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    dankeimotorute

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    dankeimotorute

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    ※襲撃回直後、予選直前くらい

    焦(三+暮) 時計は9時を回っていた。夜の校舎は非常灯だけがうっすらと灯って寂しげだ。ぱたぱたと上履きの音を鳴らしながら、木暮は体育館のほうへ廊下を歩く。いつも最後まで残って練習する赤木は、家の用事だと言って珍しく早々に帰っていった。代わりに体育館の戸締まりを安請け合いしたのはいいが、なかなか後輩たちが帰る気配がない。バテてしまう前に自主練を切り上げて、雑務を片付けるために撤収したのが7時半過ぎ。さすがにみんな帰っただろう、というか帰ってくれないと下校時刻がまずい、と思いながら、木暮はじゃらじゃらと鍵束の音を鳴らした。

     ふと足が止まる。細く開けられた体育館の扉から、白い灯りが漏れて廊下に線を落としていた。その割にバッシュと床が擦れる音や、ボールが弾む音はしない。誰か電気を消し忘れたな、と訝しみながら木暮は扉に手をかけた。ぎぎぎ、と鈍い金属音を立てながら扉がゆっくりと開く。そこにいたのは、よく知った、だが見慣れない短髪の男だった。
    「……あれ、三井まだいたのか」
     嵐のような騒動を経て、三井が復帰してから一週間くらいになるだろうか。木暮の中には、いまだに体育館に三井がいるのを自然な光景と思えない自分がいた。体育館に自分たちしかいない今は、なおさら夢じゃないかと思う。
    「おう。そろそろ戸締まりか?」
     木暮に気づいた三井がのそりと振り向く。体育館の隅でボールを広げて、手には雑巾を持っている。どうやらボールを磨いていたらしい。
    「ボール磨きなら一年たちがやってたろう」
    「いや、なんとなくな」
     そう答える彼は、なぜかばつが悪そうな顔をしている。悪いことをしているのが先生にばれた小学生の姿が浮かんで、木暮は小さく笑った。この男、ついこの前まで不良をやってたくせに。
    「じゃあ、俺も久しぶりにやろうかな。隣いいか?」
     体育館から部員を追い出すために来たはずだが、どうしてか三井と一緒にいたいと思った。通用門が施錠されるまでもう少しある、と心の中で小さく言い訳をする。
     三井は何も言わなかったが、ボール籠の正面から少し身体をずらしてくれた。間隔を空けて、木暮は彼の隣に座り込む。地面にはボールが3つ所在なさげに転がっていた。この数なら、15分もしないで片付くだろう。

    「懐かしいな。赤木とふたりで、こうやってボールを拭きながらいろいろ喋ったっけ」
     一年生の頃は、上級生が帰ったあとふたりで居残り練習をしてボールを磨くのがお決まりだった。ふたり揃ってアウトサイドシュートが苦手で、バックボードの虚しい音ばかり響かせたこと。ダンクして勢い余った赤木に押し倒され、眼鏡のフレームが歪んだこと。きっと忘れることはないだろう。
    「あの馬鹿力じゃボール潰しちまうんじゃねえの?」
    「赤木はあれで器用なんだ。俺のほうがむしろあいつにどやされてたよ、磨き方が甘い!って」
    「想像つかねえな」
     優しくボールを扱う赤木を想像しようとしているのか、三井が目を眇めながらボールを拭く。手つきが少し丁寧になった気がした。短く切り揃えられた爪と、ゆっくりと動く指先を見て、木暮は小さく声を漏らした。
    「……よかった」
     しみじみ美しいと思う。この男の手はバスケットボールを扱うためにあると木暮は確信していた。誰かを殴ったり傷つけたりするためではなく、惚けてしまうような放物線を描くために使われるべきだ。
    「なんか言ったか」
    「なんでもないさ」
    「ふうん」
     深く追求するつもりはないらしく、三井はちらりと木暮のほうを見たあと再びボールに視線を落とす。
    「これで最後だな……あ」
     最後のボールに手を伸ばそうとして、木暮は思わず動きを止めた。年季の入ったボールに焦げついた黒い染みが目に付いたからだ。
     木暮の様子が気になったのか、三井が顔を上げてボールを見る。それから煙草の跡をみとめて、彼は黙って顎をさすっていた。木暮のほうもなんと言っていいものか分からず、気まずい沈黙が場を支配した。茶化すにはまだ早い気がしたが、今さら咎めるつもりもない。木暮が呆けているうちに、最後のボールは三井の手元に収まった。彼がいっそう優しくボールの表面を磨くのを、ただ黙って見ていた。

    「……正直言って」
     どれくらいそうしていただろうか。唐突に三井が口を開いた。唸るような、絞り出すような声だった。
    「あの時、体育館に木暮がいて驚いた」
     つい先日の事件のことを言っているのだろうと容易に想像がついた。木暮はただ黙って続きを待つ。
    「バスケ部が赤木のワンマンになったらしいって噂は聞いてた。それで、同期で残ったのはあいつだけなんだろうって思ってた。一年の頃のお前、特別うまいわけでも、目立つわけでもなかったしよ。ンな根性あるふうには見えなかったから」
     そう思うのも無理はない。当時の木暮を客観的に表現すれば、赤木の横にいる冴えない男だ。それに、木暮自身、自分に根性があるのかどうかわからなかった。ただ必死でここまで来た。それだけだった。
    「だが結局のとこ、根性なしはこっちだったってわけだ」
     三井がおどけるように肩をすくめて立ち上がる。彼が軽く放ったボールは、やわい放物線を描いてボール籠に収まった。焦げ付いた染みは完全に元通りとはいかないが、いくらか薄くなって元のオレンジ色を取り戻したように見える。
    「待たせたな。戸締りだろ」
     木暮の手元に残ったままだったボールを片付けるように三井が促す。
    「ああ」
     返事をして、木暮は籠とは反対方向に歩いていった。ラインの外側、ゴールの正面に立って軽く構える。なんとなくシュートを撃ちたい気分だった。やわらかく、鳥を放つように手からボールを離す。ボールは弓なりの軌跡をなぞって、静かにネットを揺らした。初心者でもあるまいし、スリーポイントなんて今さら珍しくもない。けれど、木暮は噛み締めるように揺れるネットを見ていた。
    「キレーだったぜ、今の」
     少し離れたところから三井の声がした。振り向くと、ポケットに両手を突っ込んでゴールをまっすぐ見据える彼が立っていた。
    「三井に褒めてもらえると自信が付くな」
    「随分練習したんだろ。一年の時に見たのは、ありゃひどかった」
     確かに、三井が見ているところでスリーポイントを成功させたのは初めてかもしれない。入部初日、夢みたいな成功率でゴールを決める三井の姿に、あんなシュートを撃ちたいと思ったものだ。あの美しい放物線を自分の手から放ちたいと願った。
     そこまで考えて、木暮は目を瞬かせ、しばし呆然とした。そういうことだったのか。我流で練習していたスリーポイントが誰のフォームをなぞっていたのか、今さら気が付いて微笑する。
    「……いいお手本がいたんだ」
    「ンだよそれ、教えろよ」
    「内緒だ。インターハイで優勝したら、教えてやってもいい」
     足早に三井を追い越して、それからくるりと振り向く。少し意地悪かな、と思いながら、木暮は言わずにいられなかった言葉を紡ぐ。
    「もう一度見せてくれるんだろう、夢」
    「馬鹿め、お前も一緒に見るんだよ」
     そう言って、三井は背後から走り寄ると木暮の肩に腕を回した。夏はもうすぐそこだった。
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    Replies from the creator

    dankeimotorute

    MENU三暮webオンリーのサンプル兼尻たたきです。
    このあとに花火デートをする短編がくっつきます。
    全編はオンリー当日にpixivで展示します。
    百代の過客としても(三暮)1.兵どもが夢の跡

     生ぬるい夜だった。夏特有のまとわりつくような湿気をはらんだ風が首筋を撫でる。昼間ほどの暑さがないせいかどこか締まらない感じがする。気の抜けた炭酸水みたいだ、と三井は思った。あるいは、今の自分たちのようでもあった。劇的な勝利のあとに待っていたのは言い訳しようのない大敗だった。全国制覇をぶちあげて乗り込んだ割には、あまりにあっけない結末だ。トーナメントとは得てしてそういうものだと負けてから思い出した。この夏はなにもかもが上手く行きすぎたから、すっかり忘れていたのだ。いきなり引き戻された現実に気持ちだけが追いつかずに、意識はじめじめした空気の中を浮遊している。
     人気のない道路を歩く。アスファルトと靴底の擦れるぺたぺたという音と、遠くに聞こえる虫の鳴き声だけが聞こえる。ぽつぽつと立つ電柱に設置された街灯の頼りなさが不安を誘う。街灯を辿るように歩いていると、ガードレールの途切れたところに座る人影を見つけた。木暮だ。切れ目から下に伸びる階段に腰掛けて、頬杖をつきながら空を見ているようだった。
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