仲直りして!!!「どうして、言ってくれなかったの」
……愛莉ちゃんのこんな顔見たの、いつぶりだろう。
私を見下ろす愛莉ちゃんを、真っ直ぐに見つめる。愛莉ちゃんの後ろには天井が見えて、ああ、私、今倒れてるんだ、なんて。
形が良くて愛らしい眉毛がきゅっと寄って、私を映す桃色は、悲しそうに細められてる。いつもは綺麗に上がっている口元も、への字みたいに下がり切っていて。
「えっと……」
事の発端は、私が、この前出演したドラマの相手役の人に告白された事だった。もちろん、私には愛莉ちゃんがいるから断ったけれど、お付き合いしていることは、まだ内緒にしておこうって愛莉ちゃんと二人で決めたからちゃんと言えなかった。
その人は愛莉ちゃんとも仲がいい人だったから、愛莉ちゃんになんとなく言い出しづらくて、切り出すタイミングを伺っていたらどんどん時間が過ぎてしまって、もう一週間。どういうルートを辿ったのか、私があの人に告白されたことが愛莉ちゃんの耳にも入っていて、おうちに帰ってきた瞬間、愛莉ちゃんに手首を少し痛いくらいに掴まれて、ソファにぐいって押し倒されてしまったの。
こんな強引にされたのは初めてで、愛莉ちゃんを傷つけちゃったんだ、なんて今更胸の奥がぎゅうって痛くなる。
何も答えられない私に、またもやもやさせてしまったのか、愛莉ちゃんの桃色に、ギラッと少し怖い熱が宿った。
「……んぅっ」
初めてかも、しれない。痛いほど強引に唇を重ねられた。びっくりして愛莉ちゃんの洋服に、私の手がすがりつく。いつもならやめてくれるのに、愛莉ちゃんの目は少し、怖くて。でもどこか怯えているような、怖がってる子どもの目みたいだった。
愛莉ちゃんの舌が、唇を割って入ってくる。奥に引っ込んでいた私の舌を見つけ出して絡めて。愛莉ちゃんしか知らない、私の気持ちいいところをどんどん暴かれていく。息がうまくできなくて苦しくて。愛莉ちゃんとキスをしているのに嬉しくなくて、少し怖くて。でもきっとそれは愛莉ちゃんも同じ。いつもはあったかい熱で蕩ける瞳が、悲しそうな涙で濡れてる。愛莉ちゃん、愛莉ちゃん。
「あぃ、りちゃん」
何も言えなかった私の口から出たのは、大好きな名前。怖くなってぎゅうっと力が入ってしまって、愛莉ちゃんの肩口を握りしめる。それにはっと目を見開いて、愛莉ちゃんは私から離れてしまった。さらりと私を覆う桃色のカーテンが揺れて、その間から覗く瞳は、ひどく傷ついているように見えた。
「……アンタ、わたしの恋人だって自覚ある?」
「あい、りちゃん?」
「いつも……いつも好きなのは、わたしばっかりじゃない」
ぽろり、とこぼれ落ちたのは、ひとしずくの涙。ああ、愛莉ちゃん、泣いてる。
愛莉ちゃんが泣いちゃってるのも、悲しい思いにさせちゃったの分かっているし、ぽろぽろ溢れるそれを拭ってあげたいのに、どうしてか体が動かない。ぽた、ぽたと私の顔に落ちてくるそれを、拭うこともできないまま、私はぐすぐすと泣きじゃくる愛莉ちゃんを見つめることしかできない。
「……くやしい」
ぽすんって私の胸に顔を埋めた愛莉ちゃん。じんわりと涙が広がっていって、それがすぐに熱を失って冷たく感じる。
どうしたらいいのかわからなくて、でも勝手に手が、愛莉ちゃんを抱きしめようと動いていく。……だけど。
「ごめん。頭冷やしてくる」
「愛莉ちゃん?」
バッと立ち上がった愛莉ちゃんは、ドアの音を響かせて、二人のリビングを出ていってしまった。残された私はどうすることもできなくて、体に残った愛莉ちゃんの体温を、離さないように、自分自身を抱きしめることしかできなかった。