一年の節目 對馬を守った四人の冥人たち──鎧武者の侍、凄腕の女弓取、妖術を使う牢人、狐面の刺客。日夜、蒙古や鬼どもと人知れず戦う彼らにも休息の一時がある。
「おい、今日のメシは何だ?」
日が暮れる頃になると、刺客はこの時だけ騒々しくなる。腰に得物を差したまま、小屋を出たり入ったり。
台所には、軽装で笠も面頬も外した牢人が立つ。その手元を後ろから覗き込んでは、やれ、これは何だ、あれは何だ、と刺客は質問攻めだ。それにいちいち答えてやる彼の寛容さに、弓取は毎度感心していた。
「前から思ってたけど、あんたって料理も裁縫もできるし性格も静かでさ、出来た女房みたいだよねぇ」
汁物の味見をするため、小皿を口に当てていた牢人は、そのまま居間へ振り向いた。
「世辞だと思っておくぞ。不味いよりは美味い飯を食いたいだろう」
「まぁ、そりゃあね」
生憎と、この冥人四人衆のうち紅一点である弓取は、料理の才に恵まれていなかった。初日、それはそれは、食材が哀れになるほどのものを拵えてくれたものだ。以来、心得のある牢人が食事を担当することになった。
「人にゃ、得手不得手ってもんがあるのさ」
弓の弦を手入れしながら独り言ちる弓取。
あれこれと言うつもりは毛頭ない。戦場でも、牢人は弓取の遠距離攻撃に、弓取は牢人の回復に、幾度も助けられている。もちろん、刺客や侍とも同じ。
長所と短所は、お互いに出来ることで補い合えばよいのだ。それが同志というもの。
「そういえばさ」
ふと思い出したように、弓取は牢人の隣に立つ男の方を向いて言った。
「刺客は、いつ生まれたのか全く分からないのかい?」
「知らんなあ、いつの間にか生きてたからな。どこで誰が生んだのかもサッパリだ」
淡々と、どこか他人事のように刺客は答えた。
そのやりとりを黙って聞きながら、牢人は汁物を小皿に掬って最後の味見をした。
「……よし、出来たぞ」
ちょうど囲炉裏の鍋の粥も食べ頃だ。弓取は、侍を呼んでくる、と言い残して出ていった。
「今日のはなんか、いつもより具が多くないか?」
椀を半分ほど啜った刺客が、牢人を見やる。その相手は涼しい顔で、ニヤリと笑った。
「気が付いたか。今日は特別な日だ、お主は覚えておらんだろうがな」
「特別ゥ? なんかあったか?」
「当ててみろ」
記憶に残っていないだろうと自ら言っておきながら、その答えを当てろと無茶を言ってほくそ笑む。いつもなら、それは刺客の態度だ。
「意地が悪いぞ、牢人」
「お主に言われたくはないな」
くくく、と牢人が笑う。刺客は仏頂面で頭を振った。牢人の笑う顔は好きだ、だが、そういうのじゃない。
「全部喰っちまうからな」
「おい、答えは」
「知らん! 後だ、後。メシが不味くなる」
「んん……それは困るな」
がつがつと乱暴に貪っている様子を、満足そうに牢人が見ている。ふと、彼が食べ進んでいないことに気が付いて、刺客は手を止めた。ゴックン、と喉が大きな音を立てる。
「おい、おればっかり食ってるぞ」
「そうだな」
「お前も食え!」
「あぁ、食べるとも。お主が腹一杯になってからな」
「おれのせいで痩せたら困る、食え」
そのセリフで一瞬、呆気にとられた顔をしてから、盛大に破顔して牢人は声を上げて笑った。
「お主に気を使われるとは」
「さっきから笑いすぎだ」
「くく、すまん」
薄っすら涙目になりながら、牢人はまだ笑っている。苛立ちを募らせながら、刺客は本当に、牢人の分も食べきってやろうかと思った。
「変わったな」
「なにがだ」
「お主がだ。当時は野生の狐のようで、手当やら何やらと苦労したものだったが……一年前の、ちょうど今日なのだぞ」
ぴた、と刺客の手が止まる。
「そうだったか?」
目を丸くする顔に、牢人は頷いて応えた。
「生まれた日が分からぬとも、何かの記念日をそれにすれば良いと思うてな」
要するに、出会って一年の節目であるから、それを刺客の誕生日として祝おうということだ。この夕餉の具材が刺客の好物で、たっぷり腹を満たすほどの量を用意したのも、そういった意味を込めての事だったのだろう。
「また一年よろしく頼むぞ、刺客」
「おまえ、いいヤツだな」