテルの地下駐車場だった。
「付いてらっしゃい。ジン、あなたもよ」
「ちっ」と舌打ちしながらもジンもコナンと灰原を見張るように後ろから付いて来た。この部屋のどこかにボスがいるのかと思いきや、着いたのは最上階のレストラン。しかも案内されたのは個室。ここにボスが来るのかと緊張して待ち構えていると、やがてウェイターが食事を運んでいた。
「お姉さん、これ食べていいの?」
事前にベルモットと打ち合わせた通り、ジンの前では何も知らない子供の振りを演じる。
「えぇ、お腹空いたでしょう」
「ありがとう、いただきます」
「ちっ、酒が飲めないのに食事なんてできるか」
「この子たちのことは丁重に扱うよう言われているでしょう」
「……」
舌打ちをしつつもジンも諦めたようにフォークとナイフに手を伸ばす。二人の会話に巻き込まれたくないコナンと哀は黙って食事を続けた。
連れてこられたのはなんの変哲もないビル。目隠しも何もされていないということは、ここはさほど重要な施設ではないのだろうだろうか。しかし、何やら騒がしい。
「何の騒ぎだ?」
「そ、それが……」
ジンの意識がコナンと灰原から逸れた。逃げるなら……
「今のうちに逃げなさい」
コナンと灰原にだけ聞こえるように囁いたベルモットに一つだけ確認する。
「GPSと爆弾は?」
「GPSなら位置情報を書き換えたから大丈夫よ。ちなみに爆弾は嘘だから帰ったらすぐに外してもらいなさい」
頷いたコナンは灰原の手を取ると、そっと騒ぎの中から抜け出した。
その後、シェリーと工藤新一によく似た人物が世界各地の防犯カメラに捕らえられ、組織が狙っていた例のシステムは不完全な代物と判断されこの世から抹殺されることになった。
「このクソシステムが‼」
幸いジンの怒号は施設ごと破壊されたシステムの爆発音にかき消され、すぐ隣にいたウォッカ以外誰にも聞かれることはなかった。