しずあい 人魚姫パロ 「愛莉ちゃん、私、人魚になりたい。どうしたらいいかな」
全く。何を言い出したのかこの人間は。
わたしは多分今、心底呆れた顔をしている。そりゃあそうだろう。だって、目の前の人間が、あまりにもありえない事をいうもんだから。
『何言ってんの、バカじゃないの?人魚なんてそんなほいほいなれるもんじゃ』
「でも、愛莉ちゃんたち、人間の格好でこっちに来てたじゃない。それなら、私だってなれるはずでしょ?」
……いつもみたいにありえない冗談を言ってるんだって思った。それなのに、雫の瞳はいやに真剣で。
『あれは……一時的なものよ。時間が経てば元に戻るの』
「そう……残念ね」
しゅんっとした顔になった雫。なんだかそんな顔を見ているともやもやして、私は海水に浸かった自分の尾びれを、ぱしゃんとひとつ打った。
「愛莉ちゃん?」
『別にいいじゃない。こうやって、アンタとは会えるんだから』
「でも……私、愛莉ちゃんの歌が、また聴きたくて」
『……!?アンタ覚えてたの?』
スケッチブックに書く手が震える。雫はこくりと頷いて、真っ赤な顔で私の頬に手を添えた。
「愛莉ちゃんでしょう?私を助けてくれたのは」
「あの声がね、忘れられなくて。はっきりは見えなかったけど、今は分かる。あれは絶対、愛莉ちゃんだった」
「だから……私は愛莉ちゃんの声が聴きたいの。でもそれはたぶん、私が人間だと、ダメなんでしょう?だって愛莉ちゃんは、本当はこっちじゃ声が出せないから」
「愛莉ちゃんがここに来るのも、本当はダメ、なんだよね。危険を冒してきてくれてるって、私分かってるの」
「絵名ちゃんが言ってた。掟を破った人魚は、罰として泡になって消えちゃうって。人間と恋をした人魚は、その恋が実らなかったら消えちゃうんだって」
雫の美しい瞳が伏せられて、私の顔にぽつりと滴が落ちてきた。雨かと思ったそれは、じんわりとあたたかくて。
「愛莉ちゃんの声がまた聴けるなら、人魚にだってなれる。時間が経って魔法が解けて、泡になったってもいい。……それじゃ足りない、かな?」
何も、返せなかった。あれがわたしだって雫にバレていたことも、雫の気持ちも、覚悟も。何もかもわたしには、受け入れられなくて。逃げてしまいたかった。いなくなってしまいたかった。いっそ、私が泡になって。
「愛莉ちゃん……」