独白。 オレは夢を見る。
あの時素直に帰って小エビちゃんに会いに行くオレの夢を見る。
合鍵を使ってオレの家で待っていてくれた小エビちゃんをオレは思い切り抱きしめる。さみしかった、あいたかった、きてくれてありがとう。夢の中のオレがそう言うと、小エビちゃんは目尻を下げて優しく笑って、俺もですよ、って抱きしめかえしてくれる。2人でわくわくしながら、明日の準備をする。小エビちゃんからカニちゃん達やアザラシちゃん達としたアホ過ぎるどんちゃん騒ぎの話を聞いて、オレはバカじゃねぇの、ってゲラゲラ笑って。そんで、でもホントに無茶はしちゃダメだよって小エビちゃんの頬に唇を寄せれば、小エビちゃんもクスクス笑ってオレにお返ししてくれる。
オレは夢を見る。
馬鹿な事をしたオレに対して、傷付いて、怒る小エビちゃん。そんな小エビちゃんにオレは頭を下げて謝る。情けなくて女々しい気持ちを小エビちゃんに打ち明けて、消えそうな声でもう一度ごめんなさいと言えば、ちょっとフクザツな、困った顔した小エビちゃんが「しょうがないですねぇ」なんて言って、ワザとらしく「俺、優しいですから!許しましょう!」なんて、あのカラスみてぇなこと言うから、なんだか小エビちゃんがアイツの家族みたいでちょっと、いやだいぶ気に食わなくてムッとしてしまうけど、オレにはそんな資格無いわけで、唇を噛んで黙り込むしかなくて。そんなみっともないオレを小エビちゃんは我慢出来ないって吹き出して。なんだかホッとしたオレの口からは、またまたか細い「ごめんなさい」が涙と一緒に溢れる。それを見た小エビちゃんは今度こそ、柔らかくへにゃって笑ってオレを抱き締めてくれる。
そんな夢を見る。
夢だけど。
だから起きたら、現実で、ベッドの隣は空っぽで、オレは、しにたくなる。いや、あの時のオレを殺したくなる。
でも、恐る恐るポストを確認して、どうでも良いダイレクトメールと、あと何か適当な手紙が数枚だけ届いているのを確認して、胸を撫で下ろす。大丈夫、まだ、大丈夫。
この家に、部屋に、居る時はオレはまだ夢の延長を見ていられる。
*
最初は不安なんか無かった。ちょっとお互い忙しくなるだけ。休みが合わなくなるだけ。それぐらい、いくらでも取り返せると思っていたから。
けれど2ヶ月ぐらいして、同じ学校に、場所に居ないだけでここまですれ違うんだって痛感した。
オレがせっかく休みになっても、小エビちゃんがすぐに休みをつくれるわけじゃない。それぐらいはちゃんと分かっていた、けど、きっとガキだったオレはその時のガッカリな気持ちとか、なんで一緒に居れないんだって不満が、きっと表に目に見えて出ていたんだと思う。
今ならわかる、萎縮して、オレの機嫌を伺う小エビちゃんの不安そうな声色。全部不機嫌なオレの態度のせいなのに、当時のオレは常に焦っていた気がする。
なんでそんな態度とんの?オレと居る時楽しくなさそう。もう付き合って1年すんのに、いつもそんな感じじゃん。
カニちゃん達との話にも素直に楽しめない、オレの知らない小エビちゃんの話を聞くのが嫌だった。ちょっと興味があるっていうベンキョーの話とか、インターンの話も、そう。
どんどん小エビちゃんが、離れていってる。
そう思えて仕方なかった。
だから、とか、言い訳にもならない。
結局のところオレの気持ちを優先した。オレの為に、オレを想って嫉妬する小エビちゃんを見たかっただけ。頭ン中がオレだけになる小エビちゃんを勝手に求めただけ。
理不尽に裏切られて、傷付いた小エビちゃんのことを蔑ろにした。
それだけでは飽き足らず、オレは小エビちゃんに怒られて、癇癪さえも起こした。求めてたものと違ったから。期待していた『小エビちゃん』じゃなくて。キチンとした言い分でオレに意見する小エビちゃんを突っぱねた。
稚魚のようで煩わしいのは一体何方ですか、フロイド。勝手な感情や欲を己の番に押しつけて、ワザと浮気紛いなことをするなんて、同じ同族、人魚としてなんて嘆かわしい。自分が同じことを彼にされたら、どんな気持ちになりますか?
ハッとした時には、もうダメだった。遅かった。
「俺考えたんですけど」
「てかずっと考えてて、やっぱり俺達、限界だよなって、最近。」
「だから先輩の言う通りかなって思って」
「別れましょう、俺達。」
ねぇ、小エビちゃん。いつから限界だって思ってた?あの時、あんな事しなかったら、言わなかったら、そんなふうには思わなかったのかなぁ。夢の中のオレみたいに出来てたら。まだ大丈夫、きっと大丈夫って、そう、思えてた?
もう終わってしまったことなのに、オレは性懲りも無く手元にある鍵を見て言い聞かせてる。まだ、小エビちゃんのところに合鍵があるかもしれない。だって、まだ返されてない。きっと律儀な小エビちゃんのことだから、本当にいらないって思ったら、返しにくるだろうから、だから。
また、きてくれるかもしれない。オレがかえってきたら、へやにいてくれるかも。
大して使いもしないのに、サーモンピンクのスリッパをいつも玄関にならべてる。小エビちゃんは、そのまんま部屋に入るの、好きじゃないから。いつでも泊まれるように未だに小エビちゃんの服を1番手前のタンスにしまってる。
お腹を空かせて来るかもしんないから、いつも夕飯を多めに作って、冷蔵庫に突っ込んでる。冷凍庫には、小エビちゃんの好きな、棒付きのアイスキャンディーがいつも1ケース入ってる。
もしかしたら、って。ちゃんと巣を整えて待ってれば、もしかしたら。来てくれるかもしれないから。
部屋の窓から小さく見える白い建物。小エビちゃんがインターンに行って、そのまま就職したところ。魔獣とかの研究や保護をしてるところらしい。オレの家から1時間、かかんないか、かかるか、そんくらいの場所。ちょっと、行ってみようかな、って思ったら来れる場所に、あるから。だから、
オレは夢を見てる。
この部屋は夢の延長だから。