昼休み。
屋上に行くと、そいつはいつもの定位置にいた。こちらに気が付いて、おっ疲〜♬と笑顔で手を振ってくる。
この時間にすでにここにいると言うことは、おおかた四限はエスケープしたのだろう。
「 ホラ、四限、千空ちゃんのクラス体育だったじゃない?ココから、よく見えんのよね♬」
千空ちゃん、ゴイスーカッコ良かったよ!
にこにこしながらそんなことを言われて、頭を抱えてしまう。
運動神経自体は悪い方ではないが、カッコ良かったなどと言う活躍が出来るレベルではない。過小評価も過大評価も、等しく無意味で非合理的だ。
そう伝えると、ゲンはまたわらった。
「 うーん、でも、俺にはいつでも千空ちゃんが一番カッコよく見えるから、しょうがないの♬諦めて」
「 テメーはまたそう言うコトをペラペラと」
思いがけない直球に、呆れたように言うと、軽薄な笑顔を返される。
「 メンゴメンゴ♬……お詫びに、千空ちゃんも一服どう?」
ゲンは楽しげにそう言って、懐から手のひらサイズの箱を取り出すと、一本、タバコを取り出して咥えた。
それを、横からつい、と取り上げる。
「 あ"〜、……口寂しいなら、こっちにしとけ」
そのまま、フェンスに押し付けるようにしてくちびるを重ねた。
「 ……ん、ふ………… 」
短い吐息をこぼして、ゲンの方からもキスを返してくる。ほのかに、花の香りが鼻腔をくすぐった。
花の香りに混じって、ほんの少し。
あまいカカオのにおいがする。
はっとして手元を見ると、手にしていたのはタバコを模したチョコ菓子で。
手元とゲンの顔を交互に見ると、ゲンはにんまりとわらった。
「 ふふ。……ハッピーバレンタイン、千空ちゃん♪俺から、プレゼントだよ。なんと芸能人あさぎりゲンの、間接キス付きシガレットチョコ♬……この世に一本しかない超、レアなやつ」
言葉に、ひとつためいきをついて。
上目遣いに見ながら、ゲンが口を付けていたフィルター部分にちゅっ、と口付ける。
そのまま、にやりと口元に笑みを刷いて。
見せつけるようにゆっくりと包装紙を解くと、中のチョコレートを口に含んだ。
……ごくん、と、ゲンの喉が鳴る。
そのまま、もう一度フェンスにもたれたままのゲンに覆い被さって。
くちびるを重ねると、舌でチョコをゲンの口の中に押し込んだ。
「 ……んん……、ふ、ぁ……っ 」
そのまま、互いの口の中でチョコが溶けきるまで60秒、たっぷり味わって。
くちびるを離すと、またにやりと笑いかけた。
「 ……ハッピーバレンタイン。どーも、ごちそうさん」
ゲンは赤い顔で、息を乱しながら口元を覆う。
「 ……千空ちゃん、ジーマーでバイヤー…… 」
そんなゲンの様子を満足げに眺めやりながら、口の端に残ったチョコを親指で拭って舐めた。
「 …………甘ぇ 」
ほんのりビターで、なめらかで甘い。
なんだかこいつみてぇだな、と胸の裡でひとりごちた。