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    ふすまこんぶ

    @Konbu_68
    ワンクッションイラスト/小説置き場

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    ふすまこんぶ

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    旦那氏×将軍。クーデター後、将軍が官邸のダンスパーティーに参加する話。

    シャル・ウィ机の上に置かれた1枚の封筒。穏やかなホワイトの色合いを、爽やかな青色の封蝋が引き締める。
    それを睨みつけるのは、紫色の軍服を纏った老人だ。腕を組み、睨んで、睨んで、睨みつけて……そして、がっくりと肩を落とすと大きなため息をついた。



    少年大統領と市民たちが、反乱軍ピシアに勝利し自由を取り戻したあの日から、ちょうど2年。ピリカの街並みは彩りを取り戻し、以前のような笑顔溢れる場所となった。復興が終わったことを祝おうと官邸にてパーティーが催されることになり、大統領に補佐官、治安大臣をはじめ、先の戦いの功労者や政治家たちが招かれた。和気藹々と談笑する参加者たちから離れたところ、壁際にぽつりと佇む人影があった。
    紫色の軍服に紫色の軍帽、そして金色に輝く帽章。美しい令嬢であれば「壁の花」と揶揄されたのかもしれないが、そこにいるのは老いた男。戦の功労者でも政家でもない、反乱の首謀者たるギルモアその人であった。
    首謀者ギルモア、そしてドラコルル以下ピシアの隊員たちは、戦乱で疲弊したピリカの復興に取り組むこと、という大統領命令を受けた。それは大統領からの慈悲であったが、同時に罰でもあった。塀の中ではなく市井で活動するとなれば、国民から絶えず、怒りや憎しみなどあらゆる負の感情を受け止めなければならない。が、人間は長い期間怒り続けることはできない。ピークは過ぎ去り、今は市民感情も落ち着いてきた。
    ……あくまで最初の頃と比べて、という話だ。わざわざ戦争の勝利記念パーティーにかつての敵対者かつ敗北者を招いて晒し者にする程度には、向こうの恨みはまだ燻っているらしい。
    ギルモアはぐるりと周囲を見渡した。あちこちで政治家たちが集って談笑している。あの男はやはり派閥の者としか話さないか。あちらの女はまだ特定の派閥に属していないと聞いたが目星をつけたらしい。
    こうした催しで他人を観察し、人間関係を把握するのはギルモアの癖だ。軍内政治では非常に役に立った。今となっては仕事には繋がらない、ただの趣味だが。
    誰も話しかけてこようとはせず、自分から話しかけに行く用事も義理もない。暇で、退屈で仕方ない。出席を断ることができれば是非そうしたが、送られて来た白い封筒には、欠席を選ぶ欄が存在していなかった。
    しばらく経つと、ホール内に音楽が流れ始めた。ダンスの時間だ。まずは各々、エスコートしたパートナーと手を取り、中央の開けたスペースに集まっている。大統領も、姉である補佐官を伴っていた。
    あと何時間でパーティーが終わるだろうか。楽しげな話し声に包まれる会場の中、孤独にいるのは意外と心に堪える。
    手元のグラスに口を付けようとした、その時。
    「僕と踊ってくれますか?」
    ギルモアはハッと顔を上げた。よく知っているが、ここにいるはずのない声だ。目に入ったのは、さらりとした白い髪に、色の薄い瞳、穏やかに垂れ下がった目尻。見慣れぬ礼装に身を包んでいるものの、相手は間違いなく。
    「ダンダ!?」
    夫だ。何故だか分からないが、夫がそこにいた。彼は胸に手を当て、軽く頭を下げている。男性が女性をダンスに誘うための姿勢だ。目が合うと、彼はにこりと笑みを浮かべた。

    奏でられる優雅な音楽。男女が手を取り合い軽やかなステップで踊る中、ひと組だけ男同士のペアがいた。
    「……何故ここへ来た」
    その片割れ、ギルモアは眉間に皺を寄せて尋ねた。
    夫にはパーティーの話をしていなかった。招待状のことも、誰かをエスコートできることも、彼には何も言っていない。
    「パピ大統領に教えてもらったんだ。ギルモアくんがパーティーに参加するって」
    くるりと、ギルモアとダンダの立ち位置が入れ替わる。
    「ひとりで行くつもりだったの?」
    ギルモアは夫の顔を見た。彼は微笑んでいたが、どこか寂しそうにも見えた。
    ギルモアは最初から、このパーティーへひとりで来るつもりだった。内戦の敗者というだけでも碌な目に遭わないだろうことは容易に想像できた。そんな場に夫を連れてくる訳にはいかない。ただでさえ革命のことで気苦労をかけてしまったのだ、これ以上負担になることをさせたくはなかった。
    くるりくるりと、夫のリードに身を任せターンをする。ギルモアは夫の問いには答えなかったが、ふと疑問を口にした。
    「お前、踊れたんだな」
    代々、政治に関わりのある家系に生まれたギルモアは、家の付き合いで社交パーティーに参加することも多く、ダンスもそのために覚えさせられた。夫も同じような家の生まれだが、体が虚弱であるが故にそういったイベントに参加したことはなかったはず。
    「えへへ、沢山練習したからね」
    「練習?」
    「そう! ギルモアくんを驚かせようと思って、こっそり練習してたの」
    夫はふふんと、子供のように得意げに笑った。
    右にステップ、後ろに足を引いて、ふたり同時にターン。初めて踊るはずだが、ギルモアとダンダの息はぴったりだった。曲が終わり、胸に手を当てて互いにお辞儀をする。近くを歩いていたウェイターを呼び止め、少し息の上がった夫にグラスを手渡した。
    「後でパピを問い詰めねばならんな」
    「ダメだよ。大統領は気を利かせて連絡してくれただけで、参加するって言ったのは僕だからね」
    ダンダは淡い桃色のシャンパンを飲んだ。美味しい、と機嫌よさそうに呟く。
    と、またホール内に音楽が流れ始めた。ダンス中の音楽とは違い、まるで穏やかな川のせせらぎのような、そっと添えられたような曲。二曲目が始まるまでの繋ぎだ。この間に体を休めたり、次のダンス相手を探したりするのだ。
    と、人混みの向こうに大統領の顔が見えた。たまたま目線が通っただけのように見えたが、夫に向けて微笑みながらウィンクしたのをギルモアは見逃さなかった。ぺこり、と夫が頭を下げる。
    ギルモアは口を開いた。
    「全く、ワシを謀りおって……ダンスは彼奴に教わったのか?」
    「大統領と補佐官は指導役でね。実践練習はドラコルルくんに付き合ってもらった」
    夫の言葉に、ギルモアは口を開けた。
    「は?」
    「大統領も補佐官も、ギルモアくんと身長が違うから練習相手にはちょっと難しいけど、ドラコルルくんなら同じくらいだからね。ドラコルルくんと踊って、ふたりに見てもらって、アドバイス貰ってまた踊って、って感じ」
    機嫌良さそうな夫の横で、ギルモアは低い声で尋ねた。
    「何度踊った」
    「えっ?」
    「何度踊った!」
    声を荒げるギルモアに臆せず、ダンダはのんびりと首を傾げた。
    「えーっと……20……は、超えたかな?」
    そう言い終えた途端、ギルモアにむんずと手を掴まれた。咄嗟にグラスをテーブルに置くと、そのままホールの中央へ連れ出される。
    ちょうど二曲目が始まった。軽やかな三拍子に合わせ、ギルモアとダンダもステップを踏む。
    楽しげに踊るダンダだったが、妻が不機嫌そうな表情を浮かべているのに気づき、小声で尋ねた。
    「僕が他の人と踊ったの、そんなに嫌だった?」
    「……他人と踊るのは別に……回数が多いのが気に入らん」
    フン、と忌々しげに鼻を鳴らした妻に、ダンダは笑い声を零した。
    「まあ、僕初心者だったから沢山練習しないといけなかったし……でも、これからはギルモアくんといっぱい踊れるよ?」
    ギルモアを見つめる、色の薄い目が細められる。ギルモアの胸の内で、イガイガしたものが大人しく針を引っ込めていった。
    弦楽器の盛大なハーモニーで、曲が締められる。ふたりはお辞儀をし、流石に連続は疲れるなと笑みを浮かべ合った。

    「本当はね、入場からエスコートしようと思ってたんだ」
    壁際に老人がふたり並ぶ。白髪の男の言葉に、軍服の男は顔を向けた。
    「行きに乗ってた電車が途中で止まっちゃってさ。それで遅刻しちゃって……」
    申し訳なさそうに俯いた夫に、ギルモアは呟くように言った。
    「……そうか」
    短い、ぶっきらぼうな返事。しかしその言葉に怒りなどはなく、むしろ労おうとしているのだとダンダには分かった。
    「……お前こそ、良かったのか、こんな所に来て」
    ギルモアの問いに、ダンダは目を瞬かせた。だがすぐににこりと笑って、言葉を返す。
    「うん、ギルモアくんと一緒にダンスできたもの。来て良かったよ」
    「……フン」
    ギルモアは不機嫌そうに答えた。それが照れ隠しだと理解したダンダは、嬉しそうに微笑みを浮かべた。
    傍から見れば、ギルモアが夫を無下にしているように取れるだろう。ギルモアの方は、クーデターを起こした前科があり傲慢な性格であることは世に知れ渡っているだけに尚更だ。案の定、ふたりについて噂をする声が聞こえ始めた。
    ──いつの間にか花が増えましたな。
    ──あの花はどこかで見た覚えがありますぞ。
    ──いやしかし、ヴァイオレットには似合わぬ色合いですね。
    ──無理やり摘み取られでもしたのでしょう。
    壁際に立つギルモアとダンダをそれぞれ花に例えている。「壁の花」であることは確かにその通りなのだが、よくもまあ陰口を綺麗な言葉で取り繕えるものだと、ギルモアは感心してしまうくらいだった。ちらりと隣の夫に目線を向けるが、特に気分を悪くしたようには見えなかった。聞こえていないのかもしれないが、これ以上奴らの声が夫の耳に届くことのないようにと、ギルモアは口を開いた。
    「動いたら腹が減ったな」
    実際、ダンスは運動だ。曲目によっては激しく動くこともある。今日は比較的ゆったりした音楽だったが、老体にはそれなりに負荷のかかる動作だ。
    「そうだね。僕もお腹空いたし、何か食べようか」
    テーブルの上には美しく盛り付けられた料理が並んでいた。サラダの添えられた肉料理に、ゼリーやパイやケーキたち。他のパーティー参加者たちは喋るのに忙しく料理に手をつけていないため、ギルモアとダンダで独占できる。
    ふたりとも、もくもくと自分の好きな食べ物を皿によそう。ギルモアは肉料理をメインに、ダンダはサラダやスイーツをメインにした。
    また壁際に戻り、美味しそうな料理にかぶりつく。ダンダは「美味しい!」と目を輝かせた。流石、官邸の主催するパーティー。数多の会食を経験してきたギルモアでも、思わず感嘆のため息を漏らすくらいには素晴らしい出来栄えだ。
    「この肉、すごい美味しいよ!」
    ダンダが興奮した様子でギルモアに話しかける。
    「ああ」
    控えめにかけられたソースがアクセントとなり、柔らかな肉の美味さを引き立てている。肉を噛み締めながら考え込む夫を見て、ギルモアは声をかけた。
    「まさか、家で作ろうとしているのか?」
    「だって、また食べたくなる美味しさだし……肉はそれらしいのを買えても、ソースは無理かなあ。どんな素材を使っているのか検討もつかないや」
    諦めのため息をつき、ダンダはデザートへと手を伸ばした。
    「ん! これも美味しい!」
    くるくると表情を変える夫が、何だか可笑しくもあり可愛らしくもあり、ギルモアは思わず笑い声を立てた。
    「……フフッ」
    「な、何? 僕何かおかしかった?」
    困惑の色を浮かべたダンダに、ギルモアは優しげな流し目で答えた。
    「……別に」
    ギルモアはパイの欠片を口に入れた。夫がパーティーへやって来た時は、驚きと同時に彼を他人の悪意から守ってやらねばと思っていた。しかし今は、むしろ夫に自分が守られていると感じる。
    このパーティーには沢山の人間が参加している。しかし誰ひとりとして、ギルモアに話しかけてくる者はいない。向けられるのは、怒りや恨みや、敗者への嘲笑を含む眼差しばかり。
    周囲に誰もいない孤独より、多くの人の中にいながら誰とも繋がれない孤独の方がより心を蝕む。
    それを覚悟してこのパーティーに臨んだつもりだったが、今、隣に夫がいることが、自分に笑いかけてくれることが、どれだけ救いになるか。
    もしかして夫は、そのために来てくれたのだろうか。
    と、会場内に音楽が流れ始めた。穏やかなワルツに合わせて、あちこちに散らばっていた参加者たちが中央に集まり、パートナーと手を取り合う。パーティーのフィナーレを飾る、最後のダンスだ。
    「行こう、ギルモアくん」
    空っぽになった皿をテーブルに置いて、ダンダは言った。ササっと身だしなみを整え、ギルモアの手を握って歩き出す。ギルモアは一瞬驚きに目を見開いたが、すぐに夫の隣に並んだ。
    もうすぐワルツの前奏が終わる。ギルモアとダンダは向かい合い、相手の腰に手を当て、もう片方の手を握り合った。
    「緊張するか?」
    ギルモアの言葉に、ダンダは少し硬い表情で答えた。
    「ちょっとね」
    「どうせ練習したんだろう」
    「そりゃあ沢山練習したけどさ」
    「ならば練習のままに踊れば……いや、長官のことを思い出されるのは気に食わんな」
    ダンダは呆れたように笑って言葉を返した。
    「はいはい、ムスッとしないの」
    弦楽器が奏でる滑らかなメロディに合わせて、参加者たちが踊り出す。ギルモアとダンダも、ゆったりとした動きでステップを踏んだ。水上を滑る白鳥の番がごとく、息を合わせて舞う。
    ギルモアはちらりと夫へ目をやった。間近に聞こえる夫の息づかいと、重ね合わせた手の温もりが、自分はひとりではないのだと安心させてくれる。当の夫もこちらの目線に気づいたようで、不思議そうに見返してきた。気恥ずかしくなって、思わずぷいとそっぽを向いてしまう。多分彼には、ギルモアの心中はお見通しなのだろう。クスリと笑う声が触覚に届いた。



    「何かワシに言うことがあるのではないか?」
    大統領、補佐官、ピシア長官と定期的に実施する会議にて、ギルモアは不機嫌そうに問いを投げかけた。
    最年少の少年が、はてと首を傾げる。
    「何かとは?」
    「しらばっくれるな! ワシに黙って家内に連絡を入れただろう!」
    ギルモアは吠えるように怒鳴った。
    「ああ、そうですね。お節介かと思ったのですが、念の為連絡を入れさせていただきました」
    さらりと言った大統領に、ギルモアはパーティーの時と同じ文句を垂れた。
    「全く、どいつもこいつもワシを謀りおって……」
    「ご夫婦でお楽しみいただけたようで何よりです」
    「……」
    ギルモアの鋭い目が、ぎろりと少年を睨みつける。少年は臆することなく、穏やかな微笑みを浮かべていた。
    ギルモアは苛立ったように、椅子の肘掛けを指先で叩いていた。何か言いたげに口を開いては閉じ、そして再度開く。
    「……今後、連絡は不要だ」
    しん、と部屋が一瞬、静まり返る。
    「自分で連絡する」
    それだけ言い放って、ギルモアは椅子から立ち上がった。大袈裟に足音を立てて、会議室から出ていく。その後を、ドラコルルが慌てて追いかけた。
    部屋に残された少年と少女は、お互いに顔を見て、ふふっと笑い合った。

    部屋を出てすぐエレベーターに乗り込んだギルモアは、隣に立つドラコルルに話しかけた。
    「家内と練習のために踊ったそうだな」
    苛立ちを滲ませた声音。ドラコルルは上官を刺激しないよう、落ち着いて「はい」とだけ答えた。
    「何回踊った?」
    「……30回弱かと」
    「……フン」
    エレベーターが目的の階へ着く。ギルモアはズンズンと肩を怒らせながら歩いた。
    その後を追いながら、ドラコルルは考えていた。
    先程の「自分で連絡する」「何回踊った?」という発言から導き出される、将軍の真意はおそらく……それなら、官邸のパーティー以降、自分に対して不機嫌そうな表情を見せていたのにも納得がいく。
    パーティーの後、夫君からお礼の菓子折りを頂いたことは黙っておこうと、心に決めたドラコルルであった。(終)
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