四つ葉のクローバー「マヨちゃん、見て見て!」
食材の買い出しから帰って来るなり、ニキがマヨイに何か小さなものを差し出した。反射的に手を差し出して受け取ると、手のひらの上には小さな葉を4つつけたクローバーがひとつ。
「スーパーの近くにある公園で、小さな子が集まってたんすよ。帰りにはみんないなくなってたんで気になって見に行ったら、四つ葉のクローバー見つけたんすよ! ふたつ見つけたから、マヨちゃんにもおすそ分けっす」
「これはこれは……小さいけれど、立派に四枚葉っぱがついていますねぇ」
「マヨちゃんがもっと幸せになればいいのにっていう僕の気持ちつきっす」
「ふふ、ありがとうございます。……でも、十分今のままでも幸せですよぉ」
嬉しそうに指で四つ葉のクローバーをくるくるとまわしながら、マヨイが笑う。
「幸せに十分なんてあるんすか? マヨちゃんもっと欲張ってもいいんすよ?」
「過ぎたるは猶及ばざるが如しって言うでしょう?」
「スギ……なんて?」
「過剰であることは、不足するのと同じくらいに良くないという意味です。クローバーだって、葉っぱが多ければ多いほど良いという訳ではないの、ご存じですか?」
「五つ葉のクローバーは良くないってことっすか? 四枚より五枚の方がレアっぽいのに」
ニキの素直な感想に、マヨイは首を横に振った。
「五つ葉のクローバーは、不吉だと言われているんです。だから、クローバーの葉っぱが四枚であることが良いことであるように、幸せだって、きっとそれぞれのひとにとって、適切な量があると思うんです」
私は、椎名さんと一緒に過ごせるだけで幸せですよ、と、そう言って微笑んだマヨイの顔を、ニキは納得しがたい気持ちで見つめていた。
「マヨちゃん」
その日の夜。ふたりで並んでみるとはなしに近場の美味しい名店を紹介する番組を眺めていると、ニキがぽつりと呟いた。
「やっぱり幸せって、これが適切なんだって自分で決める必要はないと思うっす」
「……今日悩んでいらしたのは、そのことでしたか。すみません、折角素敵なクローバーをくださったのに。不快な思いをさせてしまいましたねぇ」
今日一日、ニキはどこか浮かない顔をしていた。時折ぶつぶつと何か呟いたり、考え込んだり、何か言ってしまっただろうかとマヨイもおろおろとしていたのだが、どうやらクローバーをもらった際のやり取りが、ニキの中でずっと引っかかっていたようだった。
「不快ではなかったっすよ。でも、あの後僕調べてみたんすよ。五つ葉のクローバーのこと。そしたら、良い意味がたくさん載ってて、不吉だって意見はほとんどなかったっす。マヨちゃんが五つ葉は不吉だって情報をどこで知ったかは分からないけど、今は良いものだって思われてるみたいっすよ」
それに、とニキは続けた。
「四つ葉のクローバーは、人によく踏まれるような場所で多く見つかるらしいっす。クローバーが育つ時に、踏まれることで何だっけ……何か、葉っぱをつくるもとみたいなところが傷ついて、普通は三枚で育つはずの葉っぱが多くなっちゃうんですって」
「つまり?」
「つまり……それは……う~ん?」
ニキはしばらく目を閉じて、腕組みをして、うんうんうなっていた。彼にとっては難しい情報が載っていたのだなと察したマヨイは、微笑ましく思いながらニキが頭の中を整理する様子を見守る。こうやって、不得意なことでもマヨイに一生懸命何かを伝えようとしてくれるニキのことを、マヨイは愛おしく思う。
「踏まれても頑張ったクローバーが四つ葉になって幸せの象徴になるように、きっと病気で苦労してきたマヨちゃんは、これから幸せになる権利があると思うんすよ。そして、その幸せは、十分すぎるなんてことなくて、例え行き過ぎた幸せをもらったと思ったとしても、それを不吉だと思うかどうかは、マヨちゃん次第っす。だって、五つ葉のクローバーだって、幸せの象徴だって思う人が世の中にはたくさんいるんすから」
こつん、とニキのおでこがマヨイのおでこにぶつけられた。近すぎて、ニキの表情はよく見えなくなってしまう。
「だからね、幸せすぎたらいけないなんて思わず、マヨちゃんにはいっぱい幸せになってほしいっす。それが僕のおかげなら嬉しいな、なんて思うんすけど、これは行き過ぎた願いっすかね?」
「……いいえ」
マヨイは、近くにあったニキの体をぎゅっと抱きしめた。
「そう思ってくださるだけで、私は幸せですよ。椎名さんが幸せにしてくださるなら、私も不安に思わずにその幸せを受け入れましょう」
「良かった!」
ニキが元気よく抱きしめかえしてくる。元気が良すぎて、少し痛い。それすらも幸せだとマヨイは思う。
「私も、受け取るばかりでなく、何かお返し出来ればいいのですが……」
「マヨちゃんが幸せでいてくれれば僕も幸せっすよ」
なんせ、幸せな時のマヨちゃんの匂いは、とっても良い匂いっすからねぇ、としみじみと呟くニキがおかしくて、マヨイは吹き出した。
しばらく抱きしめ合って、どちらからともなく軽くキスを交わして、それから体を離した。
「いただいた四つ葉のクローバーなんですけど」
「うん」
「押し花にして、しおりにしようと思うんです」
「それいいっすね! 僕もしおりにしたいっす!」
「椎名さん読書されるんですかぁ……?」
ニキがレシピ本以外に目を通しているところを見たことがないマヨイが純粋な疑問を口にすると、ニキもはたと気が付いたように動きを止める。
「ええと……そうだ、台本に挟むっす!」
「ふふ、それならしおりが必要ですねぇ。まだ早い時間ですし、今から押し花にしましょうか。何でもいいので、出来るだけ平らで、重しになるようなものを探してきていただけますか? 私はしおりにするのに必要な道具を準備しておきますので」
「分かったっす!」
ぱたぱたと軽い足取りで、ニキがキッチンの方に消えていく。食器か何かを重しにするつもりだろうかと推測しながら、マヨイはとっておきの綺麗な紙や、しおりに使えそうなリボンをしまった箱を取りに、自室へと向かうのだった。