Amulet「 ……おい、これも持ってけ。テメーの分だ」
司帝国潜入前夜、千空は彼を呼び出してそう告げた。
差し出されたのは、一振りの短剣。扱いやすいよう、柄には皮が巻いてある。
「 うーん、気持ちはありがたいけど、俺はいいかな〜。この通り、戦闘力は低いし武器の扱いにも慣れてないからさ」
そう言って受取を辞退しようとするが、千空の表情は変わらない。
「 クロムにもマグマにも、同じものを持たせてある。……安心しやがれ。別に、テメーにそれで戦えとか、誰かを傷つけろって言ってるわけじゃねぇ」
そこで、一旦言葉を切って。
「 それは、テメーの身を守るためのもんだ。……ナイフの使い道は、何も武器だけじゃねぇ。
使い方はテメーの判断に任せる」
だから、これを持って行けと。
あくまで身を守るための刃として、千空はそれを与えてくれた。
そうだ。刃物は、なにも争うために、傷つけるためだけに使うものではない。
彼が自分の身を案じて預けてくれたものだから。使う時は、必ず。
……誰かを傷つけるためではなく、なにかを守るために、これを使おう。
そう心に決めて、ゲンは翌朝、クロムとマグマを伴い、司帝国へと旅立った。
結局、その闘争において、幸いにもと言うべきかその刃が抜かれることはなかった。
紆余曲折の末、多少の怪我人は出たものの、千空の申し入れによる無血開城となったためだ。
その後も、引き続きさまざまな出来事や事件があったが、その短剣は一度も鞘から抜かれることなく今もここにある。
氷月の凶刃に倒れた司を救うために石化の謎を求め、宝島へ。
宝島を経て、司の復活を果たし、アメリカ大陸へ。
そして今、人類石化の謎の中心地、南米へ。
北米からの追跡をかわすために必要な移動手段を確保すべく、バイクをクラフトする。
ただ、それに当たって懸念はあった。
ひとつはスピード。こちらはモーターボートで上陸し、地道なクラフト作業。
一方、囮を追って運河に向かったスタンリーたちは、科学王国の粋を尽くした空母ペルセウス号で、いつ反転してこちらを襲撃してくるかわからない。
もうひとつは、現在捕虜となっている、千空のかつての師匠、ゼノ。
純粋な戦闘力は不明だが、なにぶんにも頭の切れる人物だ。……なにより、一度袂を分かったとはいえ、千空の師だ。
可能であれば対立を避け、……理想としては、味方に引き込みたい。
── ……使い方は、テメーに任せる。
かつての言葉を胸に反芻して、大切にしまい込んでいたそれを手に取った。
「 ……使わせてもらうね、千空ちゃん」
君は、君の科学で俺を救ってくれたから。
今度は俺が、千空ちゃんのくれた科学の刃で、ちゃんと千空ちゃんの科学(おもい)を繋いでみせる。
ゴムの木を前に佇むそのひとに、一歩踏み出すと、気配に気付いたようで彼はこちらを振り返った。
怪訝な顔をする彼に、柄を手前にして短剣を差し出す。
「 いいのか、人質に武器になるものを渡すとは」
よく通る声で、挑戦的な言葉が向けられた。
それに、笑顔を返して。
「 ゼノちゃん、スーパー科学屋じゃない。せっかくなら手伝ってよ、ゴム作り〜 」
だって、俺らの乗り物がしくったらゼノちゃんも死ぬんだし。
そう嘯いて、改めて剣を差し出す。
彼が剣を手に取って、鞘を払えばそのまま刺される距離。……そうなった時、避ける術はない。
けれど。
…… 大丈夫。伝えてみせる。
俺は、千空ちゃんの科学(おもい)を信じてる。
「 ゼノちゃんは、千空ちゃんと一緒♪
科学には、ジーマーでウソつかない」
でしょ?
一瞬、軽く目を見開いて。
仕方がないなと言うような、やわらかい表情で、彼は差し出された剣を受け取った。
……なんとなく、その表情が千空と重なる。
「 ただし通信機にだけは絶対近寄らせない〜♬」
釘を刺すようにそう付け加えると、ゼノは大袈裟な手振りで苦笑した。
「 おお残念。どうやらお人好しの大マヌケではないようだ!」
口では毒づいても、師弟でのクラフトは本当に楽しそうで。
「 ……少しは、伝えられたのかな。ねぇ、千空ちゃん?」
それを一歩引いたところで見守りながら、ゲンはそうひとりごちた。