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    天野叢雲

    @onitakemusya
    だいたい出来心

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    天野叢雲

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    攻め視点で振り返る3〜4、5話目。

    #魔獣の花嫁
    brideOfTheHexenbiest
    #創作BL
    creationOfBl

    魔獣の花嫁 #7「面影と眼差し(後編)」 クロノから魔獣の事を聞き出すのは一度邪魔されて終わった。物音を聞きつけて他の冒険者がやってきたからだ。いくら奴が気に食わないと言っても側から見れば俺とクロノは同じ依頼を受けた冒険者同士。死体が転がる場所で同業者を斬ったとなれば更に面倒な事になる。苛立つ気持ちはあったものの、屋敷の警備依頼は続行中なのだから焦らなくてもクロノは逃げたりしない。

     それに俺自身、少し冷静になるべきだと思ったのだ。

     どうにもあの男を前にするとどこかで冷静さを欠く。キスにしろ擦り傷にしろ落ち着いて対処すれば防げたものだ。それにその後のクロノとのやりとりでもそうだ。徐に自分の右手を見る。弾かれて痺れはしたが、大した外傷にすらなっていなかった。

     俺はまだ夜の気配が漂う庭を回る。他の者の姿はない。少し考え事をしたくて人気のない所を選んだ。

     俺はあの時、クロノの実力を分かった気でいた。暗殺者一人取り押さえた程度だと思い込んでいたのだ。蓋を開けてみれば、普段の奴とあの黒い模様付きの状態では全然違う。
     俺が奴にスピードで優っているのは普段の時だけだ。黒い獣のようになったあいつはもっと強い。俺が殺す気で斬り込んだというのに、あいつは反撃らしい反撃をして来なかったのだから。おそらく、その気になれば腕の一本くらいへし折るくらい出来たんだろう。俺はそれを斬りかかるまでわからないかったのだ。

     立ち止まり、空を見上げる。随分傾いた月は朝が近付いて来ている事を告げていた。

     クロノは魔獣と繋がりがある。そしてその力は、本来入手出来る類の力ではないのだろう。それだけは間違いない。だが人間を簡単に屠れる魔獣が、わざわざ人と関わりを持つ理由が見えて来ない。魔獣にとってクロノという男はどういった立ち位置に置かれているのだろう。生きた駒、若しくは隷属の類いか。余興の可能性もあるが、魔獣とはそこまで知性が高いのか?

     何にせよ、人間側に優位な条件では無いだろう。そもそもクロノは俺に逃げろと言ったではないか。クロノ自身、望んであの力を使っているようには思えなかった。あいつはあいつで魔獣の被害者なのかもしれない。

     それに、あの時見せた父と同じ表情…。その事を知っているのは父さんと俺だけの事なのだ。クロノが父さんと似ているのは、魔獣とは無関係と考えた方が良いだろう。全く皮肉なものだ。仇の関係者が父に似ているなんて。

     一つ、大きく溜め息を吐く。

     俺の目的は魔獣を打ち倒し、俺の功績をもって父の汚名を返上する事。それだけだ。その為ならなんだってするつもりでいる。クロノは仇に繋がる足がかりだ。奴がどんな事情で何を思っているかは関係ない。必要ならば命をも奪おう。例えそこに同情するような事があったとしても、情けをかけてやれる程俺はお人好しでも優しくもないのだから。





     そうと決まればやるべき事は一つだった。奴が野宿しているテントに忍び入って寝込みを襲う。腕力で勝てないなら先に急所を抑えれば良いのだ。それに魔獣のように暴れる力は、状況から察するにほいほい解放出来るものでもないだろう。体への負担だって大きいはずだ。だからこそ決行は早い方が良い。クロノが回復しきる前に。そして取り押さえたならば、そのまま森の中にでも連れて行って邪魔の入らない所で洗いざらい吐かせれば良いだけだ。お誂え向きに野営地は森の入り口なのだから。


     そう思っていたのだが、大きな誤算が二つあった。

     一つはこの男の暴走が案外あっさり発動してしまうらしい事だ。それではそもそも寝首を掻くという手が使えない。計画の変更を余儀なくされた。そしてもう一つは、クロノが思っていた以上に腹が据わった賢しい奴だったという事。

     死をも覚悟した上でこちらに同盟を持ちかけるその態度、口振りには正直驚いた。余裕ぶって見透かすような事を言う。とても魔獣に弱みを握られているような、弱者の見せるそれでは無かった。

     そんな腹の立つ男は、そのまま太々しいだけなら良かった。その程度ならただ利用し利用されるだけの関係になれたものを。

     のらりくらりと真意を見せないくせに、いざ大事な所でクロノはあろう事か「その時は俺はシェゾ・クォンティーに殺される」とどこか裏寂し気に笑ったのだ。同情した訳じゃない。ただ、興味が沸いた。孤独を抱えたその黒い瞳こそが、俺には本心に思えてならなかったから。


     その時俺は、初めてクロノという男自身に興味が湧いたのだ。


     父さんに似ているからじゃない。髪や目の黒に感情の色を隠してしまうこの男が、ほんの一瞬見せた心の色味が面白いと思った。

     だから思ったのだ。俺に協力するというこの男に、こちらの事情を話したらどんな反応をするのだろうと。相手はただの協力者だというのに、そんな浅はかな事を思ってしまったのだ。
     そして俺はクロノからの鋭い指摘もあり、結局最後は打算無しで全部打ち明ける事になった。

     話してみると、クロノは俺を揶揄うでも馬鹿にするでもなく自身が知る真実を語った。案外義理堅いのだなと感心した。そして奴の語る内容は俺を驚愕させる事ばかりだった。

     呪術なる禁術の存在。魔獣の存在理由。そして魔獣の使う呪いとクロノ自身が置かれた状況。何よりクロノに取り憑いている魔獣と俺の仇である魔獣は別の個体だと言う。そんな事があるのかと言いたくなるが、それを言ってしまったらクロノの語る言葉全てに言うはめになる。

     普通の人間が聞けばホラ話だと思うだろう。何より話している本人がまるで噂話のように重さのない声で話すのだから余計にそうだ。だが、だからこそ真実なんだろうと思えた。何より時折俺を見ながら困ったように苦笑するのだ。本当の事だからそれ以上に誤魔化せないのだと分かって余計に腹が立った。

     魔獣に呪われた、やがて魔獣になる人間。それが壊し屋クロノの正体だった。

     こいつ自身魔獣を弱らせる方法を知らないという事は、呪われたのは魔獣を殺したからではなく、死に立ち合ってしまったからだろう。それで十五年もの間、ずっとその暴走する呪いを抱えたまま魔獣について調べていた。予想通りクロノはただの魔獣の被害者だったのだ。

     やはり可哀想とは思わない。ただ…そう、ただ哀れだなと思った。

     その気持ちが明確になったのは、奴が俺に出した条件の三つ目を聞いた時だ。

    「見た目に限らず、お前から見て俺がもう人間じゃないと判断したら俺を殺してくれ」

     クロノは真っ直ぐに俺を見てそう言った。クロノの認識は、この呪われた十五年で随分魔獣に侵蝕されてしまったのだろう。魔獣の記憶と自分自身の記憶が混同して区別がつかないと語るその顔は、怯えるでも焦るでもなく、どこか悲しそうだった。

     出来れば人間に戻りたい。でも、自分でも人間の自分がもうわからない。だから魔獣になる前に死にたい。誰かを呪う前に。

     俺には、クロノがそう言っているように聞こえた。きっとこの男は今の自分が人間でも魔獣でもない者になってしまっているのを自覚しているんだろう。だから自分を人間としてしか見てくれない知り合いには殺してくれと頼めない。成程…クロノが何故孤独なのかがわかった気がした。

    「俺に声をかけた事を後悔するほど使い潰してやる」

     俺がそう言うと、クロノはそりゃ怖いなと笑った。ただ死を恐れる者ならば、殺してくれと頼んだ相手にそんな風に笑わないだろう。歪んでるなと思った。だが不思議と不快ではなかった。

     そしてそんな男が俺の目的には必要不可欠だ。問題は山というくらい増えたが、クロノを俺の為に使うには問題ごと背負い込むしかない。
     では先ずこの食えない男をどうしたものだろうと考えた時に、ふと手の中のリストバンドに目が行った。クロノの話によれば、普段の奴ならあの馬鹿力を封印出来るらしいが…。見れば見る程ただの革製バンドだ。

     呪術…か。確かにこいつが出した呪術のスクロールはもう殆んどが炭化して崩れている。夜間見た、こいつが扱う棒が伸縮したりおかしな強度になっていたのも呪術なのだろう。だからこのバンドに呪術が仕込んであるというのは間違い無いんだろうが、しかしどうにもピンと来ない。他の物ならいざ知らず、このバンドについては効力が弱ければ俺が暴走したクロノに襲われてしまう。例え魔獣が俺を飼い主だと思い込んでいようが、犬猫だって主人を噛んだり引っ掻いたりするのだからこれがあれば安全とはいかないだろう。

     少なくとも効力くらいは確かめておきたい。そう思ってクロノに声をかける。

    「ではクロノ。腕を出せ」
    「? なんかあったか?」
    「バンドの威力を確かめる」
    「⁉︎」

     そう言うとクロノは出しかけた手を引っ込める。

    「何故逃げる?」
    「いや普通逃げるだろ。拘束具だぞ⁉︎」
    「こっちは“魔獣もどき”の相手をさせられるんだ。いざ使えないじゃ済まされないからな」

     至極当然の事を言っているのにクロノは一向に言う事を聞かない。ならば捕まえようとするも奴はサッと狙った手を遠ざける。確かに素早さは俺の方が上だが、割と本気で手を下げるクロノはその反応の速さでスルリと逃げる。流石にイラッとした。
     お前がその気なら全力で捕まえてやろうかと身構えると今度はこちらの手を掴んで来た。これはカチンと来る。この馬鹿力に掴まれたら俺では振り解けない。ここまで邪魔されると意地でもバンドを嵌めてやろうかという気になる。

     こちらが離せと言っているのに、この野郎何が「お前は大丈夫だから安心しろ」だ。そんな口頭説明だけで一体何を安心しろと言うのか。半ばムキになってやいのやいの言い合っていると、とうとう痺れを切らしたクロノが俺を押し倒した。

     ドサリと背が地に付く。全く気に食わない。この男に押し倒されるのはこれで二度目だ。しかもこいつは出会い頭で唇を奪うような男だというのに。分かっていても腕一つ掴まれるだけでこうもあっさり倒されるのはやはり不服だ。倒れた拍子に呪術のスクロールが今にも全て崩れそうになっているのが目に入った。

     そして見上げると、やけに真剣な顔をしたクロノがそこにいた。

    「この魔獣はお前に惚れてる。大切にしたくて仕方ねーんだよ」

     一瞬、この男は何を言っているんだと思考が追いつかなかった。魔獣は俺の事を飼い主だと思っているという話はどこへ行ったんだ、と。面食らったが、微かにスクロールがボロッと崩れる音が耳に届いて我に返る。

     情報漏洩対策の術はもう切れたようだ。俺は本心半分、カマかけ半分でクロノに問うた。

    「頭でも湧いたか?」
    「こんなしょうもない冗談言わねーし、そうじゃ無かったら出会い頭のお前にキスなんてしなかった。割りと本気でお前が好きなんだよ。冗談であって欲しいのは俺の方だ。だから、そんなに心配するなよ」

     嘘、ではないらしい。クロノは術が切れた事には気が付いてないようだった。そして内心驚いた。この男でもこんなに真面目な顔をするのかと思ったからだ。魔獣の事を話している筈なのに、そんな顔ではまるで本当に俺への告白みたいじゃないか。

     なぁ、クロノ。お前、かなり魔獣と混ざってると言っただろう。その告白は、一体どこまで人の感情が混ざっているんだ?

     そんな疑問が浮かんでポツリと口にする。

    「………それで、キスの次は俺を押し倒してどうする気なんだ?」

     その問いかけで、クロノは漸く状況を理解したらしい。告白した相手を組み敷いていると言う事実に。そして急に顔色を変えた。

    「な…何もする訳ないだろっ。流れでこうなっただけだ」

     慌てて退くクロノのその変化を俺は見逃さなかった。俺には分かってしまったのだ。この目の前の男が、横たわる俺を見て欲情した事を。
     ああ、そうだ。分からない筈がない。俺が何度父をそういう目で見た事か。そしてクロノ。お前がそんな目を…そんな顔をするんだな。

     そう思うと、酷くゾクゾクした。

     湧き上がってくる感覚に口角が上がる。たまらなかった。その感覚のままに彼に耳打ちをする。

    「さっきの告白は、テントの外に聞こえてしまったな」

     やっとその事に気が付いて悔しそうな顔をするクロノがまたどうしようもなく良かった。なんでこんなに自分が高揚しているのか分からない。冷静じゃない。分かってる。それでも溢れる笑みが止まらない。

    「いい顔だ、クロノ。少々気が晴れたので今日はこれで終わりにしてやる。これの実験は次の楽しみに取っておく」

     クロノにバンドを見せ付けながらテントを出た。限界だったのだ。腹の中でゾクゾクとした高揚が渦巻いているようで、頭がおかしくなりそうだった。ニヤける口元を隠すためにマントの襟元を引き上げた。





     屋敷内の自室に戻るとベッドに倒れ込む。昨夜から色々あったはずなのに、未だ気が昂ぶって寝られそうにない。

     理由だけははっきりしていた。

     体を起こすと髪を掻き上げて溜め息を吐く。気を紛らわせる為にも一から物事を整理してみようと思い立ったのだ。


     本来、魔獣なんてものは伝説の生物だ。それが確かに生存していたとしても遭遇する事の方が奇跡に近い。

     クロノから聞いた魔獣の説明を紐解いて時系列に当てはめる。

     先ず始めにそんな生物が、偶然にも当時国の中核がぐらつくリムブルム領内に出現した事だ。最初は天災の襲来くらいに捉えていたが、考えてみればまるで狙い澄ましたかのようなタイミングだった。
     当時父は王の忠臣、そして武に優れた騎士だった。クーデターを起こすには邪魔な存在だったろう。実際にこれ幸いと新王派閥の連中が俺の出自を利用して、その魔獣に父を騎士団ごと殺させたのだから。そうだ。父さんは間違い無く殺されたと言って良い。呪術の事を伝えず、対策も持たせずで挑めばどうなるかなんてはっきりしている。それに父がどうにか魔獣を倒せたとしても、獣穢で呪われるのは父さんだ。そうなれば国は大義名分の元、父さんを処刑出来るのだ。何より自分がそんな呪いにかかったのだと知れば、きっとあの人は自害するだろう。奥歯をギリリと噛み締める。

     そしてクーデターが起きたのは、第五騎士団が壊滅してから一週間足らずの事だった。
     結局魔獣による被害は、王直轄の街一つと騎士団一つだけ。それで姿を消した。余りにも出来過ぎたストーリーだ。

     魔獣が古代呪術師の使い魔ならば人間との対話は可能なはず。知性が低い筈が無い。であれば、魔獣は何がしかの目的があって姿を現し、そして退いた事になる。どうやって魔獣なんて物を引っ張り出したのかは分からないが、あの出現事態が仕組まれていたという可能性は十分に考えられるではないか。

     そこまで考えて、一度張り詰めた気持ちをリセットすべく溜め息を吐く。そして髪を掻き上げながらぐしゃりと握る。

     結局の所、その件を詳らかにするには誰かの口を破らせる必要があるだろう。リムブルムの上層部一人を捕まえて吐かせるのも手だが、それを可能にする情報が今俺の手元に無い。何よりそういった事に関わっているなら俺の顔も知っているだろう。策無しで飛び込めば逆に此方が捕まるだけだ。

     では他に誰がいるか。それこそ父を殺した魔獣なら何かは知っているだろうが、俺が魔獣を討伐するのと密かにリムブルムの情報を集めるのではどちらが早いだろう?

    「…………」

     要検討案件だな。クロノを通じて駆使出来る呪術がどれほどのものなのか。それを確認してから策を練るしかあるまい。

     現状では、俺の復讐の算段はそこで手詰まりになった。兎に角現状出来る事は今までとさして変わらなかった。父を殺した魔獣の居場所を探りつつ、魔獣を弱らせる手立てを考える。

     此方で扱える呪術に有用な物がある事を祈るしかないだろう。手を下ろしてまた溜め息を吐いた。


     さて、では残るはクロノ絡みの案件か…。

     クロノから出された三つの要望は、まぁ良いだろう。
     多少気乗りがしない点もあるが、それで魔獣の力と知識の一部を此方の良いように使えるのだ。やるしかあるまい。
     それからクロノの呪いの進行については四の五の言っても仕方がない。見当もつかないものを心配する暇があるなら出来る事を片付けて行った方が余程建設的だ。よってこれらの件は置いておく。

     では、クロノに取り憑いている魔獣について…か。

     伝説の生物である魔獣。それに親を殺され、そして協力者である男に取り憑いているのは別の魔獣だと言う。齢二十三で二頭の魔獣と接点が出来た。
     クロノの言葉を鵜呑みにするなら、そっちの魔獣は昔俺の先祖に飼われていて、更には主人を慕っていた…という事になる。

     いや、奴の口振りだと俺が呪術師の末裔であるという確証は無いのだろう。奴は“俺の見立てだと”と言っていたのだから。あいつ自身ではもう思い出せない程古い記憶なのか。それともクロノがもっと魔獣と混じれば思い出せるのかもしれない。ただ魔獣とはなんらかの関係がある人物なのは間違いないだろう。魔獣という生物が単体でいったいどれ程の時を生きられるのかは知らんが、体が朽ちるまで一途に想い焦がれていたのだ。浅からぬ仲ではあったはずだ。そして俺をその人物だと思い込んでいる。

     腰に括りつけておいた物入れから革製のリストバンドを取り出した。そしてそれを手の中で遊ばせる。

     クロノは、その魔獣の想い人探しの為に十五年も呪われたままなのか。そう思うと悲劇も一周回って笑い話だな。
     あの言いようでは、きっと女に惚れる一般的な男だったんだろう。育ててくれた同性の親を愛してしまうような俺とは違って、な。

     あいつが…、クロノが父さんに時折似るのは、ただの偶然だろう。死んだ父に似た雰囲気を持つ、少し珍しい人種なだけの普通の男。そんなクロノが、魔獣の感情に飲まれて男の俺に欲情までしてしまった。そんな自分の反応に、奴は何を思っただろう。きっとあいつ自身が一番驚いていたんだろうな。

     あの時のクロノを思い出すと、まだ心のどこかが甘美に疼く。

     いや、本当は自分でも気が付いている。俺があの時、どうしようもなくクロノに惹きつけられた理由。

     あの男は直ぐに本心を隠そうとする。のらりくらりとした態度で、奴の思いがどの程度のものなのかがちっとも見えてこない。だからこそ苛立ちもした。

     だけどあの時…。告白して来た時の真剣な眼差しが、一瞬の内に欲に塗られた途端またそれを隠そうとした。なのに、あの時クロノはいつものように上手くは隠せなかった。浮き彫りになった感情を不器用に抱えたまま、あの黒い瞳は俺を見た。

     それはまるで…。そう、まるで奴の感情に直に触っているような気分になったんだ。
     ゾクゾクしたし、ドキドキもした。そんなクロノがもっと見たいと思った。

     おかしな物だなと思う。俺は未だに父さんを愛している。それこそあの人の為に復讐すると誓った。今もその気持ちに変わりはない。なのに俺は、自分を隠せなくなったクロノの姿に惹かれてしまっている。これを父さんは、浮気と言うだろうか。

     誰にも言えない恋に気が付いて少なくとも五年。愛情を向ける相手さえこの世にいなくなって四年だ。ほんの少しくらいこの寂しさを他の相手で紛らわせても良いのだろうか。そのくらいなら、許して欲しい…。だって仕方がないだろう。クロノのせいで、自分の寂しい気持ちに気が付いてしまったのだから。あいつにはこの埋め合わせをしてもらわなくては困る。




     徐にリストバンドを目の高さまで上げると、それに口付けをした。

    「なぁ、クロノ。お前の中身がもっと混じったら、お前も俺に恋をするのか?」

     誰に問うでもない疑問を音にする。もしそうなったとしたら、きっとクロノは認めたくないと拒むんだろう。そんな思いでぐちゃぐちゃになってるあいつを見たいと願ってしまう自分も大概だ。
     つい、歪んでいるなと思ってクスクス笑った。

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