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    omoch117

    @omoch117

    文章書いて自給自足が趣味のゲーム脳おばさん。左右非固定、NLGLBLなんでも食う。
    絶賛、ツ島の刺と牢で狂ってる。

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    omoch117

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    ほのぼのイチャついてる刺牢の日常を贈りたかった。
    お誕生日おめでとう!

    花遊び「なぁ、牢人。さくらは好きか?」
     唐突に、刺客が問い掛けた。外へ出ようと仕度し始め、もう立ち上がるだろうという頃合になって、急に振り向いてきたのだ。
    「桜か……其処彼処で咲いておるな。花は嫌いではない、寧ろ好む方だ」
    「そうか。うん。わかった」
     顎に手を当て、何やら思案した様子で立ち上がり、そのまま障子戸に手を掛ける。
    「何処か、出掛けるのか?」
    「おう、ちょっとな」
    「夕刻迄には」
    「戻るさ、メシが冷めるまえに」
    「ならば良し」
     向かう先も、その用にも、牢人は関心を持たないし訊くこともない。二人で夕餉を食すこと、それが何より大事なのだから。余計な詮索をしない、それは信頼の証なのだと彼らは互いに知っている。
     じゃあな、と短く言ってから刺客は戸の向こうへ姿を消した。それを見送ってから、牢人もまた腰を上げる。出掛ける支度を済ませ深編笠を手に。
    「さて、青海だったか。久方振りだ、今年も拵えておれば良いのだが」

     豊玉の桜は青海が見事だ。
     梅が散り、刺すような空気も去り、朝から小鳥が囀り始める頃合い、白無垢の花弁が雪のように舞う。そこだけ、まるで暖かい冬。

     もともと豊玉の出身である牢人にとって、この地域のことならばおそらく、刺客よりも詳しいだろう。彼が育った寺でも噂になっていたかもしれないが、桜の名所として對馬に知られる青海の村がある。そこにはしばらく足を運んでいないものの、牢人がまだ少年だったころから世話になっている、絶品の桜餅を作る家があるのだ。
     数刻ほども歩けば、心地よい春風に乗って米を炊く香りが鼻をくすぐる。それに混じって、小豆を練った菓子の匂い、それと独特の風味。
     かまどから絶え間なく湯気を立てる一軒の小さな屋敷に立ち寄ると、牢人は笠を外して、
    「久しぶりに参った、息災か」
     台所で忙しなく手を動かしていた、腰のすっかり曲がった老婆が顔を上げる。戸口に立つ牢人の姿を訝し気に目を細めて見た後、驚いた顔をして慌てて走り寄った。
    「そう急がずとも良い、転んでは一大事」
     老婆はニコリと柔らかく微笑む。牢人の腕や肩を、まるで記憶より大きくなったと喜んで確かめるように、ぽん、ぽん、と手で叩いては顔を綻ばせた。不意に、牢人の顔を見た次に、湖に浮かぶ小島へと目を向けると、屋敷の奥へ姿を消してしまう。
    「どうかしたのか?」
     ややあって、両手で大事そうに何かを抱いて戻ってきた老婆は、包みを牢人の目の前に開いて見せた。そこには、何とも良い香りを放つ、桜の葉で包まれた餅がふたつ。
    「はは、俺の好物。覚えておったのか……しかし何故二つも」
     ふわりと微笑んだまま、老婆は青海湖の方を指差した。その、先に――広々とした湖面のなか、ぽつんとある中島に、桜の大樹がそびえていて、その枝に人影が見える。心なしか、その容姿に見覚えが。
    「……刺客?」

     豊玉にはたくさんの桜が咲いていて、キレイだ。
     よそでも桜はあるが、青海の湖にある大樹だけは格別なのを知っている。
     寺の坊主たちも口々に、あそこは特別だ、不思議だ、面妖だと噂していたものだ。

     名を呼ばれたような気がして、刺客は目を開けた。いつの間にか、うとうと寝込んでいたようだ。深く息を吸い込めば、狐の面をしていてもハッキリと、桜のさわやかな香りが胸を満たす。
     きい、きい、と木材の軋む音。
     ばしゃんと水音がしてから、聞き覚えのある心地よい声が刺客の耳に届く。
    「おい、そんな処で何をしておる」
     ふわあと大きなあくびをし、枝に寝そべったまま伸びをする。ひとしきり身体を解してから上半身を起こして、怪訝そうにこちらへ視線を向ける相棒を見下ろした。
    「なんだ、お前も来たのか」
    「よくも、枝の上なぞで眠れるものだ。それに春とはいえ、まだ寒い」
    「平気だ、ここは温い」
    「そう云う奴が風邪を引くのだぞ」
    「クックク、童じゃあるまいし」
     刺客が肩を揺らし、牢人は肩をすくめた。
     その時。ひときわ強い風が吹き、桜の花弁が吹雪いて視界を覆う。
     巻き上がる植物の欠片に混じって、何かの不吉な音が聞こえた気がして、牢人は血の気が引いてしまう。
    「し、刺客!?」
     花弁を掻き分けて寄ってみれば、何事もなく刺客がそこに立って首を傾げている。
    「ん?」
     心配そうにする顔が滑稽に見え、刺客はニヤリと笑って狐の面を外し、顔を晒して見せた。
    「なんだ、落ちたとおもったか?」
    「いや」
     案の定、眼を逸らして追求から逃げようとする牢人の態度に、ますます刺客のイタズラ心が刺激されて笑顔になっていく。
    「このおれが、おっこちるワケないだろう。過保護だなあ、牢人は」
    「お主、そんな言葉ばかり覚――」
     ぶわり、と花弁を牢人の頭からぶちまける刺客。
    「な、何をする!」
    「ははは、水遊びならぬ、花遊びだ!」
     この青海の大桜は、ほかの桜が咲き出す頃から桜吹雪をまとい始める。そうして、花の数と合わないほどの花弁が落ち続ける、不思議な樹なのだ。
    「たまには、いいだろ牢人! 牢人も遊べ!」
    「やれやれ……今日だけだぞ」
     牢人が乗ってきた小舟に、飛び散る花弁がひらりひらりと、少しずつ木目の表面に白い模様を打つ。
     彼自身も忘れてしまっている。二人で分けようと持ち寄った桜餅のニオイに、刺客が気付くのはいつだろう。



    (おわり)
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