一番後ろの席でTRIGGERのリハーサルを終えた後。
案内図を頼りに、上へ上へと階段を上っていく。アリーナからスタンド、2階席、3階席。壁の向こう、会場の中からリハーサル中のRe:valeの歌声が聞こえる。扉を開け客席へと出ると、その音は急激に大きくなる。
「こんなところで何やってるの?」
「あ、九条。お疲れ。もしかして誰かオレのこと探してた?」
客席の一番後ろの席。そんなところに座って各グループのリハーサルを眺めていたのは、IDOLiSH7の和泉三月だった。
「別にそういうのじゃないよ、キミがここにいるのが気になってきただけ。キミたちのリハーサルが終わってから、ずっとそこにいるよね。」
TRIGGERのリハーサル中、ステージにいた天は客席の一番後ろに人影を見つけた。その明るい髪色から、三月だとすぐにわかった。
「一番後ろの席だとどんな風に見えるのかなって思って見に来たんだよ。例えば、オレ目当てで来てくれた子が一番後ろの席になっちゃったとしても、満足して帰ってもらえるようにって。今回はトロッコもバックステージもないしな~。」
三月はRe:valeのステージを眺めながら言う。
「そう。キミらしいね。」
天はそう言って三月の隣の席に腰掛けた。
「まあ、オレが一番小さいから、一番目立たないだろうしな……。」
三月は前の席の背もたれに腕を乗せ、体重をかける。
「……キミはキミ自身が思うよりちゃんと目立ってると思うけど。」
天の言葉に、三月は天に視線を移した。
「むしろ大きく動くから、ボクもキミが一番小さいことをすっかり忘れてたくらい。」
三月は柔らかく顔をほころばせた。
「そっか。九条が言うんなら、ファンの子にもきっとそう見えてるんだろうな。九条はこういう時は嘘つかないから。」
「妥協する意味がないからね。」
キミも自分自身に対してはそういう人種でしょう。
「そう、九条のそういうとこ、好きだわ。同じアイドルとして、すごい頼りになる。」
三月は再びRe:valeのステージに視線を向ける。ステージ上には大道具の鏡が並べられていて、2人は立ち位置を確認している。
「このステージを一緒に作る仲間の中にキミがいること、ボクも誇りに思ってるよ。」
最後の全体曲、全体練習を始めた頃は三月は歩幅が小さいからか、立ち位置の移動の時に何度か遅れたり他のアイドルにぶつかったりしていた。だが、日を重ねるごとに三月の移動はスムーズになり、最近の全体練習では完璧に仕上がっていた。実は環が動きやすい配置に替えようかと提案したものの、三月はそれを断ったという。普段一緒にレッスンすることがないから気づかなかったけれど、彼はボクが思っていた以上に影で努力しているのだと知った。
「そういえば、キミはゼロに憧れてアイドルになったんだっけ。」
「うん、そう。」
「あのステージから見る景色は、ゼロも見たことない景色だ。……キミはどんな気持ちで、それを見るのかな。」
天も前の席の背もたれに腕を乗せた。ステージをぼうっと眺める。ゼロがいた時代には存在しえなかった会場。新しい時代の、新しい景色。ボクたちが新しく作る時代を、彼はどのように思っているのだろうか。
「……多分、ちょっと怖くて、でもそれ以上にワクワクしてるんだ。でも、ゼロが見たとかは関係なくて、いつもそう。」
天は目線を横に移し、三月を見た。三月は甘く笑っていた。
「そして、これもいつもそうなんだけど、一緒にステージに立つお前らや、応援してくれるファンの子達を見ると、怖いのはいつの間にかなくなってるんだ。仲間がいるって、応援してもらえるって、すごいパワーになるよな。」
「わかるなぁ。」
きっとゼロも、新しい景色を見るときはこんな気持ちだったのだろう。想像することしかできないが、きっとそう。
せりに乗った椅子が、ステージの中央に登場したのが見えた。
「Re:valeの次のリハーサル、キミたちだよね。そろそろ行った方が良いんじゃない?」
天が三月に言うと、三月はスマホを見ながら立ち上がった。
「確かに。マネージャーからも丁度ラビチャ来たわ。……そういえば、九条は何しにここに来たんだよ。オレとおしゃべりに来たわけじゃないだろ?」
「ううん、おしゃべりに来たんだよ。」
天の答えに三月は一瞬目を見開いたのち、その目を細めて微笑んだ。
「そっか、なんか嬉しいな。良かったらさ、そのまま席でオレたちのリハ見ててよ。」
「うん、そうするつもり。」
「振りが見えづらいとことかあったらあとで教えて。」
「うん。」
そして、三月は駆け足で扉の向こうへ行ってしまった。
三月のファンの子たちはきっと幸せだ。たとえ一番後ろの席になったとしても必ず、和泉三月が幸せにしてくれる。
ボクは一番後ろの席で、次のリハーサルを待っていた。