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    omoch117

    @omoch117

    文章書いて自給自足が趣味のゲーム脳おばさん。左右非固定、NLGLBLなんでも食う。
    絶賛、ツ島の刺と牢で狂ってる。

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    omoch117

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    いつもの年上牢と年下刺のコンビを客観的に書いてみたくて始めたもの。
    年下の牢人と年上の刺客を加えた四人で百鬼九死を突破するまでの、わちゃわちゃバトルしてイチャついてあれやこれやの話。

    刺2牢2で、黄昏の分身ステの百鬼九死 パシパシと、頬を叩かれている感触。覚えのあるような、ないような、近いようで全く違う、しかしそれは相棒と同じ声だ。
    「おい、起きろ」
     急くような言葉に、何か厄介事でも起きたのかと危惧した牢人は、重たい瞼をどうにか抉じ開ける。ところが目の前にいたのは、予想していた男の姿ではなかった。確かに黒い旅人の装束ではあるが、胸元は開いておらず、全体的にしっかりした生地で作られている。
    「ようやく、お目覚めか」
     うんざりしたような、ホッとしたような、複雑な表情。その声も、顔も、見知った相手とまるで同じではあるが、目の周りのシワなどを注視すれば、年齢はいくばくかこの者の方が上ではないかと思われた。
    「お主……何だ?」
     思わず、脳裏に思う相手に、初めにかけられたのと同じ言葉を口にする牢人。地面に転がっていた赤黒い狐の面を拾い上げて、それを着けた男は、ただ一言。
    「刺客だ」
     そう残すと駆け出し、鉤縄を用いてどこか遠方へと去って行ってしまった。
     一人残された牢人は、現状を理解するため記憶の糸を手繰る。気を失う――倒れる前は、何があったのだったか。


     その日は、しばらくぶりに荒屋に帰還した。
     世話になりっ放しな弓取の屋敷は、傷を癒やすには最適だが、整い過ぎていて落ち着かないのだ。どうしても、似たような屋敷に住んでいた過去を思い出してしまうというのも理由の一つで、弓取の方もそれを解っているから、牢人の行動を咎めない。
     待機しているものと思っていた刺客が、鬼の討伐を済ませたばかりなのだろう、砂埃で服をまだらに染めて、腰に得物を挿したまま軒下に腰を下ろしていた。牢人の姿を見るなり立ち上がり、歓喜の声を上げる。
    「牢人、終わったな!?」
    「ああ、終わったぞ」
     面頬の奥で微笑みながら、同じ言葉をやまびこのように返す。
    「ケガしてないか?」
    「ふん、甘く見るな。お主こそ香が必要ではあるまいな?」
    「今度はへいきだ!」
    「うむ、良し良し」
     白い狐面の鼻先を撫でてやれば、その奥から照れくさそうな呟きが漏れて、面に掘られたつり上がった目が細められたような気になってくる。牢人より少しばかり若いのだろうが、それにしても少年のような仕草だ。
     日差しは暖かいものの、日中といえども冬の最中で風が冷たい。牢人は身を縮め、刺客とともに隠れ家へと歩を進めた。
    「今日なぁ、ヘンな場所だった」
    「何時も変といえば変だが」
    「鳥居でてこねぇし、とにかく蒙古やら何やら、わいてくる。つかれちまった!」
    「ああ、九死へ行ったのか」
     入り口となる障子戸はめちゃくちゃに破れて、その役目がないように見える。一見して風雨を凌ぐことは不可能なボロ屋を装っているが、その内側には板を張っているため、よほどの嵐でなければ耐えることができるのだ。
     ガタつく引き戸を開け、ほんの少しカビ臭くなってしまった我が家へと足を踏み入れる。
    「きゅーし?」
    「侍から聞いたことがある。語り部の新作だと」
    「なるほどなァ」
     刺客は寒さも汚れもお構いなしといった風で、畳にゴロリと転がる。腰の得物は邪魔にならないのだろうか。
     囲炉裏に火を起こそうと、薪を積みながら牢人は続けた。
    「場所によっては九死にのみ出現する蒙古もおるとかいう話だ」
    「たのしかったな!」
    「楽しくは……いや。愉しい、かもしれんな」
     さて落ち着いて座ろう、と腰の刀に手を掛けた、その時だった。

    『これは、わしも好きな話』

     いつもの声がして、ちょっと待てと言う叫びも虚空に掻き消され、瞬きの間に景色はガラリと変わってしまった。
    「なん……だ、此処は?」
     黄昏のような夕暮れ時の橙色に染まった風景、壊れて崩れかけた家屋が所々に建ち、赤く太い血管のような不気味な物があちこちに這っている。
     それだけなら、いつもの赤黒い世界に飛ばされたのだと合点がいくのだが、漂う空気は戦場のそれだ。緊張感に満ち満ちて、どこからか視線を感じたと思えば、鼻先すれすれを矢が飛んだ。
    「おい、そこの! 避けろ!」
     誰かの声、しかしそれを理解する前に、牢人は後方へ飛び退いていた。鋭い殺気をまといながら盾の鬼が槍を突き出し突進してきたのだ、すんでのところだった。
     間髪入れず、背後にまた気配。とっさに屈んで見れば、棍棒の鬼が得物を振り回しているのを視界の端に捉えた。横へ転がり距離を取るものの、立ち上がったときに目の前にいたのは薙刀を持つ鬼、そいつは間髪入れず振り下ろしを仕掛けてくる。
     回避が間に合わない――衝撃に耐えようと受け身を取るが、その一撃は想像を越える重さだ、牢人は刀ごとねじ伏せられ、赤い飛沫が視界を遮る。
    「うっ、ぐぅあっ!」
     あっさりと致命傷を負わされ、悔しさに唇を噛みつつ牢人は力無く地に伏した。
    「チッ、世話の焼ける……!」
     霞んでいく視界の中、黒衣の狐面の男が次々と鬼を斬り伏せるのを見ながら、牢人の意識は暗転した。


     蘇生の手間をかけさせてしまったと、不甲斐なさに自責するが、いつまでもそうしていられる間はない。気配を探れば、三ヶ所ある防衛地のうち二つは既に制圧済みで、残る一ヶ所を攻め落とさんと牢人以外の面子も揃っているようだ。
     米俵の積まれた台車を足掛かりに跳べば、宙に浮く鉤縄を伝って、仲間の元へと空から馳せ参じた。
     そこでは今まさに最後の蒙古兵が、煙玉に姿を眩ませた冥人によって闇討ちされたところだ。その白い狐面と太刀を拭う仕草に、牢人は見覚えがある。
    「刺客……!」
    「おっ、牢人! お前も来たのかァ」
     ニカッと笑ったのだろう、嬉しそうな声が発せられた。そのすぐ隣にいたのは、先程見たもう一人の刺客と、菅笠に白い袴姿の牢人だ。
    「刺客二人に牢人二人……か。侍か弓取が欲しかったんだがな」
     小さく舌打ちをした赤い狐面の刺客は、後から参入した鳥追笠に青い袴の牢人のそばまでやって来ると、
    「おい、鳥追の。お前の伊邪那美はどれだ。風か? 火か?」
    「奥義の話か? 其れならば、よろめきの息吹だ」
    「ほォ、吹き飛ばし型か。聞いたことはあるが、実際に使う奴ァ初めて見る」
     顎に手を当て、上から下から、まじまじと牢人を観察する赤い刺客。
    「九死は不慣れのようだが……さっきみたいな失態は勘弁してくれよ、俺の仕事が増える」
    「其の心配は無用だ――」
     ちら、と白い狐面の男を見やり、
    「奴がおるならば、二度も無かろうて」
     向けられた、その穏やかな目線に、赤い刺客は口の中で「ふぅん」と呟いた。単なる仲間と言うには、いささか別の雰囲気を感じ取ったからだ。
     以前、彼自身にもそう呼べる者がいたのを思い出して、ちくりと胸が痛む。そいつはもう、どこを探しても見付けられることはない。
    「あの菅笠、お主の連れか?」
     鳥追笠の牢人が尋ねる。赤い刺客は、肩をすくめた。
    「まァな……回復特化型のくせに、敵陣に突っ込む危なっかしい野郎だ」
    「成程な」
     冥人の奥義を発動させるためには、ある程度の気力が必要となる。その気力を貯めるのに手っ取り早い手段は近接戦闘なのだが、当然、前線で戦うならば負傷する危険を伴う。
    「一人にせん方が良い、か」
    「そういうこった。悪ィが、気に掛けてやってくれ」
    「承知した」
     鳥追の牢人が頷いた瞬間、狼煙の打ち上がる音が空に響いた。赤い煙は風になびいて霧散する。
     最初に狙われたのは『高所』だ。慣れているのだろう、赤い刺客は菅笠の牢人とともに、すぐさま駆け出した。
    「始まったな。無茶すんなよ!」
    「分かっておるわ!」
     敵影を視界に捉えるや、菅笠の牢人は半弓を構えた。素早く矢を番えて引き絞り、兜のない蒙古兵の頭を次々に射抜いていく。
    「あの弓、浮遊か」
     真っ直ぐに飛ぶ矢を見て、鳥追の牢人が神品の武具の名を呟く。勢いが衰えることなく、落下しない特性を持つ半弓だ。威力に関しては弓取りが鼻で笑う程度のものだが、的確に頭を狙い連射するなら打って付け。
     ぞわり、と背後に気配を感じて振り向けば、そこには壱与の分身の姿が。怪しく笑い、舞を踊る。
    「何処にでも湧くな、貴様は……!」
     言いながら太刀を振るって、弱々しい断末魔とともに倒れる分身を横目に、迫りつつあった槍を風の型で間一髪、弾いてかわす。続けざまに太刀の連撃を浴びせれば、あっさりと蒙古兵は地に伏した。
     やや遠くで、闇烏、と叫ぶ声がする。防衛地に到達する前に、二人の刺客が蒙古と鬼どもを蹴散らしているのだろう。
     だからといって油断はできない。弓鬼などは瞬間的に移動する技がある。敵共の出現場所にばかり気を取られていては、防衛地を奪われることになりかねない。
     牢人たちは弓矢と放心玉をそれぞれ構えて迎え撃つ。予想の通り、紫煙とともに侵入してきた弓取の鬼どもが、すかさず四方から火矢を放ってくる。
    「う、っく! 熱ッ」
     身に炎を浴びながら、菅笠の牢人は矢を番え放とうとするものの、あちこちへ移動する弓鬼を捉えきれない。じきに火傷は体力を奪っていき、片膝をついてしまう。
    「力を合わせるぞ!」
     ぶわっと暖かな風が起こったかと思えば、菅笠の牢人の側に半透明の犬が寄り添っていた。癒やしの香の匂いをまとう式神だ、そういえば自分にも回復手段があったのだ、と、失念していたことに今更気付く。
     鳥追の牢人は、火矢を紙一重で回避しつつ、弓鬼が矢を引き絞る僅かな間を狙って太刀を振るった。近くに現れた弓鬼目掛け、とにかく傷を負わせる。倒しきれずとも。
    「刺客!」
     視線は敵を捉えたまま、鳥追の牢人が叫んだ。駆ける白い狐面が応える。
    「まだだ!」
    「ならば放つ!」
    「分かったァ!」
    「伊邪那美の――」
     白い刺客は急停止し、崖の辺りへと向きを変える。瞬間、黒い紙片のようなものが虚空から生まれ、そこに分身が現れたのを、間髪入れず短刀で突き刺す。
    「――息吹ィィ!」
     鳥追の牢人が発動した奥義によって、五体いた弓鬼とニ体の蒙古兵が一様に吹き飛んだ。鬼が飛ぶ、などという光景を前に度肝を抜かれて呆然とする菅笠の牢人を、式神が小さく吠えて正気に戻す。
     僅かに体力の残った弓鬼が一体、残っている。しかし、よろめいて武具を構えるところではない様子、背後から忍び寄る影に気付くこともなく、首を一突きされて呆気なく倒れた。
    「其奴で最後のようだ」
     鳥追の牢人が、太刀を袖で拭い納刀しながら、ふう、と息をついた。
    「話には聞いておったが、中々に面倒だな」
    「そうだろ、そうだろ。なかなか楽しいよなァ!」
    「はしゃぎ過ぎるなよ、刺客」
     あれだけの鬼の勢をものともせず退けたのだ、熟達の剣士と見えて、菅笠の牢人は太刀を納めながら尋ねた。
    「お主ら、九死は幾度目だ……?」
    「おれは二回目だ! 牢人はこれが初めてじゃねぇか?」
    「そうだな」
    「……は?」
     予想だにしなかった返答に、顎が外れるかと言わんばかりの顔をする菅笠の牢人。
    「あの動きが出来て……初日だと?」
    「鬼との戦闘は、嫌と云う程経験しとるのでな」
    「九死にゃァ、行善の呪いも捕虜の心配もねぇから気がラクだ!」
     なあ、と同意を求める刺客に、深く頷いて見せる牢人。そのさまを見て、なるほど、と菅笠の牢人も合点がいった。
    「百鬼奇譚でもやり込んでおるのか……さぞかし付き合いも長いのだろう」
    「そうさな、半年にはなるか」
    「はん……と、し!?」
     目を見開き、驚きのあまり引きつった笑みのまま固まってしまう。
    「どうかしたか?」
    「い……いや、気にするな……」
     実を言えば、菅笠の牢人と赤い刺客とが出会ってからも、もうじき半年が経とうとしていた。未だに彼らのような連携の取れた試しがないどころか、いつも倒れる回数が多いのは牢人の方で、蘇生の手間を掛けさせてばかりなのだ。

    「無駄口ばっかり叩きやがって」
     建物の屋根の上で、しゃがみ込んだ赤い狐面の刺客が口を尖らせ呟く。
     休息も束の間、再び空を赤い狼煙が染める。今度は、先程一同が会した『儀式の柱』だ。牢人二人と刺客がすぐさま向かうのを見届けて、赤い刺客はまだ動かない。
     放心玉の爆発音を遠くに聞きながら、目線は『かがり火台』に向けている。
    「さて、そろそろか」
     立ち上がり、鉤縄を取り出したその時、示し合わせたかのように破裂音が響き、真っ赤な狼煙が上がる。場所は防衛地のすぐ横だ、先回りでもしなければ、瞬く間に鬼どもに制圧されてしまう。刺客はそれを分かっていて待ち伏せしたのだ。
    「天狗さえいなけりゃ、何とでもなるさ」
     己に言い聞かせるように呟いて、鉤縄で移動し、陣地に降り立つと同時に煙玉を焚き、冥人の姿を見失っている蒙古どもの首を次々と狩る。しかし一撃で沈められる者ばかりではない、体力のある鬼もまた防衛地へと迫り、単身でどれだけ凌げるか刺客本人にも未知数だ――

     一方、『儀式の柱』では、遠方の空に赤い印が刻まれたのを見つつも、更に襲い来る鬼の襲撃を迎え討っていた。
    「あの刺客は、どうしたっ?」
     槍兵の攻撃をいなしながら、もう一人の牢人に問い掛ける。
    「知らん!」
     菅笠すれすれを蒙古の刃が擦り抜ける。剣兵の連撃を、体勢を崩しそうになりつつも避け、
    「かがり火台に、おるの、かも、しれんが!」
     力任せに太刀を打ち込んでは、反撃を食らいそうになるのをどうにか避けた。
     鳥追の牢人は槍の突きを弾き、瞬時に斬り返して止めを刺す。背後から迫る鬼が棍棒を振り回し、素早く屈んで回避すると同時に周囲を探る。一瞬だが確かに、その気配を感じた。
    「手練れならば、任せるか……?」
     その言葉を発した直後、赤い狼煙筒の音が空をつんざいて、『高所』が狙われる、との信号が冥人全員に伝わった。奇妙なものだが、防衛地それぞれ三ヶ所の具合が手に取るように分かる――これも、行善の手によるものなのだろうか。
    「此処は任せろ、お主らは『高所』へ行け!」
     鳥追の牢人が張り上げた声の裏、沼の底を這うような不気味な音がして、壱与の分身が小高い岩の上に出現する。瞬く間に鬼どもの負った傷は塞がり、その目が赤く灯った。
    「分身が!」
     菅笠の牢人は矢を番えようとする、しかし、その首根っこをグイッと後ろへ引っ張られて、体勢を崩してしまう。
    「いそげ、『高所』だ!」
     力任せに引っ張る白い狐面が、顎で促す。
    「おっ、お主!」
     菅笠の牢人がそれに続く言葉を言う前に、白い刺客は奥義を叫んで防衛地へと飛んでしまった。
     どちらに加勢すべきかと躊躇する菅笠に、鳥追の牢人は、召喚した式神に何やら指示を出した。主を離れ駆け寄ってきた犬は裾を噛んで、早く早くと言わんばかりに引っ張ってくる。
    「ひ、一人で大丈夫かっ?」
    「問題無い、行け!」
     煙玉に身を隠し、分身の首に短刀を突き刺しながら鳥追の牢人が叫ぶ。
     後ろ髪を引かれる思いだが、彼の腕前を信じよう、と『儀式の柱』に背を向けた。『高所』からはさほど遠くもないし、何より自身は蘇生術に長けた牢人だ、いざとなれば奥義を使えば救けられる。
     だが菅笠の牢人は、伊邪那美の息吹を発動することを躊躇ってしまうフシがあった。それは過去、まだ火の抱擁を愛用していた頃、奥義を使った直後に仲間の一人が倒れ、気力が貯まるのも間に合わず死なせてしまった。赤い狐面の男に出会う前の、苦い記憶だ。
     いくら悔やんだとて取り戻せないと分かっている、いつまでも引き摺られるわけにはいかない、それも分かっているのだ、頭では。
     背中と向かう方の両方から放心玉の音が響く。あの武具は基本的に牢人しか扱えないものだが、物によっては刺客にも使うことが可能なのだという。
     斜面と階段を駆け上がれば、防衛地に群がった鬼どもと、太刀を振るう白い狐の面が見える。その動きに伴って、右腕から赤い飛沫が。駆け寄りながら懐の香に手を伸ばし、
    「案ずるな、今――!」
     足元に叩き付けるように焚いた、瞬間、薙刀の一振りが見事に命中して、牢人の身体が軽々と宙を飛んだ。
    「牢人ッ!」
     なおも追撃を目論む薙刀の鬼に、風の型で強打を叩き込む刺客。
    「おま! おまえ! よくもおれの目の前で!!」
     仮面の奥で目を真っ赤に燃やし、怒りに任せて得物を振るう。よろめいた隙を逃さず、連続で太刀の一撃を食らわせ続ける。しかし、さすがは鬼、というべきか。幾度も肉を斬られていながら、薙刀をしっかりと握り直して反撃の構えだ。
     その一瞬、刺客は身を引いて薙ぎ払われた刃を紙一重にかわす、刹那、背後から迫っていた槍兵の突きをも太刀で弾き、
    「っだぁア!」
     頭が地に触れるほどに身体を傾け、槍兵を蹴り上げた。剛兵や鬼でもなければ、吹き飛ぶほどの一蹴だ。警鐘を鳴らし赤く光る陣地、その輪の外へと飛んでいく身体に、どこからともなくトドメの弓矢が当たるのを視界の端で捉えながら、休む間もなく襲い掛かる攻撃を都度、太刀で受け流し、また弾いて反撃する。
     その直後、怖気のする気配――壱与の分身だ。
    「刺客、出たぞ!」
    「早ェな……どっちだ!?」
     舌打ちして、辺りを見回した。
     崩れかけた階段の横、ちょうど段差の下あたりで隠れるようにして、分身から立ち上る赤い煙が見える。
    「オレが行く!」
     言いながら牢人が飛び出して、その背後を襲わんとする蒙古兵どもに刺客はくないを投げつけ、
    「こっちだァ、ザコども!」
     牢人と蒙古の間に放心玉を数個投げて、彼が標的とならないよう援護する。分身の乾いた悲鳴をかすかに聞くや否や、
    「闇烏ッ!」
     両手に刃を握り、両足に力を込めて影に潜む。とにかく面倒な、弓鬼と薙刀の鬼の体力を次々に削ぐ。
     奥義直後の僅かな硬直、薙刀の刃が届く寸前に刺客は横へ転がり、起き上がってすぐに放心玉を構えた。
    「これでもくらえ!」
     横手へと放り投げる。その先にあったのは、火薬の詰まった樽だ。放心玉の爆発から一拍遅れて、それを上回る音を立てて樽は内部から破裂した。撒き散らした火炎の粒が蒙古と鬼どもに降り掛かり、その身を燃やす。それぞれが悲鳴を上げつつも、得物を振るうことに躊躇いはない。まさに鬼だ。
    「おとなしく死ね! この野郎、この!」
     粗雑な言葉遣いとは裏腹に、流れるような動きで敵を屠っていく刺客。巧みに攻撃を避け、または弾きながら、隙を見逃さず太刀を振るう。
     叩きつけるように強打し、よろめかせて一気に畳み掛ける――ほとんど力任せだ、動きがまるで違う。頭で解ってはいるものの、どうにかして真似ができないものかと菅笠は思案した。しかし、そんなことをじっくり戦闘中に考えていられるほどの余裕はない。
     両手に剣を持つ蒙古兵が演舞のように連撃を繰り出してくる。それを、
    「くっ、う」
     捌ききれずに頬や肩、脇腹から赤い血が散る。痛みに顔をしかめた。視界が歪む。悔しさに噛み締めた歯が、ギリリと軋んだ。
    「ックソ、貴様なんぞに!」
     振り下ろした太刀は、菅笠の思惑通りにはいかなかった。小柄な蒙古兵すら打ち負かすことができずに、逆に受け流されて体勢を崩してしまう。振り向いた冥人へ、容赦なく剣が突き出され――
     ほんの僅かに、何かが空を切って飛んてくる音。その直後、閃光玉の破裂音が耳を貫く。
     異国語の叫び、動揺。
     状況を整理する間もなく、菅笠の背後に立つ気配から声が降りかけられた。
    「無事か?」
     鳥追笠の下から柔らかな視線を感じる。ああ、とかすれた返答は、太刀を振るう彼の耳に届いただろうか。
     下から脇腹を狙い、よろめいた隙に連続で斬撃を叩き込んで、あっという間に剣兵を倒してしまう。すかさず足元に放心玉を数個爆発させ、周囲に集まりつつあった敵影を牽制かつ仲間の傷を癒す。
     その時だった、花火のような音を立てて赤い狼煙が空を染める。見れば、橋を渡っていく鬼と蒙古兵。その行き先は、『かがり火台』だ。
    「おい、香は使えるかっ」
     くないを周囲に投げつけ、振り向いて鳥追笠は言った。
    「あ、ああ、問題ない」
    「赤狐の方へ行ってやれ!」
     太刀で鬼の攻撃を受け止め、弾く。『高所』には、あと数体の敵を残すのみだ。菅笠の牢人は、頷いて走り出す。
     空にまた響き渡る破裂音。今度は『儀式の柱』だ。
     チッと舌打ちし、鳥追笠の牢人は太刀を握り直した。
    「彼方此方へと、忙しない」
    「牢人!」
     矢を引き絞る弓鬼の首を短刀で一突きした、白い狐面の刺客が隣に立つ。
    「ヤツら『儀式』だ、さっさと片付けねぇと!」
    「ああ、分かっておる」
     残るは薙刀と弓の二体。
    「全く、面倒だな」
     言葉とは裏腹に細められた目。冥人は太刀を構え、唇を濡らす。

    (ひとまず終)

    以下、設定メモあり。ネタバレ回避する場合は非閲覧を推奨。























    🦊赤い狐面に黒衣の刺客「俺」
     天降る牙.天の癒し.煙玉、回復の霧、闇烏+2
    🐶鳥追笠に青い袴の牢人「俺」
     禁制の火薬.くない.煙玉、鎮魂犬、よろめきの息吹
    🦊白い狐面に黒衣の刺客「おれ」
     禁制の火薬.くない.士魂、回復の霧、闇烏+100%up
    🐶菅笠に白い袴の牢人「オレ」
     浮遊の弓.くない.煙玉、癒やしの香、風の抱擁

    下刺上牢 半年ちょい、連携ガチ、ラブラブ。
    上刺下牢 もうじき半年、衝突多めも互いを思う故。

    年上刺客は侍と一緒に強くなったが、ある日の百九に向かったまま侍は帰って来なかった。その後に弓取と出会い、行動を共にしていたが弓の腕が強すぎる上、サポートばかりでつまらなくなり別れた。
    年下牢人は回復牢人と一緒だったが、蘇生のタイミングが合わずに死なせてしまった。自棄になり死に場所を求めて百九にいた年下牢人を、年上刺客が助け、死んだやつの分も生きろと叱咤。
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