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    omoch117

    @omoch117

    文章書いて自給自足が趣味のゲーム脳おばさん。左右非固定、NLGLBLなんでも食う。
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    omoch117

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    テンゾとジンさん、壱岐での小話。

    夏の日 目を覚ました――眼前の風景に馴染みがない。薄明るく、ひんやりと夜の空気が留まるなか、小さな海賊の小屋に寝ていたようだ。
     ぼんやりした頭、垂れた髪に邪魔される視界、半ば夢をまだ見ているような心地のまま布団から這い出た。
    「う、む……確か、昨夜は……」
     あぐらをかいて座り、崩れた着物の合わせを整え、帯を締め直す。周囲を見て目に入るのは、無造作に転がる瓢箪、盃、枕、そして初老の男。
     そうだった、と仁は呟いて、派手にイビキをかく男の枕もとに膝をつき、肩を揺すった。
    「おい、丶蔵。起きろ」
    「ん、んん〜……」
     ところが男は寝返りをして仰向けになったきり、目を覚ます気配はない。
     夏の風に乗って潮の香りが漂ってくる。港では早朝から漁に出るのだろう、海賊たちの声が聞こえてきて、しこたま酒を呑み騒いだ夜中から、そう経っていないのだと思い至った。
    「急ぐ用も無いか」
     安らかに寝息を立てる丶蔵の隣に、起こさぬよう静かに身を横たえ、目を閉じた。


     ベタつく不快感に、二度目の覚醒をした。むくりと上体を起こし、隣を見やると、寝付く前に傍らにいたはずの男は既にいない。
    「おう。起きたか、侍」
    「あぁ」
     低い机に向かい、あぐらをかいて座る丶蔵を見て、その手もとに関心が向く。
    「丶蔵、縫い物をするのか」
    「まァな、こんな生活してると、すぐ破れただの穴空いただのと、日常茶飯事だ。男でも、こういうのが必要になるってもんさ」
     器用に針を操り、ふたつの布切れを繫ぎ合わせていく。その動きに、かつて見た母や乳母との穏やかな記憶を重ねる。やってみたいと申し出て、意外に難しく、思うようにいかずに音を上げたことを懐かしむ。
     感傷に浸る暇はない、と頭を小さく振り、汗でベタつく首に張り付いた髪を後ろ手に纏める。丸く団子にし、そこまでやってから仕上げの紐が見当たらないことに気が付いた。もしや昨晩の小袖の下に隠れているのではと、探り始めて。
    「お探しのモン、これだろ」
     と、振り向けば丶蔵が立ち、差し出してくれていた。思わず笑みがこぼれ、
    「おお、それだ。助かった」
     受け取り、慣れた手付きでするすると髪を小さくまとめる仁。それを見た丶蔵が感心したように、ふぅん、と呟く。
    「上手いこと纏めるよな。ひとつに縛るだけでもいいんじゃねぇか?」
    「確かに手軽ではあるが、それでは風に吹かれ目に当たるかもしれぬだろう。戦いの最中、命取りになりかねん」
    「それも一理あるが。まぁ……そうさな、お前さんは、その髪型が似合ってるぜ」
     裁縫作業に戻りながら丶蔵が言う。例え命が危険に晒されようとも、頑として『おカタい侍さま』をやめなかった男だ。ここ壱岐島にあって、海賊の拠点に寝泊まりするほど馴染んでいても、それは易々と変わらないのだろう。
    「それで、今日はどうすんだ」
     端まで縫いきり、ダマを作って糸を止め、歯で噛み切った。
    「特に大事の用はない、皆の集落修繕を手伝おうと思っておる」
     袴を着込み、その上から鎧を重ねていく。ヒラヒラの服でさえ汗ばむこの気候の中、よくそんな見るからに暑そうな格好ができるものだと思う。
    「……まだ、侍に気を許してないヤツも多い。気を付けろよ、仁」
    「あぁ……そうだな」
     腰に刀を差し、どこから見ても立派な『侍』に扮した仁を見て、丶蔵は何やら思いついた風に言った。
    「あえて海賊のフリをするっての、有りかもしれねぇぜ?」
    「ははっ、俺が海賊の服を着ると?」
    「案外、似合うかもな。お前さん、若いしガタイもいい」
    「必要になれば着ることも、あるやもしれぬ」
    「相変わらず、カタいねぇ」
     苦笑する丶蔵を残し、仁は外へと出掛けて行った。いつ背後から矢を射られるとも、草むらから斬り掛かられるとも知れぬ男だ、暑さなど気にしていられない現実もあるのだろう。
     この壱岐に居る間、せめて、この海賊の拠点にいる間くらいは楽な格好で出歩いても許されるはずだ。
     彼が戻るまでの間、ひとつこしらえてやろうと思い立って、丶蔵はまた針と糸、数々の布切れと向かい合って裁縫を再開した。



    (おわり)
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