【天みつ】紅葉よりも列車を降りる。空気がおいしい。
改札のない駅。駅員に切符を手渡す。
木造の駅舎を出る。辺り一面の華やかな紅葉に出迎えられた。
ここは紅葉の名スポット。今日は旅行雑誌の撮影だ。
撮影スタッフは車で来るらしいが、まだ到着していないようだ。
「ん?九条?」
よく知ってる声が聞こえた。
声のする方に体を向けると、そこには和泉三月が……大きな機材を抱えていた。
「えっと……どうしたの?こんなところで、大きな機材持って……」
「さっきまでロケしてたんだ。オレ力持ちだから、スタッフさん手伝ってる!」
「あ、そう……。」
彼のことだから、息をするように女性スタッフから機材を攫ったのだろう。
普段は結構おっさん臭いくせに、時々彼は無自覚に人を恋に落とすところがある。
「九条は?こんなところで会うなんてすっごい偶然じゃんか。」
彼はあどけなく笑う。ボクもつられる。
「ボクもこれから撮影。雑誌のね。」
「ここ、紅葉めっちゃ綺麗だもんな~!あ、そうだ。許可が出たらなんだけど、」
ボクは首を傾げた。
「撮影、見学していい?」
楓の木々が並ぶ神社の境内。
カシャカシャと小気味よく鳴るシャッター音。
撮影スタッフに混じってまっすぐにボクを見つめる彼の視線。……正直、むず痒い。
彼の視線はとても真剣だ。一生懸命に、ボクの撮影からアイドルとしての何かを得ようとしている。
ボクの気持ちも知らないで、熱い視線で差すのだ。
「それじゃ、1つ紅葉の葉を手に取って写してみましょうか。」
そうやってスタッフから渡されたのは大きく形の良い紅葉の葉。
「すっげー綺麗な紅葉だな!色鮮やかで、目が離せなくなりそう!」
彼はそう言った。
だけれどボクは。
どんなに色鮮やかな紅葉の葉よりも、それから目が離せない。
手元の葉を和泉三月のいる方へとかざした。
ボクの視線は真っ赤に主張する紅葉の葉の、その先。
紅葉のような、そして紅葉よりも鮮やかなその瞳、
紅葉のようで、紅葉よりも爽やかに秋風になびくその髪、
いつまでも、この美しい景色を視界に収めていたいとさえ思う。
翌月、今回撮影された写真が掲載された旅行雑誌が発売された。
特に紅葉の葉を使った写真は好評だった。
紅葉に想いを馳せる表情が印象に残ったと、和泉三月も褒めてくれた。