この背をあなたの止まり木に!!注意!!
この話には都市伝説解体センターのネタバレが含まれます。
最後までプレイ済みかつ以下の注意書きが問題ない方のみ、お楽しみください。
!!注意その2!!
この話は、
ジャスミンが「あざみ=センター長」のことを知っている。(もう一人に関しては今回出てこないのでほぼ触れません)
世界観は日本。
というあり得ざる謎時空になっております。
上記問題ない方はこのままお進みください。
この背をあなたの止まり木に
「涼しい〜〜!」
「あ〜、生き返る…」
空調のよく効いた店内に足を踏み入れ、各々に感嘆の声を漏らす。
灼熱の下、一日中あちこち歩き回って聞き込みをしていたので相当に疲労が溜まっていた。
「帰る前に、どこかでちょっと涼んで行きませんか…?」というあざみの提案にジャスミンも異論は無く、近くにあったファミレスにて、しばし休憩を取ることにしたのだった。
冷たい飲み物で喉を潤し、二人はようやく一息つく。
「しかしこんだけ暑いと、それだけで体力持ってかれんね〜」
「めちゃくちゃ疲れました…。ジャスミンさん、帰りの運転大丈夫ですか?」
「まあ後はあざみー送って帰るだけだし、今休憩できたから大丈夫よ」
それよりあんたの方が心配だわ、とあざみの顔を覗き込む。
反対にあざみは気まずそうに目を逸らした。これは図星の反応だ。
「今日、立ったまま何回か寝そうになってたでしょ」
「うっ。バレてましたか…」
今日は車移動だけではなく電車を利用するタイミングがあった。
その際、ホームで電車を待っている時や電車内で、何度か意識を飛ばしている様子だったのが気になっていたのだ。
「実は課題がちょっと、ゴニョゴニョ……」
「あぁなるほど…大変だね、学生」
目を逸らしたまま気まずそうに打ち明けるあざみに、ジャスミンは労いの視線を送る。
「センターまで車でもちょいかかるし、そこで寝ておきな。着いたら起こすから」
「うう…ありがとうございましゅジャスミンしゃん…」
眉を下げてそう言うあざみは、すでにもう眠そうだった。発音がおぼつかなくなっている。
寝ぼけ眼でドリンクを啜るあざみを見ながら、ジャスミン自身もこの後の運転に備えて体を休めるべく、ソファに身を委ねるのだった。
体の熱気を冷めた頃には、まばらだった店内に客が増え始めていた。
通路を慌ただしく移動する従業員の様子にも、忙しさが漂っている。
「ちょっと混んできましたね」
「そうねー。だいぶ涼んだし、そろそろ帰ろうか」
あたし会計行ってくるからちょっと待ってて、と声をかけ伝票を掴んで席を立つ。
飲み物を取りに行く客や食事を届ける店員とすれ違いながら、レジを目指した。
「げ」
すると、レジには同じように考えた客が多かったのだろうか。会計機の前に、外から差し込む夕陽に照らされた人達が、短くはない列を作っている。
この分だと自分が戻るまでに寝落ちてそうだな…とあざみのことを考えながら、自分も列の最後尾に収まった。
ようやく会計を済ませあざみのもとに戻ってみれば、そこにはジャスミンの予想通り、今にも机に突っ伏しそうなギリギリまで頭が落ちている姿勢のあざみがいた。
寝かせてやりたいのは山々だが、このままではあざみは首を痛めるだろうし、なにより店にも迷惑がかかる。
「あざみーお待たせ。ほら、帰るぞー」
肩に手を置いて、声をかける。
しかし、んん…と呻いて反応はするものの、完全な覚醒には至らないようだ。
ジャスミンは少し強めに、体をゆすった。
「ほら起きな〜首いわすぞ〜」
そうして何度か声をかけると、あざみは急にパッと顔を上げた。
パチパチと瞬きをして、辺りを見回している。
「やっと起きたな。会計済んだし行くよ」
そう端的に告げると、ジャスミンは返事を待たずに出口の方へ足をを向けた。
しかしあざみは自分の足を見つめたまま、立ちあがろうとしない。
否、できなかった。
気づかずに歩き出そうとするジャスミンの背中に、静かな、それでいてハッキリとした言葉が届く。
「立てません」
歩き出す寸前のところで聞こえてきた声に、反射で動きが止まった。遅れて言葉の意味を理解する。
「……はぁ?何言って」
「ですから、立てません」
突然訳の分からない事を言い出した後輩を振り返ると、そこにはこちらを真っ直ぐに見るあざみがいた。だが、どこか様子がおかしい。
………違う。これは、あざみの姿をした…。
「……センター長?」
「はい」
「あ〜〜〜、マジかぁ…」
思わず天井を仰ぎながら、彼女は即座に状況を把握した。
つまり、ここ最近の疲労に耐えきれなかったあざみが寝落ちた結果、たまたまうっかりセンター長が表に出てきてしまったのだろう。
「あざみーは?代われないの?」
「さっきから何度か呼びかけているのですが…かなりお疲れだったようで、びくともしませんねぇ」
と冷静な口調で、見た目はあざみのセンター長が返事をする。
普段は感情のままにコロコロとよく表情がよく変わるあざみだが、今は冴えざえとした目つきで、およそ普段の彼女とはかけ離れた顔をしている。
表情以外はあざみでしかないのに、表情が変わるとこんなにも印象が変わるものか、とジャスミンは嘆息した。
正直彼らの意識がどのように成り立って生活しているのか、ジャスミンには分からないでいる。
あざみの時には問題なく動く足が、センター長になると動かなくなることや、意識の交代がどう行われているかなど、改めて考えれば気になることは多い。
だが、動かないと言われれば動かないのだろうし、代われないと言われればそうなのだろう、と受け止めるほかなかった。
「そうかこういうパターンもあるのか…」
「私はあざみさんが起きるのを待って帰りますので、あなたは先に帰ってくれて構いませんよ」
「もうレジ済ませちゃったし、そういうわけにもなぁ」
車椅子なんてすぐに用意できるものではないし、あざみだっていつ起きるか分からない。
どうしたものかと悩むジャスミンに対して、こんな状況でもセンター長は焦るそぶりもなく涼しげな顔をしている。
本当に、全く何を考えているか分からない。
見た目だけはあざみーなのにな…と思ったところで、あ、と閃いた。
思いついたら即行動、とセンター長の前にしゃがんで背中を差し出す。
「ん」
「………どういうことかお聞きしても」
まるで理解できない、というような困惑の滲んだ声が届いた。
普段、何もかも見透かしたような態度ばかりとるセンター長にしては、珍しく察しが悪い。自慢の千里眼でもこの結果は予測できなかったようだ。
きっと今振り返ったら、目を見開いてきょとんとした表情をしているのかもしれない。
想像したら、その表情は少しだけあざみに似ている気がした。
「おんぶ。背負ってあげるから、帰るよ」
「…あなたにそこまでされる事は」
「こんなの何でもないって。ほら、乗って」
そうして背負う姿勢のまましばらく待っていれば、小さな声で、失礼します、という声が聞こえおずおずと肩に手が触れた。
時間をかけて、躊躇いがちに、ぎこちなく体重が乗せられる。
近くにいた客が不思議そうにこちらに視線を向けたが、それもすぐに外された。
よっ、と一度深く背負い直して、出口に向かって歩いていく。
自動ドアを抜けると、傾いた日差しと茹だる熱気に包まれた。
車を駐めてある駐車場まで歩いていく。
充分に冷やされたはずの体は、真夏の熱気と背中の体温であっという間に汗ばんでいった。
何度か背負い直しながら、歩みを進めていると、ふいに頭上からポツリと声が降ってくる。
「すみません」
一瞬何を言われたのかわからず、耳に届いた音を反芻した。
どうやら、彼なりにこの状況を申し訳なく思っているらしい。
理解した途端、今すぐ後ろを振り返ってその表情を確かめたい衝動に駆られた。
けれども相手を背中に背負っているこの状態ではそれは叶わず。今振り返れないのが惜しいなぁと思いながら、せめてもと長く伸びた二人分の影、その顔のあたりを見つめてみる。
当然影は真っ黒で、自分も相手も、どんな表情をしているのか分からなかった。