幕間の楓恒㊶ 持明族であっても、龍尊であっても、己自身で手入れをしなければならないことはある。他の誰かに触れられたくはない箇所は己で管理をするしかないのだ。
そんなことを丹楓が思い出しながら、今まさに眠りに落ちそうになっている丹恒に「鱗の手入れをきちんとしているか」と尋ねたのは丹恒の鱗が尾だけではなく他の箇所にあることも覚えていたからに他ならない。
大きな瞳をゆるゆると見開いた丹恒は己の尾を抱きしめて丹楓のことを見上げた。
「ていれ、している」
「其方の鱗は尾だけではないだろう」
「…う…」
「足の付け根、臀部の辺りにもあるはずだが」
ぺちりと小さな手で己の臀部に触れた丹恒は丹楓から視線を逸らして、布団へと向ける。
この様子ではその部分の鱗は手入れをしていないのだと、丹楓でも気づいてしまった。
「丹恒」
「…ふ、ふーに…ぅ…」
「手入れをせねば、後に困るのは其方だと教えただろう」
鱗の手入れを欠かさずしなければならない。それは、手入れをせねば鱗が生えている部分の皮膚が荒れ、鱗が剥がれ落ちやすくなり、傷がつきやすくなるからだ。
丹楓は丹恒にその理由まで教えてあるが、丹恒はどうしても触れづらく見づらい臀部の手入れまでは一人では行えないのだろう。眠りに落ちる前に尾を手入れしている所は何度か見かけていたが、臀部は見かけたことはなくその推測もあながち間違ってはいないようだ。
だが、できないのだと丹楓に伝えることもできない丹恒は視線を逸らすことしかできない。そんな丹恒の様子を見て、全てを察してしまう丹楓は小さくため息をついた。
「できないのならば、頼ればよいものを…丹恒」
「…!」
丹恒の名を呼び、己の尾を使って丹恒の体を引き寄せた丹楓は丹恒の下穿きに指を掛けた。
「ゃ…っ、ふ、ふーに…」
「見ることができねば手入れはできないだろう」
「ぅ、ぅー…」
するりと布が肌と擦れる音が響き、丹恒のまろい臀部が着物の間から覗いた。丹楓は、手袋を外した手で、丹恒の肌が荒れてはいないか傷はついていないかを確認しながら手を動かしていく。
「ゃ、ぅ……ふ、…ふ、に…」
時折ぴくりぴくりと丹恒の体が震えているのは丹楓の手の感触にくすぐったさを感じているからだろう。
笑ってしまいそうなのを堪えているからか、それとも他にも何か理由があるのかとぎれとぎれの声で丹楓の名を呼ぶ丹恒は己を背中から抱き込みながら臀部を撫でる、後ろに居る丹楓へと視線をちらりと向けた。
「…僅かに紅くなっているな…」
「ふゃっ…、ふ、ふーに……ぅっ…」
鱗が生えている所へと辿りついた丹楓の指先が、鱗を撫でていく。
今まで感じたことのないひりひりとして、それでいてぞわぞわともしている感覚に丹恒は大きな瞳に涙を溜めてしまう。
「普段から手入れをしていないからだな」
「ぅ……、こーのうろこ…なおる……?」
「この程度であれば、薬を塗れば治るだろう…もしくは、余の術で治すこともできる」
どちらが良い、とは丹楓は丹恒に尋ねることはしなかった。
どちらにしても、薬を塗る為に丹恒が丹楓へと臀部を向けなければならないことも、丹楓が丹恒へと術を施すにあたり臀部に触れなければならないことも丹楓にはわかっていたからだ。
そのことに丹恒はまだ気づいていないのだろう、ぱちりと瞬きをした大きな瞳の持ち主は丹楓の負担にならない方を選ぶ。
「…くすり、ぬる…」
「…そうか。では丹恒よ、抵抗はするな」
「ぅ……? …! ゃ…、ふ、ふーに…!」
言葉で伝えるよりもと、丹楓は丹恒の体を引き寄せ支える為に使っていた尾で丹恒の体勢を動かした。
ゆっくりと丹楓の尾に体を動かされた丹恒はようやく己が丹楓に向かって臀部を向け、突き出すような体勢になろうとしていることに気づいたのだろう。後ろを振り返り丹楓の名を呼んだ丹恒の瞳は恥ずかしさからか潤んでいるように丹楓には見えたが、此処で止めてしまえば丹恒の体は良くならないと思い直し丹恒の体を動かないように尾で体を固定させた。
「ゃ…ふ、ふーに…ゃぁ…」
「薬を塗る間だけのことだ、我慢せよ」
「ぅ、ぅー……」
緩く唇を噛み、声が出ないように堪えている丹恒の臀部に手のひらで温めた薬を指先で掬い塗り、伸ばしていく。
「みゃ…っ…」
「違和があったか?」
「ぅ、…」
丹楓の言葉に首を左右に振った丹恒は、布団をきゅっと小さな手で握りしめながら丹楓の指が薬を塗っていく感触を我慢しているようだった。
指先で伸ばす度に丹恒の体がぴくりと震えていることが気になりはしていたが、丹楓はそれ以上のことはせず丹恒に薬を塗り終えると下穿きを履かせた。
「丹恒」
丹恒の名を呼び、尾で丹恒の体を起こさせ己の膝の上に跨らせ視線が絡むように向かい合うと普段よりも瞳が潤んでいる丹恒の頬に指の背で触れる。
「よく我慢できた」
「…! ふーに…」
先ほどはあれほど丹楓の前で嫌だという反応をしていた丹恒ではあったが、丹楓に褒められただけで尾が嬉しさを隠せずゆらゆらと揺れている。
丹恒が嬉しそうなことを感じつつも、丹楓はそんな丹恒に一言伝えなければいけない。
その一言で丹恒から返ってくるのはあまり良くはない反応だろうとは思い至っていたが、これも丹恒の為だと小さく息を吐き出した。
「だからこそ、これからも余に鱗を見せることはできるな?」
「……、ぅ、…ゃ……」
揺れ動いていた丹恒の尾がしょん…と力なく布団の上へと落ちていく。先ほどのことを思い出しているのだろう。首を横に振ろうとする丹恒の顔を両手で包み、丹楓はじっと丹恒を見つめた。
「丹恒」
「……ぅ、ぅー…」
嫌だが嫌だとは言えなくなってしまった丹恒は、おずおずと頷くと己の尾をぎゅっと抱きかかえた。
その様子に、丹恒が一人で臀部まで手入れをできるようになれば一人でさせてやっても良いだろうと思いながら丹楓は丹恒の頭をゆるりと撫でた。