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    人格マンション

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    或る父娘の話その10

    ##SotN

    JOKER KILTどこからともなく漂う甘い砂糖の香りが、いつにもまして賑やかな町を満たす。
    今年の守護天節はおりなくやってきて、街の色を鮮やかに照らしていた。コンチネンタル・サーカスの思惑は早々に"冒険者"らに頓挫させられ、"流れの科学者"の計らいによる穏やかな魔人の夜が訪れている。
    とはいえ穏やかと静かは異なるものだ。イベントに沸き立つ町の人々の雑踏の中で、相も変わらず馴染めずにいる一人の女が、ミィケット野外音楽堂の付近をフラフラとしていた。

    「また陰気臭い顔してんな」
    「またとは何だ」

    そうやって女が一人でいると、大抵決まってそこに朱い青年が顔を出す。並んで歩いていなくても、女が孤独感を感じることはなかった。もとよりそういう質ではあるが。

    「よく毎回毎回こんなに騒げるもんだよ、たまには静かに過ごしたいと思わねぇのかね」

    夏のコスタ・デル・ソルでの一部始終を女とともに見ていた青年は、概ね女と同じ感想で落ち着いていた。彼もまた喧騒を好む質ではなく、一人で自由気ままに過ごしていることのほうが圧倒的に多い。 行事にかこつけて色めき立つ空気に、居心地の悪さとまではいかずともぎこちなさを感じてしまうのは必然だ。

    「Zhu-yanは一人が好きなのに、よく私を気にかけてくれるな」
    「あ?勘違いすんな、やることがねぇだけだ」
    「私に刺激を求めるんじゃない…」
    「散々俺の人生かき乱しておいてよく言うぜ」

    雑踏の中では、その言い合いも大したものではない。人の目を気にしないのはいつものことなのだが、人の目を集めないにこしたことはない。
    そんなふうに文句を投げ合う赤と黒を横目に、渦が立って亡霊が顔を出す。この時期ならば尚更目立つまい。

    『あら、Miyoちゃんと一緒だったの』
    「マザー、久々だな」
    『久しぶりねMiyoちゃん、元気そうでよかったわ』

    うんうんと大きく頷く仮面が、オレンジの明かりを受けて表情豊かに見える。似たような死屍レイスがそこらをウロウロしていても、この死化粧マスクを見間違えることはないだろう。

    『ここにいるってことは、二人もお屋敷のパーティーに行くつもりだったのかしら?』
    「パーティー?」
    『あら、違うの』

    亡霊は大きく無骨な手のひらを仮面の顎に当てる。

    『コンチネンタル・サーカスの悪さを冒険者さんが解決したでしょう?それでお礼にって、魔人さんがお屋敷のお庭を開いてパーティーをしてるのよ』
    「そうなのか」
    『美味しい料理が沢山もてなされてるって聞いたから、ちょっと気になってね』

    パーティーと聞いて早々に興味のなさそうな青年は、帽子を被り直して亡霊を見上げる。

    「どうせ人しかいねぇんだろ」
    『夜中ならそんなに人はいないみたいよ?人混みが苦手な二人なら、夜にこっそり行ってみるのもいいかもしれないわね』
    「おい、行く前提で話をするなよ」
    『でもほら、魔物となれば変に話さなくたっていいじゃない』

    青年は訝しげに亡霊を見上げる。仮面は変わることなくまっすぐ青年を見下ろしていて、黙ってしまえば何を言いたいのかも察することはできない。
    しかしどこまで行っても母と子だ。親の心子知らずとは言うけれども。

    「…何だよ、やけに行きたげな感じじゃねえか」
    『…まぁ、ちょっと気になることがあってね、一人で行ってもいいのだけれど…せっかくならと思って』

    二人のやり取りを横で見ていた女は、ふむと考え込む素振りでミィケット野外音楽堂を眺める。正装に身を包んだ背の高い見慣れない男は、目が合うとにこりと微笑んだ。

    「…まぁ、減るものではないし、少し覗きに行ってみるのもいいかもしれないな」
    「おい正気かよ」
    「マザーが気になるというのだから、どんなものか見てみるだけでもいいじゃないか」
    『あら、ふふ、Miyoちゃんは優しいわね』

    女が今度は青年と目を合わせる。真っ直ぐで濁りのない二つ目がかち合い、青年は言葉に詰まった。

    「暇だろう?」
    「……覗きにいくだけだからな」
    『ええ、ありがとうZhu-yan』

    声色一層明るくなった亡霊は、そう言うとローブの下に手を入れて、何か包みのようなものを二つ取り出す。

    『そこでちょっと二人にプレゼント』
    「プレゼント?」
    『そう、いつものお礼よ』
    「お礼?Zhu-yanはまだしも、私は何か礼を言われるようなことをした覚えはないんだが…」
    『ふふ、それなら守護天節のムードに乗じてってことにしておいてちょうだい』

    二人は包みを受け取る。何の装飾も施されていないそれは比較的軽く、とんでもないものが入っているということはなさそうだった。

    「開けても?」
    『いいけれど、一度宿屋へ行ったほうがいいかもしれないわ』
    「宿屋?」

    二人の子供は亡霊に手を引かれ、賑わう町の中を大人しく宿屋へ向かっていった。


    ***


    「マザー?」

    数分の後に個室から出てきた女は、随分と小綺麗な格好に様変わりしていた。

    『あらまぁ、とっても似合ってるわ!』
    「そうか?こういう格好は慣れないから、少し変な感じがするな…」

    ハイゲージの黒いセーターに、体に沿うようなシャープなシルエットのスキニーパンツ、首もとから垂れたクラバットには赤い石の飾りと金の刺繍が施され、少しばかりフォーマルさを演出している。

    「おい母さん、俺はこういうのは苦手だって」

    女が出てきた向かいの部屋から出てくる青年は、文句を言いながら亡霊に目を向けるのもそこそこに、ぎょっとして女を見た。

    「……紅蓮祭のときも思ったけど、お前って馬子にも衣装だよな」
    「とてつもなく失礼だということはさすがに私でもわかったぞ」
    『ふふ、Zhu-yanもとってもよく似合ってるわ』

    青年の方も女とよく似た服で、唯一クラバットの刺繍が銀になっている。どうやら亡霊はお揃いで二人に選んだようだった。

    「あぁ、確かに」
    「おいやめろ」
    『二人とも、冒険や仕事ばかりでこういう服は持っていなかったでしょう?一着くらい持っていたって損はないわ』
    「そうだな、大事にさせてもらおう…ありがとうマザー」

    クラバットの柔らかな手触りを照れくさく思いながら、女はにこやかな笑みを浮かべた。
    青年はそれを見てやれやれとでも言いたげに肩をすくめ、腕を組むと亡霊をまた見上げる。

    「で?こんなにめかし込ませておいたんだ、エスコートくらいしてもらえるんだろうな?」
    『そうね…私で良ければ、案内させてもらうわ』

    にやりと笑んだ青年、それからその横で同じように視線を送っていた女に、亡霊は無骨で大きな手を差し出した。

    『行きましょう、一夜限りのパーティーへ』


    子どもたちが手を取れば、宵闇よりも暗い闇が世界を包み込む。亡霊のローブは帳のように空を包み、そのさなかに星のような瞬きを散らす。
    風に靡いた古布の隙間から、やがて鈍い明かりが見て取れた。

    『さぁ着いたわ』
    「わぁ…」

    深い霧の中、濡れた庭には幾つものラウンドテーブルが展開し、その上に絢爛豪華な料理が並ぶ。盛大に執り行われているにも関わらず、亡霊の言った通りパーティーは夜の静けさを十分保っている。

    「グリダニアにこんな場所があったのか」
    「あぁ、どの辺なんだろうか…やはり簡単にはたどり着けない場所に隠れているのだろうが…」

    そうして露を滴らせる木の葉を仰ぎながら、暗幕の案内人を振り返る。しかしそこに闇はなかった。

    『良かった、二人をここへ連れて来られて』

    そこにいたのは、東方のキモノにも似た出で立ちで、紅色の花飾りをつけた赤髪を流す、女よりも少し背の低い一人の女性だった。
    しかしその顔には亡霊のものと同じ白面が被せられ、素顔は読み取れない。

    「………母さん?」
    「えっ」

    同じ赤髪を湛える青年がぼそりと呟いた。

    「おい、まじかよ、なんで」
    『魔物の見せる幻よ、本当にこの姿になってるわけじゃないわ。でも、ここでなら姿を借りることができる』
    「つまり…マザーの、生前の姿ということか?」
    『ええ、そうなるわね』

    女性は聞き覚えのある声でゆっくりと告げる。
    かの魔人であるから変身のまじないくらい使えて当然なのであろうが、こうも鮮明に再現されては夢か現かわからなくもなる。亡霊本人の変身の力もこれほどではない。

    「マザーは…人の姿になりたかったのか?」
    『特別人の姿に執着があるわけじゃないわ、でも…そうね…』

    女性は二人の子どもたちに近寄ると、その肩を優しく抱き寄せた。温度のない体が密着して、それが今ひとたびの幻であることを示していた。

    「マザー?」
    『絶望の終末を越えて、あなた達が生きていることが、当たり前のことではないと改めて痛感したの』

    大人しく腕の中に収まった二人の子供は、顔を見合わせてはぱちくりと瞼を鳴らす。

    『人の命の温度は、人の身体でなければ感じられない。たとえ偽りの掌でもいい…あなた達が今を生きている証を、私はどうしても抱きしめたかった』

    死んだはずの冷たい土塊の下で、声が震えているのを確かに聞いたのだ。

    『生きていてくれて、ありがとう』


    ***


    生きているうちは、命の意味も人生の価値も、各々で違うものだ。けれど人は生きていて、この世は相変わらず残酷めいている。
    努力も成功も後悔も、いつかのいつかは全てが無に帰すと、誰もが知っている。けれど人はがむしゃらに、何かを手繰り寄せて離すまいとしている。

    「む、今食べたのはどれだ…?」
    『どうしたの?』
    「いや、好みの味だったんだが…Zhu-yan、やたらめたらに皿に盛るんじゃない」
    「あ?どうせどれ食っても美味いんだからいいだろ、全部食っとけ」
    「私はもうそろそろ満腹だ…」
    『うふふ、あっちの机にジェラートがあったから、もらってきましょうね』

    この三つの赤色も例に漏れず、そうやって生きていた。

    「あ、マザー私も行こう」
    「おい、俺だけハブるなよ」
    『ふふ、それじゃみんなで行きましょうね』


    とある人が言った、「悲しいから生きることにしたのだ」と。
    そうだ。だって人は、喜べるから悲しめる。
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