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    ネロファウ晩酌アンソロ「MAKE A TOAST」に寄稿したもののWeb再録です。
    ネロとファウストが北の方に飛んで酒を飲む話。

    #ネロファウ
    neroFau

    テイスティングはお好みで テイスティングはお好みで

     
    「ここが目的地だ、お疲れさん」

     ネロに連れてこられた先にあったのは、紫色の大きな氷柱だった。




     任務後、魔法舎に戻ったファウストを待っていたのは、今まさにどこかへ行こうと箒を取り出したネロの姿だった。
     ネロにしては珍しく、労いの言葉もそこそこに切り出されたのは「疲れてるところ悪いんだけどさ、ちょっと付き合ってくんない?」という謎の誘いだった。
     正直なところ、まあまあ疲労していたので、すぐにでも自室に引きこもってしまいたい気持ちが強い。
     しかし、ネロの様子から察するに、おそらくギリギリまでファウストの帰りを待っていたのだろう。なかなか戻らないので外にいたことは、未だ春の気配が遠いこの寒空で赤くなった鼻が何より饒舌だ。
     黙っていると、ファウストが悩んでいると思ったのか、ネロは「俺の箒に相乗りして途中寝ててもいいからさ」と、やはり彼にしては珍しいことに押しを強めてきた。

    「飛びながらでも食えるようなものも用意してあるし……」

     自分でも少しらしくないと気付いたのか、ネロは少しトーンダウンしつつも、ファウストの返事を待っている。
     ファウストは疲れている。重ねて言うが、今すぐにでも自室にこもってこの疲れを癒したい。だが。
     ちらりとネロを見る。
     首を傾げるな、本当に僕よりも歳上なのか? むやみに可愛い仕草をするな。
     もう、ファウストの答えなんて決まっているも同然だった。

    「それで、どこに行くの」

     ファウストの問いにネロはこれ以上なく簡潔に答えた。

    「北」




     ただ同行を了承するのは何だか癪で、ファウストはネロの言葉に甘えてネロの箒に乗っている。
     上空に向かうにつれて冷たくなる空気を遮るようにネロの魔法が二人を包んだ。
     北、としか言わなかったが、ネロがおかしな場所へファウストを連れて行くこともないだろう。
     信頼に似た確信でもって、ファウストはネロの胸元に頭を預けて目を閉じる。
     ネロの飛び方は本人同様に丁寧で気遣いにあふれていた。
     こうしてもたれかかっていると、背丈はさほど変わらないのにネロがしっかりとした体つきであることがわかる。ファウストとは異なる筋肉がついているようで、ファウストが両手で持つのがやっとだった大鍋を軽々と奮っていたことを思い出したところで、ファウストは肌寒さに目を開けた。
     ネロは何か考え込んでいる様子で、そちらに気を取られて魔法が少し綻んだのだろう。
     ネロはファウストに見られていることに気付いていないようで、目線は前を向いているものの、心はどこか遠くへ向けられていることが見てとれた。
     最近、晩酌している時にもたまに見せるようになった表情だ。
     きっとネロはどうすることもかなわない過去を取り出しては、自分自身に見せつけるように眺めているのだ。そうして、何も出来なかった自分を責めては掌中のグラスを思い出し、現実に戻ってくる。つかえている何かを押し流そうと酒を飲み込む。
     自分を信頼しないでほしいと言うネロの過去をファウストは知らない。後ろ暗いことをしていたのだろうことはネロ自身の言動で透けてはいるが、詳しくは知らないしあえて聞くつもりもない。
     ファウストとしても進んでしたい話ではないし、水を向けられたくないのでお互い様だと考えている。
     そういう意味でも、余計な詮索をすることなく気の置けない話が出来るネロは得難い人物であり、長く付き合っていきたいのだ。

    「せんせ……ファウスト、大丈夫か?」

     ファウストの思考を占めていた男がいつの間にかこちらを覗き込んでいて、少しだけ肩が跳ねた。
     心配顔で、わざわざ手袋をはずしてファウストの頬に手を添え、前よりは薄まった隈をネロの親指がなぞる。
     水仕事で荒れ気味の指から生まれる引っかかりは、ファウストの心のざらつきに少し似ている。

    「……ネロ」

     いつもよりもだいぶ近い距離に何と言ったらいいかわからないまま、名前を呼んだ。
     人の機微に敏い男は「あんたが大人しく腕の中に収まってるのは案外悪くない」なんて冗談めかしてこの空気を変えようとする。

    「……僕も、たまにはこうして囲われるのも悪くないかもな」

     ネロは虚をつかれたようにうろうろと視線を彷徨わせ、顔ごと斜め上を向く。

    「……そりゃ、どうも」
    「おい、お前が言い出したくせに照れるな。僕まで恥ずかしくなるだろう!」

     ファウストは顔が熱を持つのを感じ、抗議の意味を込めてネロの胸元を思い切り叩いた。安定していた箒がぐらりと揺れる。

    「痛っ、先生暴れんなって! 落ちる落ちる!」




     空の上から、ともすれば見落としてしまいそうな仄かな灯を頼りに地面に降り立つと、ネロは胸元から招待状のような物を取り出して小さな篝火にかざした。
     その瞬間、辺りに見知らぬ魔力が満ちてファウストは身構えた。その腰がぐいっと引き寄せられ、ファウストはたたらを踏んで空の上で散々もたれていたネロの胸元にぶつかった。

    「は? 何?」
    「口閉じておきな、舌噛むぜ」
    「え、うわっ」

     予告もなく足元の地面が消え、二人は寄り添ったまま落下した。



     
     はじめは宙を落ちていく感覚だったが、泥沼に足先から頭までずぶずぶと飲み込まれていくような区域を越えると、二人は不思議な流体の中にいた。
     深い海みたいに暗く蒼く、雪の夜みたいに静かで澄んだそこを、ファウストとネロは身を寄せ合いながらゆっくりと降りていく。
     ふと上を見たネロの視線の先を追えば、零れた塵のようにも見える小さな泡が降下する二人の軌跡を作り出していた。
     時折煌めいては光の尾を引いて消えゆく箒星をネロと眺める。
     言葉がなくてもすべて伝わりそうなしじまの中、混じりものが沈澱するかのように緩慢とも思える速度で落ちるに身をまかせていると、不意に足が固さを捉えた。
     しっかりと地を踏み締めた意識が、長いような短いような雲路の終わりを告げる。

    「着いたのか」

     ファウストが周囲を見渡すと、そこは鍾乳洞のようだった。
     氷柱石がいくつも連なって洞窟の天井から垂れ下がっている。
     どこかと通じているのか、時折かすかに物寂しいような音をつれて風が通り過ぎていく。
     するりとネロが離れ、二人の距離が本来の状態に戻ることに、ファウストはどこか名残惜しい思いがした。先ほどまでのいつになく近付いた体に心が引っ張られたのかもしれない。
     どうしようもない寂しさを振り払いたくて風の行方を感じていると、ネロはその間に洞の横道へと足を向け、招待状をかざしていた。

    「今年の入口はここ」
    「毎回変わるのか」
    「そう。でないとおかしな輩が紛れ込むからだってさ」

     用心深いというかなんというか。しかし、北の国で何者にも奪われぬように事を進めるのなら、そのくらいの細工は必要なのかもしれない。
     そんな風に考えていると、右側に自分のものでない温度を感じた。ファウストの右手がネロの左手にゆるく握られている。気付いているのかいないのか、ネロの横顔から読み取ることは出来なかった。しかし、指摘の声を上げればこの熱があっさり離れていくだろうことは想像に難くない。

    「こっちだ」

     応えるというには弱く、ファウストはそっとネロの手に指を沿わせた。




     どのくらい歩いたのか、特に会話することもなくどこからか響く水音と二人の靴音だけが僅かに耳に残る薄暗がりを進んだ先にあったのは、一際大きな紫色の氷柱だった。
     内部が空洞になっているようで、湛えられた液体が氷柱の先から滴って、丁度良い位置に置かれたショットグラスを緩やかに満たしていく。サイフォンのように雫が垂れては水音が洞内に反響する。
     気が付くと、ネロの手はファウストのゆるい囲いから消えていた。
     掴み止めることをやんわりと拒むみたいに、何事もなかったかのように。
     ファウストは、今はそこにない、けれど確かにあった熱を握り締めた。

     そして、冒頭へと戻る。

    「ここが目的地だ、お疲れさん」

     ネロはファウストの肩をぽん、と軽く叩き、液体が六分目まで溜まったグラスを手に取り、ファウストへと差し出した。

    「勝手なことをしていいのか?」
    「招待されてるんだ、大丈夫だよ」

     そうして受け取ったグラスに顔を近づけると、薄くアルコールとルージュベリーの香りがした。色からすると北のものだと思うが苦味が強いはずだ、一体どんな味なのだろうか。
     鼻腔をくすぐる芳香に誘われ、ファウストはグラスに口をつけた。
     受け取った時にも感じたことだが、凍る寸前まで冷やされた酒はとろりとして刺すように冷たい。口内に迎え入れると、予想に反して甘さが勝る。
     ゆるゆると口の中で温度を上げた酒は、苦味と旨味を帯び、それでもまだ冷たさを保ったまま喉を通り過ぎて、腹の中で冷たさが嘘みたいに反転して熱くなる。
     甘さと温度で誤魔化されているが、相当にアルコールが強いようだ。

    「わかってると思うが飲み過ぎんなよ、先生」

     ネロはどこから取り出したのか、嵐塩を縁にまぶした新しいグラスを寄越してきた。

    「きみ、飲ませる気しかないだろう」

     機嫌良さそうに声を上げて笑ったネロは、同じように嵐塩をあしらったグラスをファウストのグラスにこつんと合わせた。




    「毎年ってわけじゃねえけど、招待状が届くんだ」

     スノーシナモンを入れたグラスを手の中で温めながら、中庭での晩酌のように並んで腰掛けるネロはぽつりとこぼした。

    「篝火にかざしていた?」
    「そう。鳥や猫の時もあったな」
    「なぜきみは招かれているの」
    「……さあ」

     だいぶ苦味を増しているはずの酒を一気に呷って、ネロはすぐに次のグラスへと手を伸ばした。

    「ま、タダで美味い酒が飲めるしな」

     何かを誤魔化しているのが丸わかりの態度のまま、ネロはファウストにグラスを掲げてみせた。
     とろみのある液体越しのネロの瞳が歪んで見える。

    「……それだけだよ」

     隣にいるネロがファウストに触れ、ファウストは肩に少しの重みを受け入れる。

    「どうして僕を連れてきたの」

     ファウストは、ネロが自分を連れてきたその行動の意図にどうしたって期待してしまっている自分に気付いていた。
     出会ってから少なくない晩酌のはじまり、ひとりとひとりの時間がふたりの時間になったのがいつだったか、ネロは覚えているだろうか。
     互いに気を配りつつも、ひとりの晩酌の姿勢は損わない。
     そんな空気を共有して傾けられたグラスと、注いだワイン、会話の内容をファウストはもう忘れてしまったが、あの夜の穏やかな空気は当時の魔法舎の中で得難い心地よさとしてファウストの中に刻まれている。
     胸が高鳴るような、心躍るような、そんな沸き立つ気持ちではない。いつの間にか音もなく降り積もっていた感情がある日ぴたりと収まった。
     あつらえた型に流し込むように、ファウストの中にある何かをゆっくりと、しかし確実に満たしていく。
     そうして、ファウストも気付かぬうちにあふれて声を上げた。
     他の魔法使いたちと同じ部分もあるが決定的に違うそれをファウストはどうこうするつもりはなかった。もちろん、未来永劫ないとは言い切れないが、少なくとも今は。
     ファウスト自身、この感情とどう向き合うべきか方針が定まっていないこともあるが、当の、矛先の向かうネロがこの種の感情を向けられることが極力ないように振る舞っていると見受けられるからだ。それがうまくいっているかどうかは別として。

    「深い意味はないさ、晩酌友達に美味い酒を飲ませてやろうと思った……それだけ」
    「……そう」

     言葉が途切れ、肩に預けられた重みが増す。ファウストはグラスを呷った。温くなった酒が強い苦味と酸味を残して喉を焼く。
     殊更に友達を強調された気がして、たった今干したグラスを持つ手に知らず力がこもった。
     言い聞かせているとも取れるのは、ファウストが意識しているからだろうか。
     ネロの手の中で揺れる水面はネロを正しく映してはくれない。
     ファウストは舌に残る苦さを飲み下す。
     ここにこうしてふたりでいることが、今のふたりの関係の答えなのかもしれない。
     今までネロが何度ここを訪れたのかは知らないが、ネロはここにファウストを連れてきた。今のところはそれでいい。
     魔法使いの生は長いのだから。
     それにふたりの関係は始まったばかりだ。

    「ネロ、次に呼ばれた時はまた僕を誘って」
    「急にどうした? そんなにこの酒が気に入った?」
    「そんなところだ」

     ファウストはネロの手の中で温められたグラスを取り上げた。惑う視線を正面から見据えて、馴染みつつある苦味を味わいながら隠れた甘さを探す。

    「……約束はできねえよ、気が向いたらな」

     立ち上がったネロがグラスを二つ手にして、片方をファウストに差し出す。

    「当然だ、僕たちは魔法使いだからな」

     軽くグラスを合わせて飲み込んだそれは驚くほど甘かった。

                            終
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