文化祭。生徒会長の九条天は、生徒会役員の仕事である校内の見回りも兼ねて3階にある料理部を訪れていた。
「和泉先輩って、そういえば料理部の部長でしたね。」
「そういえばってなんだよ。模擬店申請で名簿出してたじゃんか。」
沢山の学生客で賑わう模擬店から顔を出しもの言いたそうな顔で天を迎えたのは、ひとつ上の和泉三月先輩。天が言った通り、料理部の部長を務めている。
「そうなんですけど、運動部のイメージが強くて。よく助っ人で入ってるんでしょう?」
天は三月に案内され、髪をバンダナでまとめて調理室へ足を踏み入れる。
「料理部が週1だから、助っ人してる日の方が多いかも?」
天は備品のバインダーを片手に、指差しで衛生状態を確認していく。
「ほら……。うん、うん、アルコール、使い捨て手袋、問題なし。」
「な、なぁ、九条……、」
淡々とバインダーと調理室を指差し確認していく天に、三月は何やら言いたげな表情で熱い視線を送る。それに気づいてか気づいてないのか、天はなんでもないような声で尋ね返す。
「なんですか?」
「……いや、なんでも……」
言い出せないでいる様子の三月に、腰を下ろしてオーブンを見ていた天は小さくため息をつく。
「……、そうですか。……はい、点検終わり。」
バンダナを取って天が立ち上がると、三月は片手に乗るほどの小包を手渡した。
「あ、そうだこれ。仕事人間のお前だからさ、ちゃんとお昼食べてないだろ。」
中身はミニドーナツが5つほど。天はバインダーを脇に挟み、両手で受け取った。
「小さくて食べやすいしさ、時間できた時に1個ずつ食べてよ。」
三月はニッと歯を見せて笑う。
「……ありがとうございます。嬉しい。」
天はその小包を見て口元を綻ばせる。
「それでは、次もあるので行きますね。模擬店、頑張ってください。」
「うん、九条も見回り、頑張って……。」
調理室を出てすぐ傍の下階に繋がる階段を降りていく天を、三月は寂しそうに小さく手を振って見送る。
天が踊り場を過ぎて三月から見えなくなった時だった。
「九条!」
実行委員によって色とりどり飾られた階段を、踊り場まで三月は駆け下りた。天はその声に足を止め、振り返って三月を見上げ首を傾げる。
「……?」
「あの、さ、後夜祭って……、誰かに誘われてたり、する?」
三月は顔を真っ赤にして、もじもじとしながら尋ねた。
「……そうですね。何人かの女子に誘われたかな?」
三月の意図に気づいているはずの天は人差し指の先を顎に当て、絵に描いたようなあざといポーズで答える。
まぁそのポーズには目もくれず、答えを聞いて三月はしゅんと頭を垂れる。
「そっか……」
「ですが、全部断りましたよ。」
天が笑みを含んだ顔で答えると、今度は三月の表情がぱああっと明るくなる。
「それって……!」
「生徒会で後片付けがあるので。」
続いて天が放った言葉に、三月は肩を落としてまた俯いた。
「あ、そう……」
なんだか申し訳ない気持ちになった天は、逆に尋ね返した。
「和泉先輩は……、それが聞きたかったんですか?」
「……九条と、一緒に居れたらいいなって思って。だけど仕事があるなら……仕方ないよな。」
三月は諦めたように眉を下げて笑った。諦め慣れている彼の瞳に、天はもどかしく感じる。
だから、手を伸ばすように声をかけた。
「……後片付け、手伝ってくれるなら。一緒にいてもいいですよ。」
「本当に!?」
三月の目が輝いた。ころころと変わる彼の表情に、天はくすりと笑った。
「ボク、そんな嘘つきませんよ。」
「九条の仕事なくなるくらい手伝うよ!力仕事は任せて!よっしゃー!気合い入ってきたー!模擬店も頑張るぞ!」
高揚した様子で拳を掲げる三月に、もう、と天は呆れたように笑う。
なんて単純な先輩。まあ彼は、それだけではないんだけど。
「期待してますよ。それではまた、後夜祭で。生徒会室で待ってますね。」
そうやって三月を背に階段を下る天の口角も上がっていた。