彼女のともだち①side-A
「 ねえちょっと聞いてよ羽京ちゃ〜〜ん!」
放課後の教室。いつもの賑やかな声で、一人のクラスメイトが駆けてくる。
……今日は木曜日だから、科学部の部室は空いているはずだが、そういえば論文の提出期限がどうとか言っていたっけ。
そう思い当たって、何時間かは拘束される目算でスケジュールを組み直す。
机の前に来るなり、彼女は唐突に胸を鷲掴んできた。
まあ、いつものことだ。
「 はいはい、今日はどうしたの、ゲン?……とりあえず話聞くから帰りにスタバにでも寄ろうか」
ちょうど、新しい抹茶スイーツが出てたはずだよ。
そう言うと、ゲンはパッと表情を輝かせる。
彼女が緑色のスイーツを好む理由も、本当は、抹茶味のスイーツが好きなのは彼女自身ではないことも知っていた。
……いじらしいなとは思うが、どうにもそれは伝わりづらいものであるようだった。
店に入ると、ゲンは手際良く注文を終えて、お気に入りの窓際に陣取った。
「 それで、今日はどうしたの?」
「 千空ちゃんが、口きいてくれないの……俺、なにかしたかなあ…… 」
千空ちゃん、と言うのは彼女の隣家に住む幼馴染だ。高校も首席で入学しており、2年ながら科学部の部長を務める、学校でも有名な才女で、多少癖の強い人物でもある。
「 今書いてる懸賞論文の期限が近いってことだったから、それで頭がいっぱいだったんじゃない?……よくあることじゃないか」
さりげなくフォローすると、そうかなぁ、とゲンはストローを噛んだ。
「 ……昔はね、すごく優しかったの。俺の家は、一年の大半人がいないから、百夜おじさん……あっ、千空ちゃんのお父さんね……といっしょに、いっつもごはんに誘いに来てくれたり、屋根伝いに窓から遊びに来てくれたの」
かれこれn回目になる思い出話をしながら、ゲンは机に突っ伏す。
髪型のせいで耳の寝た猫のようだ。
「 うん。……だから、ゲンは小さい頃から千空が大好きなんだよね」
「 ……うん」
ぽそぽそと答えて、ゲンは赤くなる。
「 ゲンは気づいてないみたいだけど、俺から見たら、千空はゲンのことすごく好きだと思うよ」
「 ええ〜〜……そんなこと、ないもん。会いに行ったって、馬鹿とかゆうし…… 」
本当に気づいていないらしい。ゲンは千空の気を引くためか、千空に触れても不自然ではない状況を作りたいのか、頻繁にクラスメイトの女子にボディタッチを繰り返している。
……実は、千空がそれを面白く思っていないことを、殺気を向けられた自分は知っている。というか、おそらく当人以外はみんな知っている。
ゲンに粉をかけようとした男子生徒が突如転校と称して姿を消したのも、一度や二度ではない。
正直な話、実際はゲンに対する感情を拗らせているのは千空の方だと思う。
「 それは、ゲンが他の子にちょっかいかけるから、ヤキモチとか、ね…… 」
曖昧に濁すが、どうも納得がいかない様子だ。
「 羽京ちゃんってジーマーで優しいよね。……俺、羽京ちゃん好きになればよかったかなあ」
……ああ、ほらまた。
そういう不用意な、警戒心のなさがダメなんだってば。
そうは思うが、これはダイレクトに自分が言うべき言葉ではないように思えた。
「 ねぇ、ゲン」
呼びかけて、顔を上げたゲンのくちびるすれすれにくちびるを寄せると、ゲンは一瞬で身を引く。
「 ほら。……相手に本気にされたら困るようなことは、迂闊に言わない方がいいよ?」
驚かせてごめんね。
そう言って、羽京は適切な距離を取り直した。
「 とにかく一度、ちゃんと千空と話をした方がいいね。……また、悩みがあればいつでも聞くから」
あ、さっきのは冗談だから気にしないでね。
そう付け足すと、ようやく安心したようで。じりじりと近づいてきた。
「 うう……がんばる…… 」
「 うん、頑張って」
それからしばらく世間話をして。
ありがとう、と手を振るゲンを見送った。
……ああ本当に。
無自覚天然というのはやっぱり厄介だよね。
千空の苦労が偲ばれるよ。
そんなふうにひとりごちて、羽京は店を後にした。
side-B
どうにも、奴等を見ていると焦れったい。
本人たち以外……片方は、本人も知っているだろう……皆、二人が相思相愛であることには気づいているというのに、互いにポンコツすぎて一向に進展しない。
もちろん、進展を望まない片想いというものは存在する。
それは当人の自由だが、どうフラットにみても互いに進展を望んでいるとしか思えないのに、もはや神がかり的なすれ違いで進展しない。
『 ……そんなにまで欲しいのなら、奪りに行けばいいだろう。幸い、本人も貴様に奪われることを望んでいるのだし。周りを皆殺しにしたとして、気持ちが伝わらなければアレは貴様のモノにならんぞ』
以前、そんなふうに諭したことがあるが、件の才女はなかなかに頑なで。
テメーに言われなくてもそんくらいわかってんよ。と顔を背けた。
彼女が幼馴染に向ける感情は、LIKEではなくLOVEで、もっと言えばDESIREだ。
いつまでも燻らせていては、いつか大火事になる。
当の想われ人の方も負けず劣らずの恋愛ポンコツ気味で、先日も羽京が手を焼いていた話を聞いた。
……ひとつ、雑ぜ返してみるか。
そんなふうにひとりごちて、思索に耽る。
翌日。
いつものように笑顔で駆けてくる、小柄な少女を見つけて。
背に腕を回して抱き寄せると、頤に手をかけた。所謂顎クイというやつだ。
「 ……貴様は今日も可愛いな、ゲン。うん?リップの色を変えたな?昨日のコーラルも悪くなかったが、今日のチェリーピンクはまた一際愛らしい。……よく似合っているぞ」
夜色の大きな瞳を覗き込みながら、そう言って微笑みかけると、こう言った扱いに慣れていないゲンは少し恥ずかしそうにもじもじしている。
「 ……龍水ちゃん、今日もジーマーで絶好調、だね…… 」
「 魅力的な相手がいれば自然と賛辞が口に出る。当然だな!」
「 ば、バイヤー…… 」
初手でペースを崩されたためか、いつものようにうまく切り返せないゲンと。
……ああ、そらきた。そんな射殺しそうな目で見るくらいなら、さっさと自分のものにしてしまえ。
そう思いながら、級友に視線を投げた。
「 なあ、千空。貴様もそう思うだろう?」
「 あ"ぁ?何言ってやがる」
コイツが世界一かわいいことなんざ、こちとら生まれた時から知ってるわばーーーか。
副音声に、龍水は苦笑する。
そっちを口に出さないから、貴様らは拗れるのだ。この科学馬鹿が。
同じように視線で、そう苦言を述べた。
……しかし、級友たちのそんな不器用さが愛しいことも事実で。
腕の中のゲンの表情で、ますます拗れさせてしまったことを悟り、流石に少し申し訳なく思った。
まったく、他人の恋愛沙汰になど、つくづく首を突っ込むものではない。
だが、見ていて焦れったすぎるため、叶うものなら、なんとかしてやりたいのも事実だった。