ハピネス ── そういうのが、ハピネス。
……少し前から、ゲンとルームシェアを始めた。都心の高級マンションを引き払って、こちらに越してきたのはゲンなりの配慮なのだろう。
そう思うと、常にこちらの思考の先を読んで気遣われているのが、なんだか据わりが悪くて。いつまでもガキ扱いしてんじゃねぇぞ、と複雑な気分になる。
わかっている。
子供扱いしているから配慮しているわけではないのも、それが彼なりの愛情表現であるのも。けれど。
好きな相手にいつまでも一人前扱いされていないような、非合理的な感情に侵蝕されてしまって。ああなるほど、これが恋愛脳ってヤツかと苦笑した。
何かしてやりたい。
そう思っても、こちらが差し出す事象すべてをひどくうれしそうに受け取るものだから、逆に何をしてやれば喜ぶのかがわからない。
もういつでも市販のコーラが買えるというのに、今でもあの時のコーラ瓶を大事に持っているものだから、冷蔵庫の中にクラフトコーラの貯蔵スペースが出来てしまった。
ワンパターン極まるなと思いはするものの、あとは身の回りの世話を焼いてやるくらいしか思いつかない。
……仕事の時はきっちりしているが、家では意外と適当だったり、寝汚かったりするので、そういう部分のサポートをしてやれたらととりあえず家事はひと通りこなせるようになった。
『 千空ちゃん、いつもありがとう!』
そう言ってわらうゲンの表情がただの配慮だなんて思っているわけではないのだが。
他に何をしてやれば、喜ぶのだろう。
……否。してやれば、ではない。
結局、ゲンに喜んでほしい。笑顔が見たいと思っているのは、こちらの方なのだから。
「 こぉら、眉間にシワ♪難しい顔してどうしたの、千空ちゃん?」
「 うわっ!」
気配もなく突然声をかけられて、常になく狼狽してしまう。
ゲンはくすくすとわらって、指先で眉間のシワをつついた。
「 たっだいま〜♬今日は収録が早く終わったから、そのまま帰って来ちゃった♪」
明るい声でそう告げると、ぎゅーっと抱きついてくる。
「 ……千空ちゃんの匂いだ…… 」
どこかほっとしたようなつぶやきに、ほっそりした背を抱きしめてぽんぽん、とあたまをなでた。
「 ……おう、お疲れさん」
すると、すり、とねこのようにすりよってくる。もっとなでてほしいのだろうか。
なんだかねこを構っているような気分になって、よしよし、と続けてあたまをなでてやる。甘えるようにぎゅっと抱きついてくるゲンにそっと視線を向けると、しろい首筋から耳まで真っ赤になっていて。
撫でてもらいたいけれど、表情を見られたくなくて殊更にしがみついていたのかとわかり口元が綻んだ。……いや、綻んだ、なんて控えめに思っているのは、きっと自分だけで。
周りから見たらきっと、ニヤけて脂下がった顔をしているのだろう。
でも、それでもいい。
触れたい自分と、触れ合いたいゲンと。
互いに照れ臭くて、顔を合わせられないけれど。それでも。
喜ばせよう、なんて気負わなくてもこうして触れ合うことで、互いにしあわせになれることがわかったから。
……ああ、こんな簡単な解にすぐに至れないなんて、本当に恋愛というのは非合理だ。
そう胸の内で嘯きながらも、なんだかとてもあたたかい気持ちになれた。
……だから、今日もそばにいてくれるこの半身に、感謝を込めて。
そっとその額にくちづけた。