「 ……うーん……やっぱり俺、クラスの女子に比べて発育悪いよねぇ」
鏡と、キャミソールの中を見比べながらため息をつく。
まだ小学生、とは言うけれど、小学五年生ともなれば、発育のいい子はすでにかなり大人びている。
そんなクラスメイトの中で、自分は背も低いし、どう見てもつるぺたな扁平胸だし。
どうにもそれがコンプレックスだった。
「 あーあ、早くボン!キュ!ボン!のナイスバディになりた〜い!」
もっと大人びて、女の子らしければ自信が持てるのに。
現実はなかなか思い通りにいかない。
「 ま〜た、んなこと言ってんのか。……ウチまで聞こえてんぞ、ゲン」
子供らしからぬクールな声と共に、窓から幼馴染が現れる。
「 せ、せせせせんくうちゃん!……今の、聞いてた?」
突然の登場に狼狽しきって、おそるおそる問いかけた。千空は、さらりとこともなげに頷く。
「 あ"ぁ?……ああ、俺の部屋まで、キッチリ」
うわあああああああ……。聞かれた。よりによって、千空ちゃんに聞かれた。
悶絶するゲンに、千空はこほんとひとつ咳払いをした。
「 あ"〜……いきなり入って来たのは悪かったが、とりあえず服着ろ」
「 うわあああああああ!!!やだ千空ちゃんのえっち!!!」
羞恥のあまり、その辺りのクッションやぬいぐるみを手当たり次第に投げつける。
「 うわ……っぷ、コラ、よせ!そもそもなあ、いつまでも窓全開でんなカッコしてんな、ばーか!」
そう言って、クッションを回収しながらつかつかとこちらに歩いてくると、着ていたパーカーを脱いで。
そのまま、ずぼっと下着の上から着せた。
「 風邪ひいたらどうすんだ」
うわあああああ。……ずるい。これはずるい。こんなの反則だ。顔が上げられない。
「 ……か、返す!千空ちゃんが風邪ひいちゃうじゃん!」
「 あ"ぁ?この距離で着替え取りに帰れるのに風邪ひくか、ばーか。
さっさと着替えねぇと、飯食いっぱぐれんぞ」
そう言って、千空はそのままひょいと窓枠を越えると、屋根伝いに自分の部屋に戻って行った。階下からは、千空ちゃんいつもごめんねぇ、と言うお母さんの声が聞こえた。
千空ちゃんとは生まれた時からの幼馴染で。
同い年なのに、クールで大人びていて、何でも知っている千空ちゃんから見たら、自分はてんで子どもで。
……良いところ妹扱いがせいぜいだし、両親もそんな認識でいた。
もっと、大人っぽかったら。大人だったら、きっと自信が持てるのに。
そう思いながら、着せられたパーカーに袖を通す。……少しサイズが大きくて、丈が長くて、あたたかくて。
「 ……千空ちゃんのにおいがする」
ぽつりとつぶやくと、胸のあたりをきゅっと握りしめた。
食事を終えたあと、ふと思い立って。
お小遣いを握りしめて、華やかな店の立ち並ぶビル街に向かった。
……モデルさんみたいに大人っぽい服を着て、オシャレな髪型にすれば。
ひょっとしたら、俺だって少しは大人っぽくなるかもしれない。
そう思って、雑誌やテレビで有名なヘアサロンを目指した。
店の周りには、人集りが出来ていて。
ガラス張りの店内では、若くてハンサムな美容師が器用な手つきで女性の髪を整えている。魔法みたいに滑らかにハサミが動いて、鏡に映った女性を美しく変身させていく。
すごい。すごい。……これならきっと。
そう思って扉に手をかけると、ちょうどそのタイミングで内側から扉が開いた。
「 あ 」
よろけて尻餅をついたゲンに、店員らしい青年が手を差し伸べる。
「 おっと。……なにか御用ですか?」
長く覗いていたので、不審に思われたのか。
「 ……えっと……その、………… 」
俺も、あんな風に綺麗にしてほしい。そう言い出そうとしたところで、何かを察したように青年は苦笑した。
「 お嬢ちゃんには、ウチみたいな店はまだ早いよ。……失礼ですけど、近所の床屋さんで充分じゃないですか?」
え、と顔を上げたところで、カットモデルの女性と目が合う。彼女はこちらを指差して、微笑ましげにくすくす笑った。それにつられて、美容師の青年の視線がチラリと向けられて。どうにも居た堪れなくなる。
恥ずかしくて。顔に熱が上って逃げ出したくなった瞬間。
どかっと鈍い音が響いた。
「 ……テメーんとこはそうやって客選ぶのかよ。そもそも、転ばせといて詫びのひとつも言えねぇのか」
声に顔を上げると、先程の青年が向こう脛を押さえてうずくまっているところだった。
「 おい、怪我ねぇか?……帰んぞ、ゲン」
声と同時に、腋の下から支えられて、立ち上がらされる。
こんなところを見られた。
朝に引き続き、もはや羞恥プレイの域だ。
恥ずかしさのあまり、千空の手を振り切って駆け出す。
闇雲にビル街を走っていると、新発売のおつまみナッツの試供品を配っているところに行き当たった。
……こうなったら、ヤケ食いしてやる。
「 それ、ください!」
そう言って手を出すと、試供品を手にした女性はにっこり笑ってそれを拒絶した。
「 ごめんねー、これは大人に配ってるものなのよ」
お嬢ちゃんには、飴あげるわね。
そう言ってバッグを探る女性の手から、ナッツの袋をふんだくる。
……また、大人。また、笑われた。
自分でも何をしているのかわからないまま、ナッツの袋を抱えて逃げ帰った。
……あああああ、やっちゃった……。
でも、誰も彼も子供子供って、ばかにして、わらって。
大人がそんなにえらいのか!
そう憤慨しながらも、早く大人になりたいと気持ちだけが焦る。
千空ちゃん、きっと心配して追いかけて来てくれたのに、逃げちゃった。
何やってるんだろう。
自己嫌悪に陥りながら、先程持ち帰ったナッツを皿に開けた。
ふと、そのうちのひとつの封を切って、手を止める。
「 なんだろ?この袋のナッツだけ色が違う……かわいいピンク…… 」
なんだかふわふわと甘そうな色合いにときめいて、それを口に含んだ。
── ……もしも。
もしも、俺が大人だったら、あんな風に笑われなかったんだろうか。
あのカットモデルさんみたいに、キレイにしてもらって。そしたら、千空ちゃんに……キレイとか、かわいいって、思ってもらえたのかな。
あーあ……早く、はやく、おとなになりたいよ───。
そんなことを考えているうちに、気が遠くなって。そのまま、とろりとした微睡みに呑まれていった。
……ピピピピピ。ピピピピピ。
なんだか妙に、鳥がうるさい。……いや、鳥にしては声がおかしい。電子音だ。
これは……ああ、目覚まし時計の音だ。
目覚まし時計……目覚まし⁉︎
そこでようやく意識がはっきりして。
ガバッとベッドから飛び起きた。
「 あ"─────っ!!」
目覚まし時計を見て愕然とする。
今日は友達のいっちゃんと映画に行く約束で。嘘!もう待ち合わせ時間過ぎてる!
「 ねぼーした!!!どうしよ!いっちゃん絶対怒ってるよー!!!おかーさんなんで起こしてくれないのー!?」
そう叫んだところで、かすかに違和感があった。……あれ?俺ってこんな声だっけ?
いいや、そんなこと気にしてる時間ないし、さっさと着替えなきゃ!
でも、やっぱりなんか変だなぁ……。
この服、こんなに小さかったっけ?
思考がうまくまとまらなくて。
とりあえず財布とバッグを引っ掴むと、サンダルを履いて駆け出した。
「 いってきまーす!」
急げ。いそげ。いそげ。
いっちゃんとの待ち合わせ場所まで、あともう少し。全力疾走だ。
助走を付けるために足を止めたところで、ふと。昨日の看板が目に入る。
そうか。あの店この道なりだったんだっけ。
……やだな。
この店の前通って、昨日みたいになったら……。
今日は、千空ちゃんもいない。
足がすくんでしまって、遠回りしようと踵を返した。
……そこに。
「 あの───、すみません。ちょっといいですか?」
不意に声をかけられて、振り返った先には昨日の美容師がいた。
えっ、なんで?なんでこの人が声かけてくるの?わかんないわかんないわかんない。
「 あっ、急にすみません。僕、そこの店で美容師やってる者なんですが」
そう言って、にこやかに名刺を差し出してくる。……昨日とあまりに態度が違いすぎて、戸惑ってしまった。
「 あっ、えっと……?その、俺……じゃない、私、急いでて…… 」
名刺を見ると、喪部海斗、と記載がある。
ああ、モノべさんて言うのか。
だけど、何の用なんだろう?
「 実は今、うちの店の宣伝用のモデルを探してるんです。……もしよかったら君、カットモデルになってくれませんか?
髪型から服までの、トータルコーディネートなんだけど、どうかなあ?」
予想外の言葉に、一瞬パニックになる。だって、昨日はまだ早いって断られたのに。
でも。……それって、昨日のお姉さんや、雑誌のモデルみたいに素敵に変身させてくれるの?ほんとに?
「 や、やりた………… 」
でもちょっと待って。話がうますぎない?
だって俺は小学生だし。変だよ。
昨日みたいに、その気になったところでからかわれちゃったりするのかな?
……それは、イヤだ。恥ずかしすぎて耐えられない。
それに、……ああ、時間!いっちゃん待たせてるのに!
「 わ、わた、し……、まだこどもだし、いいです!いそいでるの!」
必死に言い繕って立ち去ろうとするのを、喪部は鷹揚に笑って引き留めた。
「 またまたぁ、君が子供だって?……どこらへんが?」
そう言って、喪部は顔に手をかけると、店の前にある鏡の方を向かせる。
……鏡に映ったのは、見知らぬ姿。
整った眉に長い睫毛。アーモンド型のねこみたいな目。すっと通った鼻筋に、ぷるぷるのくちびる。
長いストレートの、サラサラな黒髪。すらりとした手脚にバランスよくふくらんだ柔らかそうな胸、細い腰ときゅっと上がったお尻。
……えっ、誰?これが、俺?
なんで?なんで大人になってんの!?
混乱している間に、店に連れ込まれて。
あれよと言うまに身体を磨かれ、爪を整えられ、髪に鋏を入れられていた。
髪を切ったあと、シャンプーをしながらヘッドマッサージまで。
「 あれ?地毛は違う色なんだね?……白と黒の髪の毛なんて、なんだかミステリアスだね」
そう言われて、はっとする。
目立つからずっと染めてたのに。
「 あ、ああああの!やっぱり帰ります!というか、わた、し、友達と待ち合わせてて!」
どうしよう。どうしよう。気持ちだけが焦って、うまく考えがまとまらない。
「 じゃあさ、超キレイになって、お友達びっくりさせちゃおうよ!」
喪部は陽気に笑って、洗ったばかりの髪に丁寧にドライヤーをかけた。
……超キレイに。……キレイに、なれる?
キレイな大人の女の人になって、そしたら、……そしたら、千空ちゃんに好きになってもらえる?
どきん、どきんと胸が高鳴る。
本当にキレイになれるのだろうか。……だったら、キレイになりたい。
そんなふうに思っているうちに、髪を巻かれ、うっすら化粧まで施されて、見たこともないようなオシャレな服を着せられた。
シンプルなアクセサリーに、ふんわりと全身に香水を纏わせて。
「 はい、完成だよ」
鏡の中には、今度こそ別人がいた。
白黒の髪など気にならないような、華やかなヘアコーディネート。オフホワイトのチョーカーに、お花の形のペリドットのチャームがぶら下がっている。
襟ぐりを大きく開けたシフォン生地のふんわりしたドレスはやわらかい紫色。ペールイエローのストールを羽織って、足元は白いミュールとプラチナにアメジストのアンクレット。
「 え、えええ、……なに、これジーマーで?」
これが、ほんとのほんとに、俺……?
「 おっ!美人!……なんだよ、店長オンナ連れ込んでんの?」
イケてんじゃん、と軽口を持ちかけたのは、昨日千空に向こう脛を蹴飛ばされた従業員だった。……どうしよう、また追い返されちゃう?ううん、それより千空ちゃんが怒られたらどうしよう。
「 バカ、さっき外でスカウトしたんだよ」
「 へーえ、キレイな子もいるもんだな。モデルさんかなんか?」
またしても予想外の反応に、戸惑いしかない。全然、昨日の小学生だなんて気づかない上に、俺のこと、キレイだって……?
じゃあ、やっぱり。……本当に、おとなになったんだ───。
ひと通り撮影が終わり、身に付けていたモノ一式をギャランティ代わりにプレゼントすると言う喪部を振り切って、どうにか元の服を取り戻した。
「 よかったらこのあと…… 」
「 あっ!ごめんなさい!友達待たせてるんです!……って、ええ⁉︎ もうこんな時間……
あああああ……絶対いっちゃんもう帰っちゃってるよぉ…… 」
「 あ、じゃあ待ち合わせ場所まで車で送るよ。まだ待ってくれてたら行き違いになるでしょ?」
知らない人の車に乗ることに躊躇いはあったけれど、それでも。
そう言われると断れなくて、申し出を受けることにした。
待ち合わせ場所に着くと、やはりすでにそこにはいなくて。待ち合わせ用の伝言板に、『 今日は帰るね』と見覚えのある字で書き置きがあった。……うううう、メンゴ。
帰ったら、すぐ連絡しよう。
そう思ったところで、喪部が声をかけて来た。
「 ごめんね、僕が引き留めたばっかりに。……でも、予定が空いたなら、どうかな?お詫びも兼ねて、なにか美味しいものでも食べに行かない?」
「 あっいえ、ウチ門限5時なので!今日はもう帰ります!」
「 ……じゃあ、連絡先だけでも。携帯とか教えてよ」
「 えっ!携帯なんて持ってないです」
なかなか解放されず、どうしたものかと思っていたところで。
「 邪魔。……フラれてんのにしつこくすっとますます嫌われんぞ」
……既視感。
ああなんで。どうして、いつもこう言うタイミングで来てくれるんだろう。
振り返ると、いつも少し上にある目線がだいぶ下にあって。
こちらをじっと見ていた。
「 ……?、いや、んなわけねぇか。
……なあ、アンタに似た、このくらいの背丈の女の子見なかったか?」
あ、そうか。今の俺は大人だから。
千空ちゃんは俺だってわからないんだ。
……そう思うと、さっきまでの浮かれた気持ちが萎んでしまって。
早く家に帰りたくなる。
ふるふると首を横に振ると、逃げるようにその場をあとにした。
どうにか、お母さんに見つからずに部屋に戻って。隣の窓に電気がついているのを見て、もう一度、声をかけてみようと思い立つ。
冷静になって思い出してみると、千空ちゃんは何か気づいたふうだったから。
落ち着いて話せば、俺だってわかってくれるかもしれない。大人の俺を、見てくれるかもしれない。
そう思って。
すう、と深呼吸をする。よし!
「 あっ、あのね千空ちゃん!俺…… 」
「 なんだゲン、テメー帰ってたのか」
え????
千空の言葉に、振り返って姿見を見る。
……戻って、る……。
「 イチが心配してた。あとでちゃんと連絡してやれよ。
……あと、出先はキッチリ報告してけ。
心配すんだろが、ば───か」
つっけんどんで、でもやさしい言葉がうれしくて。うれしかったことを報告したかった。
「 あっ、あのね、千空ちゃん、俺ね、大人に…… 」
けれど。……こんなこと、元の姿に戻ったあとで信じてもらえるはずもない。
「 ……あ"ぁ?」
「 ううん、なんでもない。……あのね、昨日も、今日も。ありがとね」
「 ……?あ"ぁ。あんま、急ぎすぎんなよ。危なっかしいな、テメーは」
そう言って、ひとまわりおおきなてのひらがくしゃりと髪を撫でてくれた。
……ああ、でもいつか。
大人になった俺を、ちゃんと見て欲しいなあ。
窓を閉めて、今日の不思議な出来事に想いを馳せる。
「 ……そういえば、寝る前にこのピンクのナッツ、食べたんだっけ」
小さな包みをつまみあげて、まさかねとわらいながら、一粒食べて。
昨日と同じようにベッドに横たわる。
「 わけわかんないけど、……千空ちゃん、助けに来てくれて……かっこよかったなあ」
まるでお姫様になったみたいで。
えへへと笑いながらシーツに潜り込んだ。
あ、このパーカー、借りたままだった。
手に触れたパーカーを抱きしめるようにして、大きく息を吸い込むと、安心したのか。
うつらうつらと瞼が重くなる。
「 ……ゲン、おい、起きろねぼすけ。遅刻すんぞ」
いつまでも寝汚く寝たくっていると、ふと声がして。バッとシーツを剥がされた。
「 ……うーん……あと5分…… 」
そう言って、シーツに手を伸ばして。
そのままぐいっと引っ張った。
ぽふん、と何かを弾いたような感触に、眠たい目をこじ開ける。ぬいぐるみかな?
ぎゅっと抱きしめると、小さく呻き声が聞こえた。
「 ……なあにぃ……おかーさん……?」
目をこすりながら、視線を動かす。
なぜか、腕の中で千空が固まっていた。首から耳がほんのり赤い。……珍しい。
……って。
「 うわああああ!!!なん……なんで千空ちゃんがここにいんの⁉︎ てゆかメンゴ!
俺寝ぼけてて……!!!」
「 何でもいいからさっさと服着ろ!!!」
千空らしからぬ態度に、はたと姿見を見ると、なぜか。
昨日と同じ、大人の姿になっていて。
……しかも何も着ていなかった。
「 うわあああああああああ!!!見ちゃダメえええ!!!」
慌てて身体にシーツを巻きつけて、大事な部分を隠す。
確かに千空ちゃんに大人の姿を見せたいとは思った。思ったけども!
いきなりハダカとかこんなことってある⁉︎
「 うわああん、もうお嫁にいけないよー!」
べそべそと泣きじゃくっていると、ぐいと目の前にタオルを差し出された。
赤い目が、じっとこちらを見上げている。
「 ……まさかとは思うが、……テメー、ゲンなのか?」
そう問われて。
わかってくれたことがうれしくて、こくこくと頷いた。感極まって抱きつくと、千空はわあ!と声を上げて飛び退く。
心許なくて、きゅっと千空の袖を握った。
……今度は逃げられなかった。
「 ……何でそんなになってんのか、心当たりはあるか?」
「 ……わかんない。あっ、でもそういえば、昨日も寝る前にナッツ食べた」
「 ……ナッツ?」
「 えっと……そこの机の……ピンクのやつ」
指差すと、千空はひょいとそれをつまみ上げる。
「 ほーん……これか」
そのまま、一粒取り出して。
口に入れるとぽりぽりと噛み砕いた。
「 ……味はフツーだな。うし、後で調べとく。コレ、サンプルにもらっとくぜ」
……それから、千空は食べた時間や寝た時間、前回の状況などを思い出せる範囲で、事細かに確認してメモする。
なんだかお医者さんに問診されているみたいだ。でも、こんな時の千空ちゃんは、頼りになって、すごくカッコいい。
……どちらにしても、この状態で小学校に行くわけにはいかない。
そう言って、一階に降りると、両親に体調不良であることと、自分が看病するため、学校に連絡してほしいと伝えて、また部屋に戻ってきた。
けれど、戻ってきた千空ちゃんはなんだかぼうっとしていて。……体調が悪そうだ。
「 どしたの、千空ちゃん?大丈夫?」
「 あ"〜、……ちいっと眠いだけだ……なんでもねぇよ……クソ、なんだこの眠気…… 」
「 えっと……よかったら、ベッド使って?」
「 ……あ"ぁ、悪りぃ……ちっと…… 」
言い終わる前に、ぽふんとベッドに倒れ込む。慌てて覗き込んだが、どうやらただ眠っているだけのようだ。
……千空ちゃんて、ホントに整った顔してるなあ……カッコいい……。
つい、まじまじと凝視してしまう。
そういえば。
ナッツを食べたのは2回とも夜だったけど、食べてたら眠くなって。
そして、起きたら大人になってたんだ。
ということは、まさか。
そう思い立って、息を詰めて千空の様子を見つめる。……あれ?でもちょっと待って。
もし千空ちゃんがこのまま大人になっちゃったら、……ハダカ、なんじゃ……???
慌てて服を着ると、念のためかぶっていたシーツを千空の身体にかけた。
その、直後。
シーツの下から、にょきっと長い腕が伸びてくる。すらりと引き締まった、筋肉質な剥き出しの腕と、大きな手に骨ばった長い指。
見る見る、シーツの下の身体が大きくなって。気がつくと、ベッドからはみ出していた。
うわわわわ……大人の、千空ちゃんだあ……。
顔が見たい。見たいけど、直視出来るだろうか。ただでさえ、千空ちゃんは顔がいい。
「 ……せんくう、ちゃん?」
声をかけると、ぴくりとシーツの下の身体が動く。
「 あ"〜……、悪りぃ、どのくらい寝てた?」
いつもより低くて、囁くみたいに艶のある声に、どきんとしてしまう。
「 じゅ、10分、くらい…… 」
返事に、千空はうるさげに長い髪を掻き上げながら起き上がった。
ゴツゴツしたハダカの背中が、お父さんとも違う、でも、とても男の人で。
ひどく、意識してしまう。
「 ……うん?こりゃあ…… 」
起き上がって、千空は自分の身体の異変に気づいたようで。
腰にシーツを巻きつけて、こちらに向き直った。
……い、イケメンだあああああ。
思わず、鼻頭が熱くなって鼻を押さえる。
えっ、こんなイケメンが俺の部屋にハダカでいていいの?ジーマーで?
て言うか眩しい。まばゆい。やっぱりゴイスーイケメンオーラで直視できない。
心臓の音、バイヤー……。
「 あ"〜……着替えがねえからひとまずこんなカッコで許せ。あとで百夜の服借りてくる」
そう言って、うるさげに掻き上げた髪を輪ゴムで留めようとするものだから。
「 だ、ダメえぇぇぇ!!!千空ちゃんの髪ちぎれちゃうから!ちゃんとヘアゴムあるから!これ!これ使って!!!」
必死に言いつのって、ヘアゴムを差し出した。こんなイケメンに輪ゴムで髪を縛らせるわけにはいかない。
「 大袈裟だな。……まあ、おありがたく借りとくぜ」
千空はヘアゴムを受け取ると、手際良く髪をまとめた。髪の覆いがなくなったところで、ますます整った顔が強調されて直視できなくなる。