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    ふすまこんぶ

    @Konbu_68
    ワンクッションイラスト/小説置き場

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    ふすまこんぶ

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    副官×将軍のオメガバース話「かぐわしのあなた」のエピローグ
    将軍のお話です

    海香薄暗い部屋に、ひとり。体に羽織っている、この女物の服は一体誰のものなのだろうか。やたら大きくて、しかし懐かしいような、悲しいような。
    と、すぐ近くで声がした。遊ぼうよ、今日はおやつを持ってきたんだとはしゃぐ、小さな子供の声だ。
    立ち上がろうとしても、足が石になったかのように動かない。待ってくれと叫ぶが、そのうちに声は遠のいて消えてしまった。
    しんと部屋が静まりかえる。だが次の瞬間、人々の声が怒涛のように押し寄せてきた。
    妾の子の分際で! 誰が住まわせてやっていると思っているの。
    待ってくれギルモア! 俺の話を聞いてくれ!
    オメガ性機能不全症ですね。残念ながら番を作ることは難しいかと。
    大統領よりさらに上、となると王……いえ、皇帝でしょうか?
    これ以上の争いは無意味です!
    自由を我らに! 自由を我らに! 自由を──!
    耳を塞ぐも、声は渦となって直接脳内に脱がれ込んで来る。
    うるさい、何が自由だ。ワシが望んだものは、今まで何ひとつ手に入らなかったというのに。
    床の上に頭を突っ伏す。この場から動くこともできず、膨大な人の声をその身に受けることしかできない。歯を食いしばって耐えていると、背中に触れるものがあった。
    ギルモアさん。
    あたたかい声音が、全ての音を消し去る。はっと上体を起こし振り返ると、そこにいたのは──。



    目を開くと、ぐうぐうと眠る伴侶の顔が見えた。カーテンの隙間から差し込む光は明るい。涎を口から垂らし気持ち良さそうに寝顔を晒す彼の胸元に、自身の顔を押し付ける。潮のような香りに、胸の中で淀んでいた暗い気持ちが消えていくのが分かった。
    ああ、夢を見ていたのか。幼い頃から繰り返し見る、過去の記憶の蓄積を。歳を取れば物事は忘れるものらしいが、こびりついて消えない思い出が今でも時折、夢として現れる。
    物心ついた時にはひとりだった。自分の暮らす離れと、食事や服を運んで来るだけの使用人と、菓子や玩具を持ってきて遊んでくれる少年。それが全てだった。
    自分がこのような暮らしをしている理由を知ったのは、中学校に上がってすぐだったか。初めて本邸へ呼ばれた時、とある女性にひどくなじられたのだった。憎しみのこもった眼差しで、「妾の子」と言われたのをまだ覚えている。彼女の発言を聞いて理解してしまった。本邸の一家の大黒柱である彼女の夫が、女性の使用人に手を出した。その結果、自分が生まれたと。母は自分がまだ幼い頃に亡くなっており、よく離れに来てくれた少年は、彼女の息子、すなわち異母兄であると。
    あの時はただ、初めて会った瞬間に強い悪意をぶつけられたことに困惑した。だが今なら、彼女の気持ちも少しは分かる気がする。まだ伴侶と番になる前、彼が若い女と熱愛関係にあるというゴシップニュースが巷に流れ、それを信じてしまった。元々今まで交際できていたのがおかしいくらいだった、これが普通なのだという諦めと、己が彼にとっての一番ではなかったと突きつけられた悲しみ、それから、裏切られた怒り。胸の中で三様の感情がぶつかりあって、どうにかなってしまいそうだった……その辛い気持ちも、異母兄との会食時に、彼が己との交際経験のあれやこれやを語り、告白をしてきた時に吹っ飛んでしまったのだが。
    ふご、と伴侶の鼻が鳴る。そうっと顔を見ると、彼はむにゃむにゃと口を動かして穏やかな表情を浮かべた。
    昔の彼は、ほんの青二才だった。いつもドラコルルの傍に控える、忠実な男。ただそれだけだったはずなのに、フェロモンを嗅いだあの日から全てが変わった。
    最初はヒートで体調がままならなくなった苛立ちをぶつけていた。だが彼は怒りもせず、かといって諦めて言いなりにもならなかった。いつも目の奥に光を灯していた。そして、ヒートが一際重かった翌日、執務室で寝落ちたはずのワシの目前に、彼の寝顔があった。腕の中に抱きかかえられ、椅子の上でふたり眠っていたのだった。
    そんなことは初めてだった。朝起きると、すぐ傍に誰かがいるなんてことは。幼少の頃からずっと、ひとりで眠りひとりで起きるのが当然だった。
    ワシを置いて帰れば良かったものを、と思いつつも、すやすやと眠るその寝顔からしばらく目が離せなかった。
    あの頃は筋肉逞しく、肌に張りがあった彼も、いつの間にか皺と白髪だらけの爺になった。しかし寝顔は変わらない。楽しい夢を見ているのか、薄らと微笑むその表情も昔と同じだ。
    朝、目を覚ますとすぐ隣に人がいて、無防備な寝顔を晒している。それがどれだけ嬉しいことか、きっと他人には分かるまい。
    「んへへ……ぎるもあさぁん……これおいしそうですよぉ……」
    随分と大きな寝言だが、夢の中でも飯を食べているのか?
    「……この食いしん坊め」
    そう呟くとほぼ同時に、彼の瞼が開かれた。眠たげにぼんやりとした表情を浮かべ、ぱちぱちと瞬く。
    「おはよーございますう……」
    目を擦りながら彼は言った。
    「おはよう」
    ふわあと欠伸をする彼に、挨拶の言葉を返す。
    「もうちょっとでステーキ食べれそうだったのに……夢だったなんて……」
    がっかりした顔で彼は呟いた。なるほど、美味しそうと言ったのは夢の中で見たステーキのことだったのか。
    「昼は外に食べに行くか?」
    夢で食べれなかったのなら現実で叶えてやろう。そんなつもりで言ったが、彼は頷かなかった。
    「いや〜、家で食べましょう。冷蔵庫にいっぱい食材ありますし……肉丼なら作れますから。それに……」
    彼の目が、緩く細められる。
    「今日はギルモアさんとイチャイチャしたい気分なので」
    愛おしげに見つめられ、顔がぽわぽわと熱くなる。
    「昨日の夜散々やっただろう」
    我が家に泊まりに来ていた娘夫婦が帰り、ふたりきりになった昨晩。事前に約束した通り、久々に寝室で睦み合った。
    勿論、もうセックスはできない。ヒートはとっくの昔に終わり、性欲も体力も随分と衰えた。しかし体を絡ませ、触れて、撫でて、互いに口付けることはできる。前戯のようなものだが、それだけでとても満たされた心地になるのだ。
    「だってせっかくの休日ですし……ダメですか?」
    大きな腕に抱き締められる。いささか不安そうな顔をした彼に擦り寄り、その体に腕を回した。
    「やれるものならやってみろ」
    にやりと笑みを浮かべると、相手は嬉しそうに口角を上げた。
    「よっしゃ〜! じゃあまずはおはようのチューから!」
    額に軽い口付けが落とされる。
    全く、爺のくせに子供のようにはしゃぎおって。
    だが、彼がこうやって隣にいてくれるから、心の隅々まであたたかいもので満ちていくのだ。
    幼少の頃から抱えていた欠乏感を埋めるため、軍に入り、出世し、そして革命を起こして国の頂になろうとし、敗北した。もしあの時、革命に成功していたとしても、決して安らぎは得られなかっただろう。自分が本当に求めていたものは、おそらく……。
    機嫌良さそうに微笑む彼の頬を撫で、鼻先に口付ける。
    沢山の愛情と、時間と、温もり。子の成長を共に見守る喜び。巣立ちを見送る寂しさ。どれもひとりでは得られなかった。
    彼が笑った。何とも締まりのない、デレデレとした顔だ。
    娘の前では父の顔を、孫の前では祖父の顔を、部下たちの前では上官の顔をする男を、口付けひとつでこんなだらしない顔にしてやれるのは自分くらい……いや、娘が幼い頃はその一挙一動にメロメロだったような。とはいえワシも似たようなものだった自覚はあるので、それは置いておいて。
    と、ぐううと唸るような音が聞こえた。勿論、我が家で1番の大食らいの腹の音だ。
    「朝飯にするか」
    そう声をかけると、彼は恥ずかしそうに笑みを浮かべたのだった。(終)
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