酒癖の悪いゲの千ゲネタ「 ……飲まないの、ゲン?」
酒杯を手に問いかけられて、苦笑する。
目の前の青年は、先程からかなりのペースでグラスを空けているが、顔色ひとつ変えていない。高校生のような顔をして、かなりの酒豪であることが窺えた。
「 ん〜、俺はお酒よりコーラかな」
あまり強くないし、とやんわりゲンは辞退する。
「 何を言っている!せっかくの千空の二十歳の誕生日だ!遠慮せずに貴様も飲め!」
言葉を聞き咎めて、龍水は豪快に笑うと、ゲンのグラスに酒を注いだ。
千空の成人祝い。
そう言われると、固辞するのも躊躇われて。
「 千空ちゃん、お誕生日おめでとう」
そう声をかけて、グラスを鳴らす。
「 おう。……テメーが酒呑むなんて珍しいな」
普段はどんな宴席でも頑なに酒を飲まないことを知っている千空は、意外そうにそう応じた。
「 せっかくのお祝いだしね。……ただし、俺お酒はジーマーで弱いから」
一杯だけ、お付き合いさせてもらうね。
そう言って、グラスの中の透明な液体を煽った。その瞬間、ひく、と鼻を動かして、千空が制止する。
「 おい待て、そりゃ…… 」
龍水が手にしたボトルの銘柄と、ゲンのグラスを見比べて。
一瞬後に来るであろうリアクションに備えた。……ラベルの銘柄はVODKA、アルコール度数平均40度。低めのものでも37度、最高90度オーバーのスピリッツ。
普段まったく飲酒の習慣のない人間に飲ませていい度数ではない。
昏倒や嘔吐などの中毒症状が出る恐れがあるため、注意深く様子を見守るが、不自然なまでに顔色ひとつ変わらない。
「 ……ゲン?」
名前を呼ぶと、う〜ん、ふふふ〜♪などと上機嫌な声と、笑顔がこちらに向けられて。
直後、糸が切れたようにばったりと千空の腕の中に倒れ込んだ。
……時間差かよ。
やれやれとため息をついて、介抱すべく抱き上げる。
「 僕が運ぼうか?……千空は今日の主役なんだし」
「 あ"〜、おありがてぇがな…… 」
言い澱む千空に、怪訝に思った羽京は様子を覗き込んだ。
……なるほど。酔って昏倒したはずなのに、しっかり千空をホールドしている。
これは、脳に余計な振動を与えないためにもこのまま運んだ方が確かに合理的だ。
「 じゃあ、あとで水や洗面器なんか持っていくよ。……あと、龍水についても引き受けるから、千空はゲンについててあげて」
「 おう」
頷いて、ゲンを抱き上げたまま奥の部屋に運ぶ。床を伸べて寝かせてやると、ようやくするりと腕が解けた。……いや、片手で、服の裾を掴んだままだ。
「 ったく、しょーがねぇなあ」
ぼやきながら、服を緩めてやる。胸元が開いたことで少し涼しくなったためか、ほう、と小さく息が漏れた。
顔色は全く変わらないが、緩めた襟から覗く肌は赤みを帯びていて。
ゲンの酩酊具合が窺えた。
「 ……様子はどう?……ああ、」
大量の飲料水と桶、手拭いを軽々と運び込んできた羽京は、相変わらずゲンに捕獲されている千空を見て、ゆるく笑う。
「 これは朝まで離してもらえそうにないね」
何か手が必要だったら呼んで。
そう言って、そのまま踵を返した。
手拭いを絞って額を冷やしてやると、ぴくりとゲンの瞼が震える。
ややして、どこかとろんとした夜色の目が開いた。
「 ……せん、くうちゃん……?」
「 おう」
様子を見るために身をかがめて表情を覗き込むと、ふいに。
「 えへへへ、せんくーちゃん、好きぃ……」
声と同時に、腕が首に絡まって。
やわらかいものが唇に触れる。
ふわりと髪から花のような匂いと、触れたところから濃厚なアルコール臭。
「 ……ん、ふぅ……ん……っ」
たどたどしい動きでくちびるが押し付けられ、熱を帯びた舌が歯列を割って口腔内に入り込む。
それをぐいと引き剥がして。
「 こら、いい加減にしろ酔っ払い」
側にあった飲料水を一気にあおると、今度はこちらから唇を塞いだ。
唇ごしに、冷水を口腔内に流し込んでやる。
「 ……んっ……ふぁ……あ……」
アルコールは加水分解だ。摂取したアルコールを、それ以上の量の水でガンガン薄めてやればいい。
溺れないよう、飲み下す喉の動きに注意しながら、それを何度も繰り返した。
「 ……あれっ?……俺、どうしたんだっけ?」
明け方近くになって、ようやく目を覚ましたゲンに、一通り問診をし、異常がないことを確認したあと。
「 テメーはもう絶対酒呑むな」
そう言って、千空は深いため息をついた。
……後日、その日の出来事について羽京に尋ねたところ、気まずそうに視線を逸らされ、あっうん、聞くつもりじゃなかったんだけどごめんね、などと意味深なことを言われて逃げられてしまったため、ゲンはその日以来、誰にどんなに勧められようと、絶対に酒を飲むまいと誓った。