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    人格マンション

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    或る父娘の話その9

    ##SotN

    SummerSALT真夏日のコスタ・デル・ソルは人々で賑わっている。
    世界から終末が退けられて以降初めての紅蓮祭。待望の「アイツ」が帰ってきたこともあり、当然足を運ぶ観光客は以前よりも多く、それに比例して会場スタッフは例年よりも多く配備される運びとなった。

    「…何してんだお前」
    「あぁ、Zhu-yanか」

    特設会場の隅、大きなパラソルが張られた休憩所に、赤い青年はその姿を見つけた。
    女は黒の水着に薄手の上着を羽織り、大きなストローハットの下で流れ出る汗を拭っていた。普段であれば絶対にありえない露出は流石に目を惹く。

    「会場の人手が足りないからと呼び出されたんだ、まさかこんな格好をすることになるとは思わなかったが…」
    「嫌なら断れよ」
    「まぁこちらのほうが涼しいのは確かだしな…世界が大戦を超えた今更、これに驚く者もそういない」

    女はそう言って腹部の大きな傷を撫でる。露出と同じくらい目を惹くそれは、彼女の"死因"となったもので、青年も第一世界での折に話は聞いていた。古い傷とはいえなかなかのインパクトであるからと、人前で肌を見せることは皆無に等しかったものだ。

    「Zhu-yanはなぜここに?」
    「そこかしこで賑わってるっていうから流されてやったんだよ、別に浮かれに来たわけじゃねぇ」
    「そうか?だがその格好では流石に暑そうだ」

    青年の少し赤い額を見た女は、パラソルの下からカウンターの方まで走っていき、カップに入った氷菓子を持ってくる。美しく盛り付けられたそれは、コスタ・デル・ソルへ訪れた観光客たちに振る舞われるものだ。

    「食べるといい、体も冷えるぞ」
    「…ん」

    青年はぎこちなくそれを受け取ると、スプーンですくって口に運ぶ。
    ひんやりとした甘みが口いっぱいに広がる。一足遅れて爽やかな香りが鼻を抜けていき、たちまち夏の暑さを忘れるような涼やかな風が全身をかけ巡った。

    「美味い」
    「アイスクリスタルでしっかり冷やしてあるからな、それにミントが入っているから爽やかで涼しげだろう?リムサ・ロミンサの料理人たちの技術は目を見張るな」
    「…お前は食ったのか?」
    「え?いや、私は係の仕事があったから食べてないが…」

    女がそう答えると、青年はスプーンで大きく一匙すくった氷菓子を女の方へ突き出す。

    「食え、お前も顔赤いぞ」
    「あ、ありがとう…」

    匙の上の大きな一口をもくもくと食べる。自分では気が付かなかったが、気温にやられてかなり熱っていたらしい。全身に行き渡る冷気は身震いするほどだ。

    「…ひとくちが大きい…」
    「開口一番文句かよ」
    「…ふふ、ありがとう」

    女が一匙食べきったのを見届け、青年は再び食べ始める。

    「Zhu-yanは、すぐ私に共有してくれるな」
    「あ?」
    「クリスタリウムで初めてお互いの話をしたときも、Zhu-yanは私にありのままを話してくれたし、頼んだ食べ物もさっきと同じようにして分けてくれただろう?」
    「……」

    もう遠い昔のようなことに感じられる。第一世界で英雄が闇の戦士として二つの世界を救ったとき、二人もまた自分たちの大切なもののために武器を手にしていた。
    始めはいがみ合うしかないと思っていた相手と、同じものを守って、同じものを信じて、こうして肩を並べて平和な時を過ごせるなんて。

    「…お前と俺は同じ魂持ちだけど、似てないところも多いだろ。だから…その…なんだ、ないところを補えりゃ楽だと思うだけだ」
    「そうだな…私を補って支えてくれる相棒が沢山いて、私は幸せ者だ」

    女は目を閉じる。体全体をかすめていく暑い風は、夏の最中のぎらぎらとした熱と、遠く向こうにある世界たちへの憧れを感じさせた。

    「…ありがとうZhu-yan」
    「お前そればっかりだな」
    「何度でも思うんだ、自分が諦めの悪い人間でよかったと。ずっとしがみついた想いがあったから、こうしてまた誰かを守りたいと思える機会を得たのだと」


    ✻✻✻


    小波が砂浜に打ち付けている。あたりはすっかりと暗いが、人数は依然として多い。夏祭りの、このどこかしこもが賑わって、ずっと眠らないような雰囲気が、少し苦手だ。

    「すまない、戻った」
    「任務完了か」
    「あぁ、昼に比べてだいぶ落ち着いてきたから、もう戻ってもいいと」
    「ふん」

    でもこいつがいると、なんとなく居心地は悪くない。同じ魂持ちだからなのか、煩いタイプじゃないからなのか、理由はよく分からない。殺したいあまりに追い掛け回してるうちに、こいつがいることが当たり前になっているだけかもしれない。

    「ならどっか晩飯行くぞ」
    「え?」
    「昼の借りを返すだけだ」

    今はそれでいい。少なくとも今は。
    母さんが何も言わないのがまた癪に障るが、まぁたまにはこういう日があってもいいか。

    「…あぁ、ありがとう」
    「またそれかよ」
    「はは」

    せっかく世界が平和になったんだからな。
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