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    altoworker

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    発掘した書きかけのシンカノの供養です。一部メモ程度で、途中で切れています。

    酔い覚ましがほしい「え、シンタローくん?」
     すれ違ったサラリーマンの一群から突然声を掛けられて、ぎくりと心臓が止まりかけた。忌まわしくも今日は金曜夜、アルコール臭さと居酒屋の煙と、酒で気の大きくなった人間の轟くような笑い声が混じり合う、不快で恐ろしい繁華街。
     用事帰りによりにもよってこんな場所を通らなければいけなくなって、極限まで気配を殺して建物の影を歩いていたのに。己には無縁の、見知らぬ社会人から名指されて、シンタローは戸惑った。
    「は、はひ……」
    「人違い……じゃないよね? シンタローくん、うそぉ、久しぶりぃ」
     漏れるのは情けのない相槌ばかりだった。息もできずに固まっている間に、シンタローに声を掛けたスーツの通行人は、大声で高笑いする中年男を中心にした輪から抜け出してこっちへ近付いてくる。
     すっかり酒を飲んで出来上がっているのか、男の顔は心配なくらい赤らみ、充血した猫目がぎょろりとこっちを見ている。足取りがふらふらと不確かだった。色素の薄い、柔らかそうな質の髪が生温かい夏の風に揺れる。
    「……あ、お前」
     繁華街の闇夜の中にあっても、軽薄そうな笑みがよく見えてきたあたりで――シンタローもやっと、すれ違ったサラリーマンがなぜ自分の名前を知っていたのかを理解した。
    「……カノ?」
    「そ! 何してんのぉ?」
    「え、いや、お前こそ何してんだ?」
     まるでよく顔を合わせる知人のように問われて、シンタローはいよいよ困った。とはいえこうした時、適切な質問は何であったのかと問われたら、シンタローにだってそんなことはよく分からなかった。
     カノ。かつて存在した、『メカクシ団』の団員。ずいぶん懐かしい昔馴染みが、どうしたことか今、シンタローの前に立ってへらへら笑いかけている。
     最後に会ってからもう3、4年は経っている。大きな目的が達せられてからは、何となく足を運ばなくなり、何となく団員たちと疎遠になって、それきりシンタローは彼らの誰とも会っていない。
     シンタローの記憶にあるものとほとんど変わらない子供っぽい顔に、皺くちゃのスーツと酒くさい息が、ちぐはぐな印象だった。シンタローはカノがさっきまでいた集団をちらりと盗み見る。
    「あっちの奴らは……うお、」
     シンタローと歳の程が近そうな男が一人、やや不審げな顔でこちらに近付いてくるのが見えて、シンタローは再び何も言えなくなった。あの頃から相変わらず、シンタローは知らない人間が苦手なままだ。
    「鹿野、どうした? 知り合い?」
    「ああー、はい。友達? です。久しぶりに会ったんで、僕これで失礼しますねー」
    「は? いやオレは……」
     がっしりとカノに腕を掴まれる。シンタローも見知らぬカノの同僚も呆然とするうちに、カノは有無も言わさず軽快に笑ってシンタローを引っぱっていった。あーそう、あの資料はまた明日送っときます、なんて、人生で一度たりとも働いたことのないシンタローにだって思い付きそうなほどサラリーマン然とした台詞を淀みなく吐く聞き知った声が、強烈な違和感を持って耳に響いた。


    「……カノって今、就職してんのか」
    「逆に何に見えるのさ。高卒認定取って、去年から。大したもんでしょ?」
     だからこれ以上話していたくなかったのだ。シンタローが大きな溜息を吐くと、カノはにやりと意地悪く笑った。
    「ねえ、シンタローくんは今もニート? ねえねえ」
    「違げーわ! 学生! 大学入ったんだよ! ま、まあ、最近行ってねえけど……」
    「何だ、じゃあほぼニートじゃん」
     シンタローくん変わってないね、と歌うように投げかけられる。シンタローの不甲斐ない近況に、カノは何故だか機嫌を良くしていた。
     腕を掴まれたまま、さっきの一団とは逆方向へ進んでいく自分たちは、この猥雑な飲み屋街の中で珍妙な二人組に見えていやしないだろうか。肩書きを明かしてみたところで、酔いどれた会社員と、薄汚れた部屋着のままの留年学生だ。周囲の視線を勝手に汲み取って、シンタローはひどく窮屈な気持ちになる。
    「つか……お前これどこ向かってんだ。補導に引っ掛かったらオレって捕まるのか? 淫行とかで……」
    「いや僕成人してるし、何言ってんのさ。シンタローくんてほんと発想キモいよね。あっちの駅から乗って一本で僕んちなの」

    ・・・

     アパートの階下に辿り着く。カノは慣れた様子で、くたびれたスラックスのポケットから鍵を取り出した。
     キーホルダーの輪に指を入れて、カノは鍵をくるくると回して遊ぶ。鼻歌なんか歌いながら。いくらかプリントの剥げたキーホルダーと、鍵とがぶつかり合い、カシャン、カシャン、と硬質で濁った音が鳴っていた。
     酔いを帯びた下手なハミングを聞きながら、シンタローは遠心力によるその回転をじっと眺めた。アパートを取り囲む薄い闇の中で目を凝らすと、それはいつだったか妹のモモが団員たちに配っていた、奇妙なキャラクターの土産だった。
    「尻ポケットなんかに鍵突っ込んでて、落とさねえの?」
    「うん、別に。一回もなくしたことないよ」
    「音立てて他の部屋に色々言われねえ?」
    「何。シンタローくんの方がさっきからうるさいよ」
     先を歩いて行ったカノが振り返って、シンタローを睨む。僕、物持ち良いんだよね。と軽く答えて、カノは一階の廊下を素通りしていった。しらじらとした態度に、シンタローはどういう顔をしてよいものか少し困る。カノはもうシンタローの方など見てはいなかったけれど。
     カノの借りている部屋まではエレベーターが無くて、痩せた背中は廊下の先で、階段をカンカンと足音を立てながら登っていく。皺になったスーツが夏の夜風に吹かれ、夜の海を揺れる波みたいに見えた。
     二階へ上り、突き当たりの207号室の前でカノは立ち止まった。鍵を開ける時だけ、音が立たないよう慎重な手付きになる。
    「ごめんね、散らかってるけど」
     くすんだ薄緑色の錆びた扉がギイと開く。エアコンの付いていない真っ暗な室内から、蒸された空気がむっとこぼれ出てきて、シンタローの頬を不愉快に撫でる。
     一人暮らしのカノの部屋の、得体の知れない雰囲気に緊張する。末番が同じでつい連想しただけかもしれないけれど、かつて初めてアジトの107号室を訪れた日のことを、ふと思い出した。
    「適当にしてよ。荷物その辺に置いといて」
    「おー」
     カノは革靴をさっさと脱ぎ散らかして部屋の中へ入っていった。カノのものばかりの靴が何足も散らかる玄関に、シンタローは恐る恐る自分のスニーカーを脱ぎ揃える。ぱち、と電気が付けられると、点滅して灯り始める昼白色が、いきなり夜目に眩しかった。
     シンタローは視線だけで部屋を見渡す。手狭なワンルームには、出掛ける前に食べたのであろうパンの袋やら、昨日の寝間着やらが散らかっていて、机の片隅には栄養ドリンクの空瓶が二本ほど立っていた。カノは職に就いてずいぶん忙しくしているようだ。
    「お風呂入るでしょ。あっちね、タオル積んであるやつから好きに使って」
     ネクタイを解きながら、カノが部屋の入口側を指し示す。シンタローへ家の勝手を説明しながら、当たり前のような顔をして窮屈なYシャツの釦を外していくので、つい反射で視線を逸らした。
    「僕の服入るかな……丈足りないかもだけど、シンタローくんヒョロヒョロだし大丈夫か。まあとりあえず下から二番目の棚から適当に……ねえシンタローくん聞いてる?」
    「んあ、お、おお聞いてる」
    「何緊張してんの。僕んちくらいで。あはは」
     意識を逸らしていたことを見抜かれ、慌ててカノに向き直った。カノはいつの間にかズボンも脱いで、下着のシャツとトランクスだけの姿になっていた。黒いカーテンを背景にした棒みたいな素足の皮膚が、アルコールで赤らんでいる。やはり昔よりも更に痩せている気がする。
    「き……緊張とかねえよ。つーか人の前ですぐ脱ぐなよ」
    「窮屈で嫌だもん、スーツって。家帰ったらすぐ脱いじゃいたくなる」
     そう答える掠れ声に疲れが見えた。Yシャツとスラックスをくしゃくしゃに丸めて、カノは洗濯機が置いてある暗い玄関へと、覚束ない足取りで消えていく。話せば素っ気なく、シンタローに対するかすかな苛立ちさえ帯びているカノが、妙に気を許していることが不思議だった。
    「……いてっ」
    「え? 何してんだ、お前」
    「足ぶつけたぁ」
    「ったく、何でそんなになるまで飲んでんだよ……」
     物音がしたのでシンタローはカノの行った方を覗いた。暗いフローリングの上にしゃがんで、カノは自分の右足を労っていた。

    ・・・

    「酔うと変な気になるんだ、いつも。だからお酒って嫌い」
    「飲まなきゃいいだろ。いや、仕事ってそういう訳にもいかないのか……? オレその、就職したことないしバイトも最長三日だから分からんが……」
    「そー、飲まされるの。ニートには分かんないだろうけど」
    「だ、だからオレは今学生だっつの! 大学行ってねえけど!」
     カノが体を預けてくる。骨っぽいやせ方をした、いつまで経っても十代みたいな細さが余計に気まずさを煽る。引き剥がそうとすると恨めしげな目がシンタローを下から睨んだ。
    「キスしない?」
    「は、何で……」
    「シンタローくんさ、今まで皆に連絡取らずにどうしてたの」
    「別にそれは、大した理由とかは……んぐ、」
     頬を包まれる。カノが体に乗り上げてくる。言い淀んでいる間にぎゅっと唇を重ねられた。離れてゆくとき鼻に掛かった呼気が酒臭かった。
    「……いや、マジで何で?」
    「言ったでしょ。酔うと変な気になるんだって」
    「だからってオレ相手にお前……」
    「何でだろ。不愉快になりたいのかも、酔いが紛れるくらい」
    「おい、それはそれで失礼だな。ちょっとドキドキしちまったシンタローさんの純情返せよ」
    「あははっ、童貞こじらせると僕相手にもドキドキしちゃうんだ……」
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