じょうやす①ハッチンを振り切った学校からの帰り道、見慣れた赤い人影が道路の隅で倒れていた。
誰よりも年上なはずのジョウが倒れているのにも驚かなくなったなと、1人息を吐き出しながらそばに寄る。仰向けで倒れているのは頭をぶつけないように気をつけたジョウなりの配慮なんだろうか。
「……おい、ジョウ」
揺さぶらない方が良いだろうと軽く肩を叩くと、瞼が震えた。ゆっくりと目を開けたジョウはぼんやりとした目で周囲を見回したあと俺の方を向く。
「……ヤス?」
「またこんなとこで倒れてたのかよ」
「…あー、悪いな……」
いつからここに居たのかジョウの体はいつもよりも冷めているような気がした。抱き上げて運ぶ、なんてことは今の俺には出来なくてジョウに肩を貸す。
ふらふらとした足取りのジョウを見守りながら、1歩1歩をゆっくりと歩く。
倒れるなとは言わないが体調が悪い時は一言連絡でもしてほしいという考えが浮かんで別にジョウと俺は頻繁に連絡を取り合っているわけでもないだろと頭を振った。
「なぁ、ヤス」
「なんだよ…休むか……?」
「そうじゃねえよ、ヤスに世話になってばかりで悪いなと思ってよ」
「それは…」
別に、バンドメンバーだから気にすることじゃない。俺じゃなくてハッチンだってジョウをよく拾うと言っていたし。
「だから、なんかお礼がしたいんだが」
「お礼……って言われてもな」
「なんでもするぜ?」
俺に肩を預けながら言う台詞ではないだろうと思いながら、お礼を考えてみる。
弁当の試食はたまに頼んでいるし、作曲や作詞もとくに行き詰まってはいない。
唸り声が出そうなほど考えてみたが結局思い浮かばなかった。
「……ジョウがしたいことでいい」
買い物か、病院か。ジョウが今したいことなんてそういうもんだろうし、それでジョウの体調が少しでも安定するなら今後のためにもこれでいいだろうと返事をするとジョウは伏せていた顔を上げてこっちを見る。
じっと見られると変なことでも言っただろうかとたじろいでしまった。
「……ヤス」
「な、なんだよ」
「オレがしたいこと、だよな」
「あぁ、……そうだけど……ッ」
唇に軽く触れて離れた柔らかいものに尾羽が跳ねる。
今、何されたかわからなくてぽかんと口を開けてしまった。
ジョウのしたいことをすればいいと言って、ジョウが近づいてきて、顔がよく見えなくなって、それから。
血の香りをしたものが触れて。
「げ、んきだったのかよ!?!?」
「……? オレがしたいこと、だろ?」
ジョウがしたいことがなんで、なんでキスなんだ。
俺とジョウは別に付き合っているわけじゃない筈で。ジョウもそんな素振りはなかったのに。
俺がジョウの行動に驚いて戸惑ってるだけなら良かった。どうしてか、嫌じゃないと思って早鐘を打ちだした心臓に一番戸惑って慌ててしまう。
「もう、いいから、早く帰るぞ!!」
「あぁ」
ずっと跳ねている心臓のことがよくわからないままさっきよりも早足で歩く。
俺にこんなことをしたジョウはいつもと変わらない様子で、それがまたなんだか変な気分にさせていった。