ぱちん、ぱちん。
風呂上がりの天がリビングに入ると、爪を切る音が響いていた。
音の正体は三月。テーブルで手の爪を切っていた。
天は向かいの席に座り、両手で頬杖をついた。
「三月の爪は、いつも短いね。」
「ああ。」
三月は自分の爪から視線を動かさずに答える。
「料理するから、短くするようにしてる。」
衛生上の観点からも、爪を短く整えることは大事だ。
次に三月は爪切りのやすりで爪先を整え始める。
「それにさ、昨日ヤった時……お前の背中に傷つけちゃったし。」
三月が爪を整えるために下を向いているだけなのだが、それは落ち込んでいるようにも見えて。
「しばらく脱ぐ仕事ないし、大丈夫だよ。」
「それでも痛かったろ。お前が着替えてるときに跡が見えて……いたたまれなくなってさ。オレ自身のためなんだよ。」
そう言って三月は念入りにやすりをかける。
「まあ、切りすぎて深爪にならないならいいけどね。キミ、本番は夢中になってセーブなんてできなさそうだし?」
天は笑みを浮かべ、意地悪言い方をする。
三月は一気に赤面した。
「うっ……。そ、そうだよ。て、天のせいだからな。お前が……す、すごいから……。」
三月は照れを隠すように何度も何度も爪にやすりをかける。
「ストップ。それ以上はさすがに指まで削れるよ。」
天は三月のやすりを持つ腕を掴んで止めた。
「あ、ごめん。」
三月は素直に謝る。
天は三月の腕を掴んだままゆっくり立ち上がる。
三月が天の方に視線をやると、天は三月に顔を近づけた。
「ねえ。それだけ爪を短く整えたってことは、準備はできてるってことでいい?」
至近距離に迫ってきた端正な顔立ちと甘い囁きに、三月はごくりとつばを飲み込んだ。
「ふふ、喉鳴ってる。お腹いっぱいにしてあげるね。部屋で待ってるから。」
そう言って天は寝室に向かう。
三月は顔を真っ赤にして、すごすごと浴室に向かった。