オレだって、やるんだぜ?○○○
珍しく重なった休日の朝、オレはジャミルよりも早く目を覚ました。
「朝だ!」
ベッドから飛び起きて、身支度する。いつもはジャミルが手伝ってくれるけど今日は一人でやるんだ!
ジャミルが起きないように最新の注意を払ってドアを閉める。廊下を小走りで駆けるとオレよりもっと早起きの従者達が挨拶してくれた。おはよう!
厨房にたどり着くと料理長のアニクがにこやかに出迎えてくれた。
「おはようございます。カリム様。準備はできていますよ」
「おはよう! アニク! いい朝だな!」
アニクはまだ若いけどとても頼りになる料理長だ。ジャミルが時々厨房を借りるから仲良くなってオレもよく話すようになった。
今日は朝から厨房を貸してもらえるように頼んでおいたんだ。エプロンをつけて腕まくりをする。準備は万端!
「よ〜し!! やるぞ〜!!」
「それで? 俺を驚かせようとわざわざみんなに口止めをしてこんなボヤ騒ぎをおこしたというわけか」
「うう〜……うまくいくと思ったんだけどなぁ」
立派な白い尻尾を垂らしてカリムはうなだれた。いつもは元気いっぱいに動く三角の耳もぺしょんと伏せている。
くうんと泣き出しそうなカリムを見てジャミルは溜息をついた。
「まったく。料理を作ったこともないのにいきなりできるわけないだろう」
「うう……返す言葉もないぜ…………」
ジャミルのいう通りだった。カリムは今まで料理らしい料理を作ったことがない。いつもプロの料理人達が最高の飯を作ってくれるからだ。
でも、だからこそカリムは自分で作りたかったのだ。
「もしかして、今日は何か祝い事でもあるのか?」
少し焦ったようにジャミルがカリムの顔を覗き込む。もしかして二人の大事な記念日を忘れてしまったのかと思ったのだ。付き合って何ヶ月とか、初めて二人で××した記念日だとか、まさか結婚記念日じゃないよな?
「ううん。違うんだ。今日は『なんでもない日のパーティー』をしようと思ったんだ」
「なんでもない日のパーティー?」
聞き馴染みのない言葉にジャミルが首を傾げた。
一方カリムはうれしそうにはしゃぎ始める。
「リドルからの手紙になっ、書いてあったんだ! 薔薇の国では誰の誕生日でも記念日でもない日に『なんでもない日のパーティー』をやるんだって! すっげー楽しそうだと思ってオレ達もやろうって決めたんだ!」
「それで朝ごはんを?」
「あっ、それは違うぞ。朝、オレの作った飯を食べてうまいって笑うジャミルの顔が見たかったんだ! それで一緒にパーティーの準備ができたら素敵だって思って…………嫌だったか?」
不安そうにカリムがジャミルを見上げる。ジャミルは一旦天を仰いで大きく息を吐いた。
「…………いいや。嫌なわけないだろう。お前とやるなら何をしたって楽しいよ」
ぴょこんとカリムの耳が立った。うなだれていた尻尾が期待を込めて揺れ始める。
「なら、一緒にやってくれるか? オレと二人で、二人だけのパーティーをしてくれる?」
キラキラと光る柘榴石のような瞳を向けられてジャミルは眩しそうに目を細めた。
「ああ、もちろんだ。俺の愛しい人」
そっと頬にキスを贈るとカリムが顔を赤らめた。
「ま、まずは飯! 食べようぜ! それから菓子をつくるんだ! ヴァクラバにマームール、クナーファと薔薇の国風ケーキも作る! お茶も入れるんだぞ。とびっきり甘いやつだ!」
「そんなに食べ切れるのか?」
「大丈夫!」
まるで魔法のような手さばきであっという間にお菓子ができていく。その美しい光景にカリムは思わず見入ってしまった。
「カリム。クリームできたか?」
「はっ! あ、ああ。このくらいでどうだ?」
カリムがボウルを差し出すとジャミルが慣れた手つきで確認する。
「……うん。もう少し混ぜてくれるか。それが終わったらこっちの生地を焼こう」
「おう!」
カリムは尻尾を振らないように注意をしながら作業に戻った。ジャミルと一緒にこうして料理をするのが楽しくて気を抜くとブンブン振ってしまうのだ。
それに、エプロン姿のジャミルは料理人みたいでカッコいい。かっこよすぎてうっかり好きになってしまう。
まあ、カリムはだいぶ前からジャミルのことが大好きだけど、もっと好きになりそうってことだ。
「カリム様にジャミル様。よろしければお手伝いしましょうか?」
ジャミルの世話係のアイが声をかけてくれた。よく見たら廊下から他の二人もこちらを覗いている。
ジャミルは人気者だな!
「アイ、マイ、ミイ。ありがとう。助かるよ。それならアイは溶かしバターを用意してくれるか。マイはこれを混ぜてくれ。ミイは火加減を見てくれると助かる」
「かしこまりました!」
「おまかせ〜っ!」
「はぁ〜い♡」
ジャミルがテキパキと指示を出して彼女達が手伝ってくれたらあっという間に完成した。すごいチームワークだ!
たっぷりシロップのかかったヴァクラバ。香ばしい香り漂うマームール、パリパリに焼きあがったクナーファ。そしてふわふわのミモザケーキ。薔薇の香りのお茶も淹れた。
天気がいいから中庭に絨毯を敷いてパーティーの始まりだ。ミイがきれいに咲いたミモザを飾りつけてくれた。春だな!
「せっかくだから、みんなも一緒に食べよう!」
「よろこんで〜♡」
「こらっ! ミイ! す、すみません!」
「アイ、かまわないよ。カリムがいいと言っているんだ。君達さえよければお茶の相手をしてくれないか?」
マイがアイの袖を引っ張りコソコソと何かを話している。やがて意見がまとまったのか大人しく座ってくれた。よかった。みんなで食べた方が楽しいもんな!
すでに席についていたミイは遠慮なくお菓子に手を伸ばす。
「ん〜、おいし〜♡ お店の味みたい!」
そうなんだ。ジャミルは飯もお菓子も上手だ。オレはジャミルの作った料理が大好きなんだ!
褒められたのはジャミルなのになぜか自分が嬉しくなった。
「そうだろ? ジャミルの作るお菓子は最高なんだ! こんなに料理上手なやつは熱砂の国中探したってそうはいな……むぐぅ!」
「いいすぎだ」
うれしさのままに被せるように褒めちぎると、顔を赤くしたジャミルに口を塞がれてしまった。
もっとたくさんジャミルのいいところを言いたかったのに残念だ。
「ジャミル様、本当に美味しいです。このヴァクラバもサクサクでしっかりした甘さなのに後味がしつこくなくて、どんどん食べれてしまいます」
「うん、ちょーうまい」
「マイ、語彙力」
そうだろう。そうだろう。ジャミルは本当にすごいんだ。オレは口を塞がれたままうんうんと頷いた。
「君達まで……なんなんだ。今日は何か示し合わせてるのか」
「違いますよ! みんなジャミル様の優秀さに憧れてるんです。カリム様もそんなジャミル様のことが自慢だから私達に見せたかったんじゃないですか?」
えっ、と驚いた顔でジャミルがこっちを見た。
「ははは、バレたか」
だってジャミルはすごいやつなんだ。仕事もオレなんかよりできて、料理だってうまくて、毎朝オレのことを起こしてくれて、いつだってオレのことを一番に考えてくれてる。
記念日でもなんでもない今日だから、みんなにジャミルがすごいやつだって教えてやって、いつもありがとうって言いたかった。なんて、照れくさいから言えないけどさ。
「ジャミルに、ありがとうって言いたかったんだ」
それだけを言葉にして伝えるとジャミルはそっぽを向いてしまった。
「べつにそんなの、いつだって言えるだろう。こんな、大袈裟なことはしなくていい」
言い方はぶっきらぼうだけど、ジャミルのふさふさの尻尾が大きく振れている。
素直じゃないなあ。そんなところも愛してるぜ!ジャミル!
「ところで、なんでミモザケーキなんだ。イチゴのケーキとか他にも候補はあっただろう?」
「んふふ〜、それはなあ、ヒ・ミ・ツだ!」
リドルが手紙で教えてくれた、ミモザの花言葉を思い出しながらオレは大きな口でミモザケーキにかじりついた。口の中に甘いクリームの味が広がった。