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    天野叢雲

    @onitakemusya
    だいたい出来心

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    天野叢雲

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    以前書いたマイハンターの過去に絡めて、うちよそさせてもらった作品ですが、自宅マイハンの過去設定に変更があったので加筆修正しました。
    物語当時、イエオミはスズメ君が男の子だと知らなかったのです…

    香染色の髪の少女 その日イエオミはある少女を見た。

     香染色の髪に見覚えのある白い綱紐の髪飾り。春を思わせる桜色の着物に身を包んだまだ幼い少女は、小さな体を更に小さく丸めて蹲っていた。

     少女は今にも泣き出しそうなほど目に涙を溜めながら、まだどうにか堪えているのだろう。あどけない面差しとは不釣り合いな泣きぼくろはまだ濡れてはいなかった。








     イエオミがこのカムラの里に流れ着いたのは四十路前の頃だ。それまで自分を召し抱えてくれていた所は、家そのものが潰れて無くなった。理由はモンスターでもなんでもなく人間。一族内の派閥争いの末、領主の怒りを買ってお取り潰しとなってしまったのだ。
     元々後ろ盾も何も無い傭兵であった彼を気に入り、兵として拾ってくれた先代主の恩義に応えるべく、イエオミはただひたすらに尽力して来た。しかしその結果は呆気ないものだった。

     仕事を失って、また昔のように傭兵に戻るという手もあるにはあった。それでもイエオミがそれを選ばなかったのは、そこに良い思い出が無かったからかもしれない。

     いや、そもそもイエオミに良い思い出は多くないのだ。家族を失い、記憶を失い、ただ漠然と失う恐怖から逃れる為に大切なものを作ろうとしなかった結果が、何も無い現状に結び付いてしまったのだから。
     喪失感から逃れる為にして来た事の所為でイエオミはただ喪失感の中にいるしかなくなったのだから、なんとも哀れな話しだ。イエオミの乾いた心ではそんな自分を笑ってやる事すら出来なかった。

     だから彼がこの地に辿り着いたのは本当にただの偶然だ。

     尽くすべき相手も目的も無くなったイエオミには、もう生きる目的すら無かった。この世に絶望したのならば自死する事も出来たのだろうが、彼の中に有ったのはどうしようもない空虚感だけだった。本当に他にやる事が思いつかなかった。空っぽののまま当ても無く彷徨った末に辺境の隠れ里へと至った。そして里の者達はそんな彼を優しく受け入れてくれた。

     どこの馬の骨とも知らぬ自分にかけられた情け。イエオミはそれを自分に出来る事で返そうと考えた。元より刃を握る事しか教わって来なかった。ならばモンスターの脅威に晒されているこの里を守るべくハンターになればいい。切先を向ける相手が人間から怪物になるだけ。何も違わない。何よりもいつ死んでも構わないのだ。ならばせめて何か大切ものを作るふりくらいしたいと考えたのだ。本当にそんなものが自分に作れるなどとは思いもしないが、せめてこの喪失感を紛らわせるならそれで十分だった。

     元兵士であった事もあり、ハンターになるのはそう難しくなかった。それに何よりこの里には先輩と呼べるハンター達が既にいたのだから。
     中でも大柄な体格も含めて豪放磊落という言葉をそのまま形にしたようなクロガネという男は、歳が近いせいか随分良くしてくれた。ハンターのイロハの多くは彼から学んだ。



     懇意となれば家族との付き合いも増えるもの。クロガネには気立ての良い妻と活発な息子が一人いた。聞けばこの妻もまたハンターだという。二人は他で結ばれ、里の出である嫁の故郷に家族として帰って来たそうだ。危険を伴うハンターでありながら、こうして家庭を持つ事が出来た二人をイエオミは羨ましく思った。

     つい、自分の手をじっと見つめる。彼が思い出せる最も古い記憶は人買いの元から逃げ出して傭兵団に捕まった所だ。それ以上前は知らない。愛も家族も理不尽に取り上げられたという感覚が、得ればまた失うという恐怖に変わる。そんな思いが漠然と心に巣食っているのだ。もし、全てを覚えていたまま過ごせたならば、自分もこの二人のようになれただろうか。そんな訳無いのにと知っていながらも、くだらない疑問が浮かんでは消えて行った。

     そんなイエオミに気が付いたのかもしれない。クロガネの妻アマメはハンター夫婦なら他にもいると教えてくれた。名をツグミとヒバリという。イエオミもその二人なら会った事がある。男女の二人組で狩りをするハンターだ。しかし婚姻関係にあるとは知らなかった。驚く事に彼らにも子供がいるというのだ。

    「…ハンターはその様な生活形式が多いものなのか?」
    「やだそんな事ないわよ。イエオミさん。
     でもこの里って今じゃハンターじゃなくても皆んな武具を扱えるから、自然とそうなっちまったのかもね」

     アマメはそう答えるとカラカラ笑った。人好きのするアマメとクロガネの二人が作り出す家庭の雰囲気は、命のやり取りと隣合わせとは思えぬほど暖かなもので、酷く心地良かった。



     それから数日後の事。イエオミは集会場でツグミ夫妻に会った。二人はハンターとしてまだ日の浅いイエオミに挨拶してくれたのだ。少し話す内にイエオミはふとした疑問を口にしてみた。

    「二方には子がいると伺ったが、狩りの間はどうなされておるのだ?」

     この時イエオミが思い出していたのは先日会ったクロガネの息子の姿だ。土間に落ちぬようにと家には衝立が置かれ、その中を寝る直前まで元気に転げ回っている幼な児。まるで鈴のようだと思った。そしてアマメがどうしても目を離さなければならない時には、容赦なく紐を子供の腰に巻いて手綱のようにされていた。
     しかしこの二人にはそのような様子がない。どこにしまわれているのだろうと思ったほどだ。

    「子守のオトモと一緒に留守番してもらってるんですよ」

     母のヒバリが歌声のような美しい声で答えてくれた。

    「うちのスズメは大人しい子でね。有難いかぎり。
     でも話し相手が少ないのは可哀想なのでヒノエとミノトにも時々様子を見てもらうようお願いしてるのよ。
     あら。そうだ! ねぇ、イエオミさん。イエオミさんもスズメの様子、見てきてくれないかしら? この狩りもそろそろ大詰めなんだけど、やっぱり気になっちゃうのよ」

     妻のヒバリは話好きらしく、言葉が次から次へと出てくる。それこそまるで歌っているみたいだとイエオミは思った。そして何やら頼まれ事をしてしまったらしいが然程悪い気がしなかったのは彼女の人柄と言葉のテンポの良さだろうか。慌てて旦那のツグミがフォローを入れる。

    「イエオミさん。急にすまない。もう時期帰れるからどんな様子か見てくれるだけでいいんだ。面倒はオトモのユキが見てるから」
    「いや、それくらいならば問題無いが」
    「助かるわー。実は私たち、物資の補給に来ただけでもう出ないといけないのよ。だからスズメの報告もいらないわ。大人の目があるってだけでも安心だもの。宜しくお願いね」

     やはり途中からヒバリとの会話になる。そしてどやらそろそろ出発らしく、川へと向かうようだ。ヒバリが桟橋へと集会場を後にする。追ってツグミも動き出す。

    「父親としては、聞き分けが良い分逆に心配なんだが…」

     苦笑しながらツグミはイエオミに頼むと会釈して去って行った。ハンターの両親。二人ともちゃんと子供の事を気にかけているのが伝わって来た。



     さて一人集会場に残ったイエオミだが今ギルドにどんな依頼が来ているのだけ確認したら何もせずにそこを出た。元々依頼の様子を見に来ただけだ。それに今日はハンターとしてではなく、里の者としての依頼が舞い込んでしまったのだから仕方がない。

    「…さて、如何したものか」

     イエオミは少し困ったように溢す。いくらこの里のハンターになったとて、自分は素性は誰も知らないのだ。それに兵士時代ですら同僚だからと会って間もない相手に子供を任せるなど見た事がない。保護する者が近くにいない子供など、利用方法はいくらでもあるのだから。

    (俺が子を攫って売り飛ばすなどとは、考えてもおらぬのだろうな…)

     かつて自分がそうされたように、どう扱っても良い子供はそれなりに需要がある。子供は大人に対してあまりにも無力だ。一方的に欲を満たす道具として丁度良い。だからこそ金にもなる。そして子供はそういう状況に置かれれば、生きる為にそれを受諾するしかない。でなければイエオミはこうして生き続ける事が出来なかった。

     あの時、思考も感情も失いながらどうにか生き長らえた。果たしてそれに意味があったのかと問われれば、今のイエオミには答えられそうになかった。

     ふと思い出されたのはクロガネの息子の笑顔だ。何があるでも無いのにあの子は幸せそうに笑っていた。

    (子供とは…ああいう顔で笑うものなのだな……)

     もう思い出す事も出来ないが“物”として扱われる以前、かつて自分もあの様に笑っていたのだろうか。せめてそうあって欲しいと思った。

    「……………このようなザマで子守とは…。ヒバリ殿も人を見る目が無いな」

     小さく呟いてただ足を進めた。

     里の大通りは店屋が多い。ハンターや職人の住まいはタタラ場の裏手だ。路地を入ると井戸の周りに女たちが談笑してるのが見えてイエオミは声をかけた。

    「すまんがツグミ殿の家は何処か教えてもらえぬか?」
    「あらイエオミさんじゃない」
    「なんかあったのかい? 今二人は留守だったはずだけど」

     代わる代わる話す女性たちに子供の様子を見るよう頼まれたと伝えると快く道のりを教えてくれる。礼を言って立ち去ろうとすると呼び止められた。

    「あー、そうだぁ!
     ねぇちょっと待って。ヒバリちゃんち行くならうちの野菜持って行ってよ。今度ご馳走するって約束してたの」

     そう言って家に戻る女性。驚いたイエオミが言葉を返そうとするも残りの女性たちに取り囲まれる。

    「イエオミさん。もうすっかりハンターなのよねー。凄いわぁ」
    「ねー。ついこの間里に来たと思えばあっという間よ。やっぱり出来る男は違うわよねー」
    「ホントよ。うちの旦那もこのくらい男前だったら良かったのに」
    「あんたはいつも顔の話しばっかじゃない」
    「やっだー」

     当のイエオミを他所に、女たちはやいのやいのと楽しげに笑う。その勢いに気圧されて物を言う事も出来ない。よもやこの歳にもなって女たちに囲まれ、キャーキャー言われる日が来ようとは。今までにこんな経験のないイエオミはほとほと困ってしまった。
     そうこうしている間に贈り物の野菜は届いてしまい、有無言わさずたんまりと中身の詰まった腕籠を一つ持たされて漸く解放された。

     別れ際に残りの野菜は二人が帰宅したら届けると言われたのだが、だったら今持たせる必要はないのではとつい思ってしまう。この野菜をイエオミが盗むとは何故考えないのか。

     イエオミは溜め息混じりに息を吐いて、寧ろこの考え方の方がこの里では無粋なのだと思い諦めた。



     淡々と土を蹴る己の足音。
     聴こえて来るのは生活音。

     もう彼女たちの笑い声も遠くなった。本当に静かな里だ。のどかとはこういうものかと思って歩いていると家の裏手の茂みの向こうから微かに声が聞こえた。

     一瞬気のせいかとも思ったが、確かにあれは人の声だ。茂みの先は森になっているが、わざわざそんな所に何の用なのか…。

     イエオミは声がした方角へと進路を変えた。自然と足音を抑え、静かに進む。それは傭兵時代に培った技術。体の小さなイエオミにとって奇襲は必要な戦法だった。

     家の影に入り込みそこから茂みに、そして木の影へと身を隠す。そうやって近付いた先で声の主を見つける。

     そこにいたのは一人の少女だった。

     少女は体を丸めて屈んでしまっている。辺りには他に誰もいないようだ。
     香染色の髪に付けた髪飾りは里の竜人姉妹と同じ物で、桜色の明るい着物は緑が深い森の中で殊更際立って見えた。

     姉妹には更に妹がいたのかと思ったが、あの双子は共に射干玉の髪をしている。そして少女の髪色がツグミ夫婦と同じであると気が付いてイエオミはもしやと思い当たった。

    「お主…スズメか?」

     木陰から姿を出して問いかけてみる。この子が夫妻から頼まれた目的の子供ではないだろうか。確か母のヒバリが竜人の双子に時々様子を見てもらっていると言っていたし、お揃いの髪飾りをしていてもおかしくはない。

     少女はイエオミの声に驚いてビクつくと、下を向いたまま両手で目を擦ってから此方を向いた。
     髪色より明るい色の瞳はまだ潤んでいたが、泣き出した様子ではないらしい。寧ろそれを隠すように立ち上がる。母親に似た黒目がちな目と少しだけ大人びた泣きぼくろ。
     それは力いっぱいの強がりなんだろう。彼女はイエオミを見据えて「誰?」と問い返して来た。

     間違いないようだ。この子がスズメだ。

    「親御殿からお主の様子を見てくれと頼まれた者だ。同じくこの里でハンターをしている」

     子供に対して名乗りが堅いという自覚はあったが、イエオミには小さな子への対応が全く分からなかったのだからどうしようもない。ただ怖がらせて泣かせたくはなかった。
     しかし知らない大人とは子供にしてみれば等しく怖いものだ。スズメはまた下を向いてしまう。それが見て取れたイエオミは内心焦る。泣かせまいとなんとか会話しようと試みた。

    「喉は、乾いておらぬか?」
    「…………」
    「野菜はどうだ? ここに沢山あるぞ?」
    「…………」
    「……………」
    「………」

     何を話せばスズメの機嫌が良くなるのか見当もつかない。といっても自分を怪しくないと言う奴ほど怪しいのは誰よりも良く知っているだけに手の打ちようが無かった。
     今更になって何故こんな事を安請け合いしてしまったのかと酷く後悔する。

    「ぉ……、お主は…。何故にこのような所にいるのだ…」

     半分ヤケクソで思い付いた疑問を口にする。すると反応があった。

    「…………ユキ」
    「?」
    「ユキがいない」

     『ユキ』とは確か、スズメの子守りをしているオトモの名前だった筈だ。ツグミは子供の面倒はオトモが見ていると言っていたが、成程ここにはスズメしかいなかった。

    「その、ユキは近くにいるのか?」

     問えばスズメはまた黙ってしまった。どうやらはぐれたらしい。もしかしたらこんな里の外れにいるのはそのオトモを探して彷徨ったからかもしれない。
     幸いこの場所は通りからそう遠くない。ガルクでもアイルーでもスズメの匂いは嗅ぎ取れるだろうから見付けて貰うのは難しくないだろう。話が進んで少し安心する。

     しかしスズメは自分の着物の裾をギュッと掴んでしまった。

    「…ユキ。一人でいなくなった…
     だから探しにきたんだ
     だって……
     だって
     ひとりぼっちは、…悲しくなるんだ…ッ」

     今にも泣いてしまいそうなほど、その声も小さな背中も、切ないほどに震えていた。

     そしてイエオミは気が付いた。この子は自分の事を言っているんだと。
     寂しくて寂しくて、一人でいるのが辛くて。オトモが最後の拠り所だったのだろう。そのオトモともはぐれてしまって、泣きたくて仕方ないのにそれをこんな風に隠してる。

     ツグミが言っていた。『聞き分けが良い分逆に心配だ』と。ヒバリはスズメが大人しいと言ったがスズメはこうしてずっと寂しい事を素直に言えずにいたのか。

     自分の気持ちを隠して。涙を堪えて。
     こんな小さな身体で必死で耐えている。
     イエオミにはそんなスズメが酷く意地らしく、そして健気に思えた。

     なぁ、スズメ。
     子供は皆幸せに笑わねばならぬのだぞ。

     気付けば、イエオミはスズメの頭にそっと手を置き、優しく撫でていた。

    「お主は強いのだな。
     ではユキが泣かぬよう、ここで待っていようではないか。ユキもお主を探して動き回ってるやも知れぬ。
     俺も手伝おう。出迎えは一人より二人の方が心強かろうからな」

     そう言うとスズメはコクリと頷く。その様子にイエオミも安心して笑みが溢れた。

     立ったまま待つのでは辛かろうと、近くの手頃な岩に座らせてやる。まだ日が暮れる心配もないし、人里の近くなら獰猛な獣もいない。もし何かあれば自分が応戦すればいい。
     あの夫婦に頼まれたのだから、せめてこの子をオトモに引き渡すまでは切り傷一つ付ける気もない。

     オトモを待つ間助かったのは、スズメが大人しく岩に座っていてくれた事だ。時より手持ち無沙汰や寂しさを紛らわすように足をぶらつかせるだけで、立ち上がりはしなかった。

     そうこうしている内にイエオミは通りの方から此方へ茂みを掻き分ける音に気が付いた。

    「来たか」

     そう呟くと向こうからアイルーの鳴き声がして来た。

    「スズメー!」
    「‼︎」

     その声はスズメにも届いたらしい。慌てて岩から降りると大声で相手の名を呼んだ。

    「ユキー‼︎」
    「スズメー!」

     お互いがお互いを呼び合い、茶トラ模様の猫が姿を現すとスズメは一目散に走り出した。そして漸く会えたその相手に抱きつく。

    「スズメ! 探したニャ。なんでこんな所にいるニャ?」

     アイルーは質問するが顔を埋めてしがみついてくるスズメは答えられそうにない。代わりにイエオミが答えてやった。

    「スズメはお主を迎えに来たんだそうだ。
     なぁ、スズメ。ユキと共に家に帰るのだろう?」

     スズメにそう問えばコクリと頷く。その様子に状況が飲み込めたオトモは近付いて来たイエオミを見た。

    「俺はこの里のハンターだ。ツグミ殿たちにスズメの様子を見てこいと頼まれてな」
    「そうだったのかニャ。ご迷惑おかけしましたニャ」

     オトモはお礼を言うとスズメに離れるよう促す。

    「ほらスズメ。一緒に帰るニャ」

     一人と一匹は手を繋ぐ。そんな姿にイエオミは忘れてはいけないと腕籠を差し出した。

    「道中、お主たちに渡してくれと預かった野菜だ。ご夫妻が帰宅したら更に追加を届けるそうだ」
    「ニャー。美味しそうだニャ」

     ユキは器用に籠を頭に乗せると、イエオミに挨拶して二人で歩いて行く。イエオミはその小さな背中を見送った。





     明くる日。イエオミは集会場の手摺りから川を眺めていた。流れ流れてゆく水面を見ながら、イエオミはただじっと己の心と対話する。

     それは一度感情を失ったからなのかもしれない。イエオミが何かを悩む時、疑問を自分に投げかけその答えをひたすらに模索する。それを何度も何度も繰り返すのだ。
     それはどこか自分の形を確かめているようにも見えた。

    「おー! イエオミじゃねーか!」

     突如として威勢よく声を響かせたのはクロガネだ。そしてこれまた景気良くドッカドッカと足音を立てながら此方に近寄って来ると大袈裟にクエストボードを眺める。

    「クエストに出るのか? じゃあ俺も行くか。相手はどいつだ?」

     イエオミが纏う静寂をクロガネは容赦なく打ち壊して行く。しかしイエオミには不思議と悪い気がしなかった。それはおそらくクロガネが自然体だからなのだろう。騒がしさも陽気さもどれもクロガネの人柄から溢れ出したもの。
     そして何より知っているのだ。突拍子もない事をする男の根底にあるのは確かな実力と野生の獣のように鋭い勘。真実を感覚的に捉える眼だという事を。

     隣で狩りをしながらイエオミはそれをひしひしと感じていたのだ。
     だからなのかもしれない。クロガネになら気兼ねせず言葉を投げかけられたのは。

    「クロガネ」
    「? なんだなんだ。どうした?」

     イエオミが静かに彼を振り返った。そして何かを確かめるようにぽつぽつと言葉にする。

    「…武器を握る理由が、『笑った所を見てみたい』では……不十分だろうか…?」

     昨日のスズメを見て思った事だ。この里は夜行のせいで戦う者が増えている。であれば、モンスターに里が襲われる危険性をどうにか減らせればハンターの仕事も減って行くだろう。
     それが直接ツグミやヒバリがスズメと過ごす時間が増える事に繋がるとは思えないが、自分が出来る事でスズメに幸せそうに笑ってもらう方法が他に思い付かなかった。

     なんとも理論的とは言い難い目的を理由にしてしまうのはやはり愚かだろうか。それでも『死んでも構わないから』というものより余程マシに思えた。

     クロガネはそんな事を言い出すイエオミを見て一度驚き、そして豪快に笑い出した。

    「理由に十分も不十分もあるかよ。そうしたいって思ったんなら他に何がいるんだ?」

     尚も笑うクロガネにつられてイエオミも微かに笑う。こうも堂々と笑われたら悩んでいた事が馬鹿馬鹿しく思えてしまうから。

    「ほらよ。さっさと狩りに行こうぜ」
    「そうだな」

     クエストの出発口を親指で示しながらクロガネが誘えばイエオミもそれについて行く。存分に狩ろうぜと意気込むクロガネの後方でイエオミも強く剣を握った。





     ───そしてイエオミの元にツグミとヒバリの訃報が届いたのは、そらから程なくしての事だった。
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