幕間の楓恒㉟ 次の戦について話をしていた筈の丹楓達が次第に武器の話へと切り替わっていくのを聴きながら丹恒は尾をゆらゆらと揺らした。
話し合いがある時は丹恒は丹楓の傍に居ることができない。まだ聞いても理解できないのだと丹楓に言われればよくわからない丹恒は頷き、丹楓の声が聞こえる縁側で尾を揺らしながら庭を眺め丹楓の務めが終わるのを待つことしかできない。
今日も一人、声が聞こえる縁側でゆらゆらと尾を揺らしながら待っているとぱたぱたと軽やかな足音が近づいてくる。
僅かに駆け足気味なその音は丹楓のものではない。龍師はゆったりとした足取りで近づいてくるので龍師でもない。
誰かはわからず、丹恒は尾の動きを止めるが縁側にひょっこりと顔を出した白珠にぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「はくじゅ?」
「丹恒、こんな所に居たんですね! 探しちゃいました」
縁側に座っている丹恒の隣に腰を下ろした白珠は楽しそうに笑うと、丹恒に小さな紙包みを手渡してくる。
丹楓からむやみやたらに人から物を受け取ってはいけないと言われている丹恒は白珠の手の中の包を見てから白珠へと顔を向け、こてり、と顔を傾けた。
「私から丹恒にお土産です…! あ、飲月にはちゃんと許可を頂いてますから受け取って大丈夫ですよ!」
「…ん」
「でも、私があげたって他の皆には言わないでくださいね」
拗ねちゃいますから、と笑いながら丹恒の小さな手の中に包みを置き白珠は庭へと視線を向け目を伏せる。
丹恒は手の中にある包を開いてしまおうかどうしようか悩んだが、丹楓と一緒に開けようと小さな手できゅ、と包を大事に大事に握りしめた。
白珠と同じように庭へと視線を向けた丹恒は、次第に隣から聞こえてくる優しさすら感じる声に尾をゆらゆらと揺らす。
今まで聞いたことのない声だった。ただ話しているのではなく、綺麗に紡がれた其をまだ聴いていたい。
「はくじゅ…」
く、と白珠の袖を引いた丹恒は白珠の口から紡がれていた其の名前をしらない。
袖を引かれた白珠はなぜか瞳を瞬かせ丹恒の方へと視線を向ける。
「丹恒? どうかしましたか?」
「…ん、さっきの…」
「さっき…? あ、私なにか詩ってました?」
「うた…?」
「気を抜いてしまうとたまに口ずさんでしまうらしくて…鏡流にもよく言われるんです」
えへへ、と声を出して笑う白珠の顔がいつもより紅いような気がする。
けれど丹恒にはその表情がどういう意味なのかわからず首を傾げて、頬を紅く染めた白珠の頬に小さな手を伸ばした。
「はくじゅ…ねつ…?」
「熱ではないです! な、なんでもないんですよ!」
「……?」
丹恒は顔の前で手を振る白珠がいつもと違う気もしたが、白珠が何度も大丈夫だというのでそういうものなのだろうとこくんと頷いた。
「あっ、それで詩がどうかしましたか…?」
「…うた、…わからない…」
「えっ…あ、飲月は子守詩なんて歌わないですよね」
「こもり、うた…?」
また聞いたことのない言葉に丹恒は首を傾げる。そんな丹恒の様子に、白珠はふふっと笑うと庭へと視線を向けながら先ほどと同じ歌を口ずさんだ。
「これは私の故郷の詩なんです」
白珠の詩に合わせて尾が自然とゆらゆら揺れていることに丹恒は気づいていない。だが、丹恒の視線を一身に受けている白珠には丹恒がキラキラと輝いた視線で見つめてきていることも自分の歌声に合わせて尾を揺らしていることも全てが見えていた。
「詩に興味があるんですか?」
「ん…」
こくんと頷いた丹恒を見つめていた白珠がいいことを思いついたと言わんばかりに顔を輝かせると丹恒の方へと笑みを向ける。
「それなら一緒に歌いましょうか! 私の真似をしてくれればいいので」
「こー、も……できる?」
「できます! あ、でも一緒に歌ったことは飲月には内緒にしましょうね」
首を傾げた丹恒に向かって、唇に指先をあてしーっと小さく呟いた白珠に丹恒は瞬きをする。
どうして内緒にするのかわからないけれど、白珠がそういうのであればとこくんと頷き返すと白珠がゆっくりと先ほどの歌を歌いだす。
同じ所を何回も何回も。丹恒が聞き取りやすいように、ゆっくりと。
最初は聞いているだけだった丹恒も次第に音だけは聞き取れるようになったのか、白珠の歌声に合わせて口ずさみ始める。
そんな丹恒の様子に笑みを深めた白珠は、丹恒が満足するまで其を続け、遠すぎず近すぎない部屋で話し合いをしていた他の四人の声が止むまで続けてくれた。
「丹恒は歌もお上手ですね」
「…ん、…あり、がと……」
褒められることになれてはいない丹恒は白珠の言葉に頬を染め、視線を逸らすと尾をゆらゆらと動かした。先ほどの歌に合わせた動きとは違い、丹恒の心を反映するように動く尾に白珠はまたふふっと小さく笑うと立ち上がる。
「そろそろ話し合いも終わってますし、戻りましょうか」
「ん…」
「丹恒、今のは私の故郷の詩ですけど、持明族には持明族の詩があるって聞いたことがあります。飲月に聞いてみるといいと思いますよ」
「ん」
白珠の手をとり、きゅっと握りながら丹恒はこくんと頷いた。
白珠のいう持明族の詩というものを丹楓が歌っているのを聞いたことはないけれど、丹楓は教えてくれるだろうか。
白珠に手を引かれるまま部屋に入ると、四人は会議を終えたのか各々が別の話をしているところだった。
丹恒は白珠と繋いでいた手を離し、丹楓の元へと駆け寄る。
「ふーにぃ」
「…何かあったか」
丹楓の言葉に着物の中にしまった白珠からのお土産を伝えようとした丹恒だったが、今この部屋には丹楓以外の人もいると気づく。
白珠から他の人には言わないでくださいと言われていたことも思い出し、首を左右に振ると丹楓はそんな丹恒の様子に何かを隠していることに気づいているのかいないのかじっと見つめた後に丹恒の手を握る。
「ないならば良い、我等は屋敷に戻ろう」
「ん」
丹楓に手を引かれるまま、集会に使っていた建物を後にする。
周りに他の者がいなくなった今ならば言えるはずなのに、丹恒はいつ言いだそうかと自分の着物と丹楓を何度も見比べては口を開けずにいた。
「…白珠から何か貰ったのだろう?」
「! ん! ふーにぃ、いっしょにあけたい」
「ふむ…、ならば疾く帰らねばならぬな」
「ん!」
丹楓に手を引かれながら上機嫌に顔を緩め尾を揺らした丹恒だったが、白珠が言っていた詩のことを思い出し丹楓の指を握っている手でくいっと丹楓の手を引いた。
「ふーにぃ」
「なんだ」
「じみょーぞく、うたある…?」
「詩…? 持明時調のことか」
「ん…こー、ききたい…」
「…そうか」
すぐに『是』の返事をしない丹楓に丹恒は聞けないのだろうかと丹楓の顔を見つめてしまう。
そんな丹恒の視線を受けたからかはわからないが、小さく息を吐き出した丹楓は丹恒の手を握り直すと丹恒へと視線を向ける。
「屋敷ならば、聞かせよう」
「…! ん!」
余程嬉しかったのか、こくんっと大きく頷いた丹恒の尾が大きく揺れる。
そんな様子を見た丹楓は、息を吐き出すと共に小さく笑みを浮かべながら丹恒の歩みに合わせてゆっくりと足を進めた。
屋敷に着くまでの間始終嬉しそうに尾を揺らしていた丹恒は、丹楓が諸々の務めを終え部屋へと戻ってくるまで部屋で今日白珠から教わった詩を口ずさんでいた。
「…白珠から教わったのか」
「ん」
部屋へと入ってきた丹楓は既に寝台の上に上がっていた丹恒の隣に腰を下ろすと、小さな書物を丹恒の目の前に置く。
「其処に書かれているものが持明時調だ。まだ其方には早いかもしれぬが」
「ん、こー、よめる」
「そうか」
丹楓から渡されたその小さな書物を手にとり、開いた丹恒はゆっくりと頁を捲る。
ある頁を見ていた時、丹楓の手が丹恒の手の動きを止めた。
「ふーにぃ?」
「今日は其方に其の詩を教えよう」
ぱちりと丹恒が瞬きをした刹那、丹楓の唇からしなやかな声を響き丹恒はゆるゆると目を見開いた。
白珠の歌声とは違う、力強さもあるが気品も感じるその歌声に丹恒はどこはかとなく安心感のようなものを感じゆるゆると尾を揺らめかせる。
「ふーにぃ、じょーず」
「ふっ…そうか」
「こー…、…」
笑みを零す丹楓の表情を眺めながら丹恒は書物へと視線を落とし、再び丹楓へと視線を向ける。
白珠と一緒に歌った時がとても楽しかったので、丹楓と一緒に歌いたいのだと言いたいのに言えず書物へと視線を落としては丹楓へと視線を向け、其れを何度も繰り返してしまっている。
「其方も一緒に歌いたいのだろう?」
「! …ん」
丹恒の動きから察したのだろう丹楓に言われ、丹恒は目をぱちぱちとさせながらもこくりと大きく頷くと丹楓の足の間に座り直す。
背中に丹楓の温かさを感じながら、丹楓の歌声を聴いて。
ゆらりゆらりと尾が揺れるのを感じながら丹恒も丹楓の真似をして音階を口ずさむ。
歌詞などまだ何もわからないが、それがとても楽しくて。丹恒は瞼を閉じながら丹楓と一緒に何度も同じ詩を歌っていた。
丹楓が歌を止めるのと一緒に口ずさむのを止めた丹恒は自分を後ろから抱きかかえている丹楓へと視線を向ける。
「ふーにぃ」
「よく歌えていた」
「! ……ん!」
丹楓に褒められ、丹恒はぴるるっと耳を震わせながら頬を緩めると丹楓の手が丹恒の髪へと触れる。
撫でるように動かされる手に緩く目を閉じると丹楓が持明時調が綴られた書物を捲った。
「持明時調は数が多い、其方ならば別の詩も歌えるだろう」
「…ふーにぃといっしょ…?」
「…其方が望むならば、それも良いだろうな」
「ん」
次はどのような詩を歌おうかと二人で書物を捲る。