幕間の楓恒①初めの頃は鏡を見ながらしていたことだが、慣れてくると鏡を見なくても自然と出来るようになった。
朝起きて、顔を洗い、筆を片手に持ち、顔に向ける。
「毎日自分でしているのか?」
いつの間にそこに居たのか丹楓がこちらを見ていた。
消えるなと言った手前、勝手に出てくるなとは言いづらく口を噤む。
「他の人に任せられないだろ」
「余が仙舟に居た頃は龍師にさせることもあったが」
それはお前が龍尊であり、丹楓だからだろう。
ジト目で丹楓に目を向けるが、本人は気にした様子もなく俺の手の中の筆を見ている。
「余がやってやろう」
「...結構だ、自分でできる」
「余がやると言っておるのだから、其方は甘受していれば良い」
「おい...!」
手に持っていた筆を丹楓に取られる。
近付いてくる丹楓にこれ以上抵抗した所で部屋が荒れるだけだと諦めて椅子に座った。
「変だったら変えるからな」
「誰に向かって言っておる、其方よりも長く同じことをしていたのだぞ」
丹楓が筆に紅をのせる。顔に近づいてくるそれが、目に入らないように反射的に瞼を下ろした。
「...お前も自分でするのか」
「余にできぬことは無い」
目尻に冷たいものが触れ、離れていく。
ゆっくりと目を開けると丹楓の顔がすぐ近くにあった。
「...丹楓、終わったなら離れてくれ」
「丹恒よ」
「なんだ?」
一向に離れない丹楓が何をしたいかわからないが、身動きも取れないので目の前の顔を見つめる。
「他の者にさせてはならんぞ」
「...元からそのつもりだが」
「それは僥倖、余を妬かせてくれるな」
ぱち、ぱち、と瞬きをしてしまった。
「妬くのか?」
「其方は筆をのせるとき無防備な顔をしているのでな」
「...よくわからないが、努力はしよう」