【なにも知らないで】「なぁ先生」
──好きだよ。
畳に向かって吐いたおれの声は、書を読むのに夢中な先生には届かない。誉の褒美にと贈られた書は希少な物だそうで、先生もたまには頑張ってみるものだとご満悦だった。内容もかなり惹かれるものだったようで、もうかれこれ一時間は夢中で読み進めている。
その横顔を、同じだけの時間おれは見つめながら、こうして思いを喉の奥で燻らせながら畳に向かって溜息を吐いているのだ。
髪は結わえていても、ふわふわとしたくせ毛は俯いていると垂れてきて邪魔なのだろう。垂れる髪を頻りに耳に掛ける度、毛先が揺れ耳の後ろにキスマークが覗く。最初に気付いたのは昨日の夜。縁側で寝落ちた先生を何とかして抱えた時だった。
赤黒い、血の痕。吸われたのか噛まれたのか、内出血で先生本人からは決して見えない場所にあるそれは、そんな意図などなくてもおれを牽制する。
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