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    [コリモル] コリント人にXmasシーズンのデパート化粧品売り場に連れて来られ、一式見繕われるモル様のお話。モル様は終始無表情です。

    ##サンドマン
    ##コリモル

     夢、ドリーム、Dream……
     嫌というほど目に飛び込んでくるその言葉に、モルフェウスはげんなりと目を閉じた。
     夢——人間達はどれだけこの言葉を使えば気が済むのだろう。
     なにやら頭痛がするのは、暖房と人込みで暑いせいだけではないだろう。
    「大丈夫ですか?」
     この元凶となったベージュのロングコートの後ろ姿が振り返る。
    「気分でも悪いので?」
     睨みつけても効かないのはいつものことだ。「さっさと用事をすませて帰るぞ」
     唸るように言っても、はいはいと薄く笑うだけだった。
     目覚めの世界での用事に、お供しますと半ば強引についてきたコリント人の本当の目的は、この「帰る前にちょっと寄っていいですか?」のほうにあったに違いないと、今更気づいてももう遅い。
     連れて来られたのは街の中心にある大きなデパート。入口にそびえたつ巨大な木が地上の全ての光を纏おうかとするように燦然と輝いているのをみて、クリスマスの時期か、と思い出す。大理石調の白く艶やかな床を、本来ならこの場所にそぐうはずがない悪夢が、わが物のように足取り軽く歩いていく。
     壁には完璧さを誇示するかのような人間たちの顔の大きな写真。混じりあう香りが空気を彩る。通路の両脇のカウンターには、銀や黒や華やかな装飾の小さなケースが同じような色の物質を抱えてずらりと整列している。人間たちがこれを顔に縫って愉しむということはもちろん知っている。だが、自分がインスピレーションを与えずとも、勝手に各々が愉しんでいるのだから、夢の王には縁遠いものだ。
     夢、夢、夢。その言葉が溢れるこの空間を満たしているのは、皮肉なことに自分の領域ではない。モルフェウスは眉間に深く皺を寄せた。この場を支配しているもの、それは欲望だ。
     もっと美しく、もっと豪華に、もっと目新しいものを。もっと、もっと、もっと——。
     人間はいったいどれだけの欲望を満たせば満足するのだろう。
     角を曲がるところで目に入った言葉に、ツンドラのように冷たい笑みが漏れる。
    『永遠の若さを』
     そう、答えは簡単だ——欲望に終わりはない。エンドレス。我が自由を奪ったあの男のように。我がルビーを汚したあの親子のように。
    「ねえ、そんな怖い顔で歩かないでくださいよ」
     突然かけられた言葉に眉を上げる。
    「着きましたから。ここです」
     サングラスの下の頬を緩めながら、悪夢が楽しそうに見つめるその場所には艶やかな黒色の商品が上品に並んでいる。どの商品も煩い装飾はなく、すっきりとしたフォルムは角ばっていて、金色のラインがアクセントを効かせている。
    「ここの化粧品はいいですよ。なんといっても洒落ている」
    「良く知っているのだな」
    「ええ、まあ、よく買っているので」
     それはつまり目覚めの世界にきては買っているということだが、得意げな横顔には悪びれる様子は微塵もない。それをここで質したところで無駄だろうとモルフェウスは小さく溜息をついた。
    「ではさっさと目当てのものを買え」
     全身を上質な黒の上下で揃えた店員が上質な笑みを湛えてやってくる。お探しのものは? と聞かれコリント人はモルフェウスをちらりと見てから答えた。
    「ええ。彼に似合うものを一式いただきたくてね」
     一瞬虚を突かれたモルフェウスの顔がみるみるうちに険しくなり、恐ろしいほどゆっくりと隣のコリント人を見た。「何を言っている」
     だが、この悪夢は口笛でも吹きそうな顔でポケットに手を入れたままニヤニヤと笑っている。
    「絶対似合うと思いますよ」
     店員が、ではこちらへとカウンターの中の椅子をくるりとまわした。
    「ほら、あなたに合うメイクを見繕ってくれますから」
    「いらぬ」「そういわず」「結構だと言っている」囁き声で応酬し合う。
    「そもそも化粧は女性のものだろう」と言うとコリント人はふんと鼻で笑った。
    「目覚めの世界に疎すぎますよ。最近は性別に関わらずメイクをするんです」
    「どちらにせよ、私には必要ない」
    「一度試してみては? ここだけの話ですが、最近あなたの顔色が悪いとドリーミングの者たちが噂してますよ。すこしばかリ装うのも王の務めでしょう?」
     モルフェウスの眉間の渓谷が深くなると同時にその怒りに燃えた目の端が潤みだしたのを見て、コリント人は肩をすくめた。ここで砂にされるのは得策ではない。
    「わかりましたよ」
     わりとあっさり折れたところをみるとそれなりに予想内だったのだろう。
    「ではお似合いになりそうな商品をお選びしましょうか?」
     二人の様子を見ていた店員が如才なく尋ねると、ええ、お願いしますとコリント人が頷いた。どうやら何がなんでも引く気はないらしい。
    「そうですね、お客様は綺麗な肌をしていらっしゃいますので、ベースは保湿程度でこちら、色白なお肌にはこちらの新作パウダーの00番のお色——」
     ケースからボトルをとって構える店員と微動だにしないモルフェウスを見てコリント人が代わりに手の甲を出す。店員がそっとのせたベージュの液体を指先で伸ばすと彼の肌に薄いヴェールがかかったようになった。
    「チークはほんの少し血色を足す程度でよいでしょう」店員が渡した赤身がかった地味なオレンジ色のスティックを、へえと驚いた様子でコリント人が見つめる。
    「というのも」と店員は秘密を明かすように目を細めながらモルフェウスを見たが、その顔がまったくの無表情なのを見てそのまま目線を隣に移した。
    「トレンドの、目とリップを強調するメイクが大変お似合いになるかと」
     なるほどと唇を舐めながら微笑むコリント人を見ると、店員はさらにいくつかをカウンターに並べた。
    「こちらはペンシルタイプのアイライン。漆黒もよいですが、リキッドのこのブルー寄りのカラーをインサイドに仕込むのも素敵です。マスカラはウォータープルーフの——」
     コリント人が相槌をうちながら聞いているのをモルフェウスは薄く開けた目で眺めた。いったい何を話しているのやらさっぱりわからない。
    「最後の仕上げとして」店員が指先に持った華奢な筒を捻ると、夜闇のような黒のケースから、鮮やかだが抑えた赤色が舞台下から現れる役者のようにすっと姿を現した。何百年もの時を経たワインのような深い赤色。それはモルフェウスの目にも美しく魅惑的に見えた。
     一通り(コリント人が)選び終わり、一度奥に行った店員は、ほどなくして黒色のリボンが結ばれた洒落た紙袋を手に戻ってきた。
    「こちら、よろしければお試しくださいませ」
     差し出された店員の手には黒色の液体が入った小瓶。コリント人が手に取り、持ち上げて見せる。よくみると、金色の微細な粒が混じっている。
    「おお、このマニキュア、気になっていたんですよ。俺より似合う人がいるんでね」
     コリント人が口の端を上げると店員も心得たように小さく頷いた。
     店員に見送られて歩き出すとコリント人が紙袋を差し出した。だがモルフェウスが受け取らないのを見て、ふっと息を漏らして首を振った。
    「わかりました、ドリーミングまでお持ちしましょう。でも——」
     コリント人が立ち止まってくるりと向き直った。「使ってみてくださいよ」そう言うとすっとその顔が下りてきて耳元で囁いた。「俺からのクリスマスプレゼントですから」
     仄かにさっきの店と同じ香りがかすめ、そして何事もなかったかのように去っていく。
    「では帰りま……」
    「持とう」
     モルフェウスが手を出すと、振り返ったコリント人の口元が弧を描いた。受け取った紙袋の中身がカサリと揺れる。「しかし使い方がさっぱりだ」
     コリント人が大きく溜息をつく。「私が指南しないとでもお思いで? 帰ったらこの手でやって差し上げますよ、わが君」
     そうか、と返したが、どんな顔をしたらよいかわからずモルフェウスは足元を見た。
     外に一歩踏み出すと、さっきまでの熱気を吹き飛ばすように冷たい風が頬を撫で、両手をポケットに入れた。だが、店に入るときよりも、自分の隣に温かさを感じ、触れる腕に気づく。
     ポケットから出た手首に感じる、ゆれる紙袋の重み。なぜ人間たちが夢と呼ぶのか、少しだけ理解したような気がした。
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    Ordet_er_frit_

    DONE[准牧] まぷまオンリー第3回のワンドロ企画のお題「〇〇しないと出られない部屋」の短編。
    題して「協力しないと出られない部屋」。
    史上最高に健全な出られない部屋ができました。
    デザイナーマンデル君と、モデルプレストンでおおくりします。
    協力しないと出られない部屋「喜べ、プレストン」
     その声にプレストンはめんどくさそうに振り向いた。マンデルが笑みを浮かべて立っている。
    「例の部屋がとれたぞ」
    「ほんとうか?」プレストンも思わず目を丸くした。

     ファッションウィーク中は、文字通り目が回るほど忙しい。
     ショーの前日の準備を終えたマンデルとプレストンは、足を引きずるようにホテルの部屋へ転がり込んだ。
     街でもトップクラスの高級ホテルのスイート。それに相応しい地位を築いたことへの誇らしさを感じる余裕すらないほどだ。だが、荷物を置いて一息ついたプレストンは部屋を見回して溜息をついた。
    「すごいな」
     ドアを開ければ、少しばかり廊下などがあってから、広々としたリビングが二人を迎える。テーブルには、花が生けられた大きな花瓶。床には現代彫刻のようなオブジェ、洒落たランプ。部屋を横切ってドアを開けると、これまた広々としたベッドルームと、五人くらいは寝られそうなサイズのベッド。ふわりと清潔感のある香りが漂う。ベッドルームを横切るとバスルームの白い扉。その中もこれまた広々としていて、蛇口とボウルは二セットだ。さらにバスルームとは別にシャワーブースもある。奥の扉を開けるともう一つベッドルーム。今日のベッドは別々だろうか、という疑問がプレストンの胸によぎる。
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