幕間の楓恒㊻ 書物へと落としていた視線を、一瞬だけ丹楓へと向ける。丹恒が整理したアーカイブを読んでいる丹楓はこちらへと視線を向けることは無い。
そんな丹楓へと視線を向け、丹楓に気付かれる前に書物へと戻し、数分後にまた一瞬だけ丹楓へと視線を向けた。
丹恒がちらちらと丹楓へ視線を向けているのには理由がある。
丹楓と離れ、ある土地での探索を終えた丹恒が列車へと戻ってきたのは昨晩のこと。
雲吟の術を使い手早く身だしなみを整え、布団へと入り眠りにつく。そして目覚めてからアーカイブへ情報を入れ、一息ついた時に丹楓を見て丹恒はふと思い出してしまった。
離れていたからか丹楓と長い間二人の時間をとっていないということを。
普段であれば丹恒がそう考えるよりも先に丹楓から声をかけられ触れられることが多いのだが、外へと出ていたせいかその機会もなく。
二人の時間をとっていないことを思い出して、触れられた時のことまで思い出してしまった。
端的に言うのであれば丹恒は丹楓と2人きりの時間を、番としての時間をとりたい。
だが、それを伝える言葉が丹恒にはわからずちらちらと丹楓へと視線を向け続けてしまっている。
丹楓が探してくれていた読みたかったはずの書物の内容さえも今の丹恒には入っていかない。
ちらり、と丹恒が何度目かの視線を向けた時だった。
はぁ、と息を吐き出した丹楓の視線がこちらを向く。今まで一度も此方を向くことは無かったのに、だ。
丹恒は合ってしまった視線に瞬きをする。
「穴が開きそうだ」
「…そこまでは見ていないだろう」
「其方はそう思っていても、余は思わぬ…見つめてくるのには理由があるのだろう?」
「…………」
言えればこんなにちらちらと視線を向けてなどいないのだが、そう伝えるわけにもいかず丹恒は視線を逸らす。
だが、追求すると決めたらしい丹楓にはその解答では許されないようだ。
「丹恒」
「……っ」
腰に重く響くような、熱情を孕んだ声で名を呼ばれ丹恒は逸らしていた視線を動かしてしまう。
この声に逆らうことは許されない。だが、それは強者が押さえつけているのではなく、孕んでいる熱が丹恒が求めていたものと同じだからこそそう考えるのかもしれない。
目の前へと近づいてきた丹楓に手を引かれ、丹恒は丹楓の膝の上へと乗り上げた。
自分がどんな体勢をしているのか気づき、息を飲み、降りようとしたが腰に回された手と顎を掴まれてしまったせいでそれさえもできない。
「た、んふ」
「その唇から紡げるだろう、丹恒…何を求めて余を見ていた?」
「……っ」
「丹恒」
丹楓の息が唇にかかる。口をつむぐことはもうできそうもない。
丹恒が欲していたものがすぐ目の前にあり、言えというのだから。
「…丹楓」
「言葉にせねばわからぬぞ」
「丹楓が欲しい…」
至近距離で視線を絡ませ合いながらぽそりと呟く。
丹恒の言葉が無事に聞こえた丹楓は、ようやく素直になった番の頬を撫でながらそっと耳元へ唇を寄せた。
「其方の好きなようにすればよい、余のなにが欲しい」
「……くち、づけを…」
辿たどしく呟いたのは気恥しさがあるからだろうが、丹恒のそんな様子さえも丹楓からすれば甘美なのだと思ってしまう。
瞼を震わせる番の唇にそっと口付けながら次は丹恒から口付けさせようと、初めから気づいていた丹楓はそう考えていた。