幕間の楓恒㉗ 丹恒が此方を伺うように見ていることを丹楓は気づいていた。それは今に始まったことではなく、数日前から丹楓が丹恒の傍を離れた時に度々起こっている。
誰かと話している時や、書を書き留めている時。
だが、丹楓が丹恒の方へ視線を向けると丹恒は慌てたように尾を跳ねあがらせてパタパタと何処かへと隠れてしまうので丹楓も何も言えずただその視線を受けとめていた。
「あれ、どうにかしなくていいのか?」
今日も応星に対応していると遠くの柱に隠れようとして隠れられていない丹恒がこちらを伺ってくる。他の者にまで言われ始めてしまったのならばどうにかしなければならないと丹楓は応星へ向かって後で話そうと手を挙げると丹恒の方へ踵を返す。
「丹恒」
いつものように隠れようとする丹恒の名を呼ぶと、丹恒はぴくり、と体を震わせその場に立ち止まった。
「余に何か用事があるのではないか?」
丹恒の前まで来た丹楓がそう問いかけると丹恒は彼方此方へ視線を彷徨わせてから、じっと丹楓の顔を見、それから丹楓の手へと視線を落とす。
じっと手を見たまま動かなくなった丹恒の視線に丹楓は首を傾げながら、ひらりとその手を動かす。
「手がどうかしたか?」
「…ふうにぃ」
とくに何かを持っているわけではない、普通の手であるだろう。丹恒の其とは大きさは違うかもしれないが、別段他の者と変わったところはない。
それでもじっと丹楓の手を見つめてくる丹恒は小さな紅葉の様な手を伸ばすと丹楓の手をぎゅ、と掴みその手を自分の頭に乗せてきた。
訴えかけるように上目で丹楓の方を見つめる丹恒が何をしたいのかわからないが、頭の上に手をのせて終わりではないことだけはわかる。
「丹恒、余に何を求める?」
「………なでなで」
丹恒の言葉に丹楓はふと数日前のことを思い出していた。
あの日、丹恒が初めて丹楓の名を書けるようになったと報告してきたので「よくできている」と頭を撫でたことがあった気がする。
それから丹恒が此方を伺うように見るようになっていた。
つまり丹恒は丹楓に頭を撫でて欲しかったが言い出せずにずっと隠れて視線だけ向けていたということらしい。
そんな丹恒に丹楓は小さく笑みを零すと丹恒によって頭の上に乗せられた己の手をゆるゆると動かした。
「ふうにぃ」
撫でられることが嬉しいのか気持ち良さもあるのか頭を撫でる丹楓の手の動きに合わせて丹恒の尾がゆるりと動く。
「良いか、丹恒。黙っていてはわからぬこともある、余に求めることは必ず言葉にせよ」
「ん! ふうにぃ、なでなで」
「刻限迄だぞ」
丹楓はこくんと大きく頷いた丹恒を膝の上に乗せると先ほどよりもゆっくりと丹恒の頭を撫で始めた。
丹恒の尾がゆるゆる嬉しそうに動き、時折丹楓の肌に触れるのを感じながらそれでも手は止めることなく。