幕間の楓恒㉕ 丹楓の元には度々丹恒の知っている者たちが訪れることがある。武器の話をしに、応星が訪れたり旅先の話をしに白珠が来たりと特定の人が出入りすることが珍しい屋敷の中である四人のことを丹恒は丹楓の友人として認識していた。
丹恒は丹楓の膝に座りながら、差し入れにと手渡された籠の中を覗き込む。瑞々しい大粒の葡萄が数房中には入っていて、丹恒は食べたことのない果物を、目を輝かせながら見ていた。
そんな丹恒が膝から滑り落ちてしまわないように尾で支えながら丹楓は差し入れを持ってきた者へと顔を向ける。
「丹恒も気に入ったようだ、有難く頂戴しよう。景元」
「気に入ってもらえたのならなによりだ…初めて食べるのだろうか?」
「ああ、まだ食べさせたことはないな」
「ふーに!」
目をキラキラとさせながら丹楓の方へ顔を向けた丹恒に、丹楓は差し入れの籠の中から一粒葡萄をもぎとると丹恒の小さな手の上にころんと乗せた。
自分の手の上にある、ころころとして丸いような楕円のような紫色のそれを丹恒はじっと眺めてから皮も剥かず口の中へと入れてしまう。
「おや」
「…丹恒」
「う、きゅ……」
丹恒はくしゅっと顔を歪めて、口の中にある皮のぶつぶつとした食感や苦みと戦いながらゆっくりゆっくり咀嚼していた。これではせっかくの果物の甘味を感じることはできないだろう。
「うー……」
吐き出させるべきかと考えていた丹楓の膝の上でこくん、とそれを飲み込んだ丹恒は僅かに瞳を潤ませながら尾を震わせている。どうやら、完全に目の前の葡萄を警戒してしまったようだ。
そんな丹恒の様子を見ていた丹楓は、手袋をしゅるりと脱ぐと籠からまた一粒の葡萄をもぎとり、皮を一枚一枚ゆっくりと剥いていく。
「口を開けよ」
「…や」
「此れは苦くはない」
綺麗に皮の剥けた葡萄を丹恒の目の前へ見せるが、先ほどのことがあるのかすぐに口にいれようとはしない。丹楓の顔を見、それから籠の中の葡萄へと視線を落とし、それからまた丹楓の顔を見る。
丹楓が差し出しているものを食べたい気持ちもあるようだ。それと同じくらい、先ほどの衝撃を忘れていないのか警戒もしているようだったが。
「丹恒、余を信じよ」
「……う……、あー…む」
視線を彷徨わせた後に、丹恒はおずおずと口を開く。小さな口の中に摘まみ上げた葡萄を入れると指を離すよりも先に丹恒の唇が閉じてしまう。
「それは余の指だ」
「む…」
ちゅうと丹恒に吸われた指を丹楓が引き抜くと、口の中に入った葡萄を咀嚼するように丹恒の口がもぐもぐと動く。
一噛み目はまだ警戒していたのかゆっくりと、二噛み目、三噛み目は味を覚えたのか瞳を輝かせながら尾を揺らしながら噛みしめていた。
「…ふむ、気に入ったようだな」
「そのようだね、まだ食べるかい? 丹恒」
「ん!」
丹恒の返事を聞いて、丹楓はまた籠の中から葡萄を一粒もぎとると皮を剥いて丹恒の口へと運ぶ。今度は警戒をすることなく、すぐに「あ」と口を開け嬉しそうに葡萄を食べていた。
今度葡萄を差し入れされた時は皮の剥き方も覚えさせなければならないと考えながら、丹楓は自分の口にも剥いた葡萄を一粒放り込んだ。
「私があげても食べるかな?」
景元が籠から葡萄を一粒もぎとり、皮を剥く。
其れを丹恒の口元へ運ぶまでの動きを考えた丹楓はどこか面白くはないと考えながら、未だに丹楓が与えた葡萄を咀嚼している丹恒の頬を両手で包み顔を向かせる。
「良いか丹恒、余以外の者から手ずから与えられる食べ物を食べてはならぬ」
「…? けーげんは?」
「景元もだ、余が口元へ運ぶもの以外は食べてはならぬ」
「ん!」
丹楓は元気に頷いた丹恒の頭をゆるりと撫でると更に葡萄の皮を剥き丹恒の口へと運ぶ。
「過保護というべきか、それとも別の感情かい?」
「…、どちらもかもしれぬな」
「それは、君らしいね」