「花火」 遠くで、花火大会をやっているらしい。興味がなかったから、見るまで知らなかったけれど。
「見てください、椎名さん。あれ」
新しく出来たという高台のカフェでデートして、ゆっくりふたりで話した帰り、マヨイが遠くを指さした。木々の隙間から、夜空を背景に色とりどりに咲き乱れる花火が見える。
「ふふ、まるでこのまま握り込んでしまえそうなサイズですねぇ」
豆粒サイズ、とは言わないものの、大き目の飴玉くらいのサイズに見える花火を、マヨイは差し伸べた手を開いて、手のひらの上でころころと転がすように揺らしている。横に並び立つニキから見ると少しずれて見えるものの、きっとマヨイの目からは、手のひらの上に花火が載っているように見えているのだろう。
「来年は、ちゃんと現地で見ましょうか。マヨちゃんが人混みの中出かけても大丈夫そうであればの話っすけど」
「嫌ですよぉ」
即答だった。ニキが苦笑しているのに気付いて、マヨイがゆるりと笑って続ける。
「別に、椎名さんと行きたくないと言っている訳ではないですよ。あんなの、花火を見に行っているのだか、人を見に行っているのだか、分からなくなってしまいそうじゃないですか」
「そういうもんっすかね」
「椎名さんは上ばかり見ているから、下ばかり見ている私の気持ちなんて分からないんでしょうねぇ」
マヨイはそう自虐的に言って、少し目を伏せた。長いまつ毛の隙間から、ほんのわずかに街灯の明かりを受けて煌めく淡い色の瞳が見えて、一瞬の間目を奪われる。
その一瞬の沈黙を、相手を不快にさせたのではと不安に感じたらしいマヨイがニキの目を見返してきて、ニキは慌てて言葉を返した。
「そっか。でも、同じ景色が見れないのは寂しいんで、マヨちゃんも上向いてほしいっす」
「……上ばかり見ていたら、椎名さんが足もとの石ころに気付かず転んでしまうかもしれないから。椎名さんが転びそうになった時に、横で支えるのが私の役目ですぅ」
「そんなこと言わないで。じゃあ、二人で前見て歩けばいいじゃないっすか」
「出来ますかね」
「出来るっすよ」
ふふ、とふたりで顔を見合わせて笑う。そっと、マヨイがニキの腕に自分の腕を絡めた。
「誰かと支え合って、前を向いて、そういう生き方ってずっと遠くに感じていましたけれど、椎名さんがそう言うなら、出来そうな気がします」
「じゃ、花火大会、来年行きます?」
「いいえ、行きません」
しかし、きっぱりと、マヨイはそう言った。
「花火大会って、花火じゃなくて人を見に行っているようだというのは、比喩でも何でもなくて本当の気持ちなんです。ああいうのって、何を見に行くかではなく、誰と見に行くかが大事なのではないかと私は考えていまして」
「ニキくんと見に行く花火は不満っすか?」
無意識の内に、すねたような言い方になってしまった。マヨイはおかしそうに笑う。
「いいえ。ふふ、すねないでください、椎名さん。椎名さんと見に行く花火もきっと楽しいでしょう。けれど、その後疲れ果てた私を介抱させる心苦しさを思えば、椎名さんのお家で、同じ布団の中で抱き合って、椎名さんの肩越しに見る月明りの方がよほど見たい。これはそういう話です」
ぱちぱちと、ニキは瞬きをした。マヨイはニキの返事を嫣然と微笑んで待っている。
「もしかして、誘ってます?」
「お嫌ですかぁ?」
「ううん、全然。じゃあ、今日は僕の家でお泊まりっすね」
絡めた腕はそのままに、そっとマヨイの手を握れば、マヨイが同じくらいの力で握り返してくれる。付き合い始めてしばらくの間はびっくりするほど置かれていた距離も、今ではぴったりと、まるで凸凹が上手くはまったかのように縮まっている。その事実がとても嬉しい。
「帰ろっか」
「はぁい」
上機嫌でマヨイが返事をする。二人が歩き始めるまでのその間も、花火は遠くで絶え間なく、暗い夜空に彩りを添えていた。