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    ふすまこんぶ

    @Konbu_68
    ワンクッションイラスト/小説置き場

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    ふすまこんぶ

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    旦那氏×将軍話、続き。

    誰も知らない革命(2)「おかえり、ギルモアくん!」
    扉を開けた瞬間、廊下の向こうから歩いて来た夫に出迎えられる。ギルモアは帽子を脱いで玄関脇に置いてあるラックに引っ掛けた。
    「ただいま帰った」
    昼間、ピシア本部で会ったばかりだというのに夫はとても嬉しそうだ。コートも脱いでいないのに、満面の笑みを浮かべる夫にギュッと抱きしめられ、お腹空いたでしょ、早く早くとリビングに促される。
    リビングルームの扉を開ければ懐かしい匂いがした。独特の我が家の匂いだ。そしてテーブルの方から漂ってきた美味しそうな匂いの正体は、やはりミネストローネであった。ギルモアが若い頃から好む、夫の手料理だ。
    コートをクローゼットに仕舞い、ダイニングテーブルの椅子に腰掛ける。料理の器に触れると、出来立てらしく温かかった。
    「いただきます」
    二人で手を合わせ、スプーンを手に取る。真っ先にミネストローネを掬い、口の中に流し入れた。変わらない味と温もりが、ギルモアの体を内側から温めていく。
    正面に座る夫を見やると、「どう?」と尋ねられた。「美味い」と答えてやれば、彼は照れ笑いと共に安堵の言葉を呟いた。



    風呂から上がったギルモアは、ソファでぼんやりとしていた。半年ぶりの家は何も変わっておらず、慣れ親しんだインテリアに心が安らいだ。半年の間、泊まり込んでいたピシア本部も快適ではあったが、この場所ほど己を優しく受容してはくれない。
    ギルモアはふうと息を吐いた。悩む。夫に、この胸に抱えたものを話すべきか。話せばただの民間人である夫を巻き込むことになりやしないか、その葛藤に揺れていると、隣に人が座ってきた。
    「どう、半年ぶりのお家は」
    風呂上がりで頬の上気した夫に尋ねられる。
    「落ち着く」
    紺色の寝巻きに身を包んだ夫は、くすくすと笑い声を立てた。
    「ギルモアくん、明日も仕事?」
    「いや、明日と明後日は休みだ」
    「そうなんだ! ギルモアくんずっと頑張ってたもんね。やっとゆっくりできそうで良かった」
    屈託のない微笑みを向けられ、胸の奥がチクリと痛む。が、一転、夫は落ち込んだような、真面目な表情をして俯いた。
    「……あのね、ギルモアくんは迷惑じゃないって言ってたけど、やっぱり言っておこうと思って」
    ギルモアは黙って夫の方を見た。夫は両手を膝の上に組んで、一度深呼吸をした。
    「僕のPaceBookがテレビで取り上げられた……前の日の夜、かな。僕お酒飲んでたんだ」
    「酒? 珍しいな」
    ギルモアは言葉を挟んだ。
    「うん、それでね、その……何で飲んでたかっていうとね……ヤケ酒、だったの。ずっと君が帰って来なくて、寂しくて、お酒飲んだら少しは楽しくなるかなって……まあ、結局1人で飲んでも寂しくなる一方で逆効果だったんだけど……それで、酔っ払いながらPaceBook見返してたのは覚えてるんだ。ギルモアくんに会いたいなあって思いながら、今までの投稿見てて、それで……その後の記憶はなくて、そのままソファで寝ちゃったんだけど、朝起きたらテレビで僕のPaceBookアカウントが特集されてた。つまり、僕、酔っ払ってPaceBookの公開設定を変えちゃったみたいなんだよね。あらましとしてはそういうことなんだけど、その……ごめんなさい……」
    撫で肩気味の夫の肩が一段と落とされる。ギルモアは隣の夫に腰を寄せた。
    「そうか……」
    夫は普段から酒を飲まない。あまり酒に強くはなく、そもそも酒の風味があまり好かないらしい。仕事先で催しがあった時にほんの少し飲む程度だ。その夫が記憶を混濁させるほど酒を飲むとは。しかも、その動機が己に会えない寂しさからだったとは。
    ギルモアは夫の背中に腕を回し、片腕で抱きしめた。
    「……お前が謝りたいというなら受け入れる。だがワシは、怒ってもおらんし迷惑にも思っとらん、むしろ──」
    そこまで言って、老人は黙り込んだ。が、覚悟を決めたような目で再び口を開いた。
    「いや、ワシの方も……話したいことがある」
    「話?」
    夫がこちらを向くと同時に、彼の背中に回していた手を引っ込める。
    「その……『仕事』の話だ」
    夫婦生活は長いが、夫に仕事の話をしたことはない。気に入らない部下がいるだの何だのと愚痴をこぼすことが少々あったぐらいだ。ギルモアは深く息を吐いた。
    「半年前、しばらく家に帰れなくなると言っただろう」
    「うん」
    「あれは……正確ではない。任務ではなく、ワシは、ワシがやるべきだと思ったことを成すために……家を空けることを、決めた」
    「やるべきだと、思ったこと?」
    夫が復唱し問いかける。しばしの沈黙の後、ギルモアはゆっくりと口を開いた。
    「革命だ」



    この星は平和だと誰もが言う。確かにピリカの、星の中は平和だ。だが星の外に一度出れば、ピリカを狙う外星の宇宙船がウヨウヨおる。星域の侵犯や小競り合いなぞ日常茶飯事だ。大規模な戦闘行為が起きたことも一度や二度ではない。ワシも……ちょうど、スーが生まれてすぐだな、星外防衛任務に呼ばれたことがあった。哨戒中、味方の戦艦が他星と交戦していると聞き、すぐさま応援に向かった……どうにか敵艦は撃退できたが、被害は甚大だった。38名の戦死者・行方不明者が出たが、いざ星に帰ってきてみれば、誰も、ニュースですらも、ワシらの戦いのことを話題にすらしていなかった。マスコミの話題といえば、芸能人が結婚しただの不倫しただの、アーティストが新曲を出しただの、仔犬が可愛いだの……年々、軍に割り当てられる予算が減っているのは知っていたが、何故ワシらがここまでの仕打ちを受けねばならない。何故ワシらを称えない! 何故ワシらに敬意を払わない! ……それからもずっと、予算は減る一方だった。軍を維持するだけでもカネがかかる。何とかやりくりしてようやく新型の装備が買えるような、そんな情けない有様だった。
    何もかも気に入らなかった。星の内側だけに目を向ける文官共も、そんな奴らの言葉を信じきっている国民も、カネの工面に苦労してばかりのワシらピリカ軍も……。
    ワシは将軍となってから、方々回ってカネを集めた。正直……綺麗とは言い難い方法を使ったこともある。だが着実に軍の金回りは良くなった。基地を修繕し、古い装備は新しいものに入れ替え、隊員の募集人数を増やした。最新兵器の研究にも力を入れられるようになった。
    そんな矢先、政界で活躍しているという子供の噂を聞いた。直接相対したこともあったが、そやつは確かに子供とは思えぬ程頭が回った。しかし、周囲がどれだけもてはやそうと所詮は子供、すぐに消えるだろうと思ったが奴は存外しぶとかった。瞬く間に上の地位へ登り、遂には大統領となっていた。
    大統領とその取り巻き……パピ派の連中は揃いも揃って内政重視の文官ばかりだった。それだけならまだ良かった。奴らは、ワシが少しずつ育て上げてきた軍を危険視していた。ワシがカネを集めるために使った方法が良くないと咎められたこともあった。どの口が言うか! 政府から予算が降りぬからワシ自らカネ集めをしているというのに! 挙げ句の果てには軍備縮小を目指すと言い始めた。まずは無人戦闘艇から減らせと。装備は新しいものを揃えられるようになったとはいえ、まだ隊員の練度が低い今、無人戦闘艇は大きな戦力だ。それに、背丈のある異星人は我々が使う艦よりも遥かに大きな艦を操る。そ奴らに勝つには数で押し返す他ない。そのための無人戦闘艇だ! 奴らは何も分かっとらん!
    ……どれだけワシが軍を大きくしようとも、軍の重要性を訴えようとも、結局は政府の匙加減次第だ。軍の内情が分かる政治家を育てるか、軍出身の者を政界に送り込むか、ワシ自身が政治家に転身するか……どれも時間がかかり過ぎる。そもそも、ワシの他に軍をまとめ、カネを調達できる者がおるとは思えんがな。
    まだワシに体力があるうちに、他星にピリカを侵略される前に、どうにかせねばならない……そこで思いついたのだ。ワシがピリカで最も強い権力を握れば、あの平和ボケした文官共を一層し、何も分かっていない大統領を蹴落とせるのではないか、と。ピリカの政治システムを壊し、軍にカネとヒトを集められる新しい体制を作る。そして、ピリカを何者にも脅かされない強い星にする。そのための計画を進めていた。半年前からは計画も大詰めでな、ピシアに寝泊まりせねばならない程忙しかった。
    計画は順調だった。革命の話を持ちかけた相手は、渋る者もいたが最終的には賛同した。ところが、実行日まで2ヶ月を切った頃、夜に、ワシは妙な夢を見るようになった。革命を起こす夢だ。ワシの願望故の夢見かと思ったが、どうもおかしい。官邸や議事堂を破壊しピリカの頂点に立つと宣言したものの、結局は敗北し警察に捕えられるという夢だ。何度も繰り返し、同じ夢を見た。そして夢の最後は決まって……捕えられたその日の夕方、警察の護送車から降りたワシの元に無人車が突っ込んでくるのだ。あれが事故なのか、故意なのかは分からん。だが、無人車がこちらに追突する寸前、どこからかお前が飛び出して来て、ワシを突き飛ばして、それで……無人車に追突され、猛スピードで押し出された護送車にはねられる……ワシは間一髪巻き込まれずに済むが、お前は、お前は……地面に叩きつけられて血塗れに、なって……慌てて抱き上げるも、もう息も微かで……お前は、何かを呟いて……だが、ちょうどどこかで花火が上がって、何も聞き取れないまま、お前は、ワシの、腕の中で、事切れて…………。
    ……毎日そんな夢を見ていた。嫌に現実味があって、ワシはどうにも嫌な予感がした。夢の中で、大統領は一度ピリカから逃亡してから、チキュウとかいう辺境の星から協力者を連れ帰って来ていて、それがワシの敗北の原因となった。部下に調べさせたところ、チキュウという星は実際に存在した。大統領の味方としてピリカに来た5人の居所も、夢で顔を知っておったから調べさせた。すると、そのチキュウ人共は確かに実在したのだ。ワシは、あれが夢などではなく、未来予知の類ではないかと思った。古来よりピリカ人には、念力や催眠術などの不思議な力を、生まれつき備えた者がいたと聞く。ワシも……老いて今更だが、その力が発覚したのではないか。そうとしか思えなかった。でなければ、ワシが存在すら知らない星の、会ったこともない異星人の顔を知っているはずがない。となれば、このまま革命を起こしても上手くいかないどころか、確実にお前が命を落とす。それは、それだけは……。
    しかし今更、どうやって計画を止めれば良いか分からなかった。革命は失敗すると未来予知で知ったなどと言っても、あい分かったと頷くような者はおらんだろう。悩む間にも毎日、革命を起こし、敗れ、お前が死ぬ夢を見続けた……ワシの精神は限界だった。どうしたものかと悩んでいると、あの件のことがテレビで報道された……お前のPaceBookアカウントが世間に公開された、あれだ。ワシはピンと来た。マスコミに潜むワシの手の者に、この件についてワシに付き纏うよう他のマスコミを誘導しろと指示を出した。案の定、あの程度の話題のためにマスコミは連日ワシの元に押し寄せて来た。そして、計画の賛同者共には、マスコミに計画が嗅ぎつけられ、政府に計画のことを知られてしまえば一巻の終わりだ、ほとぼりが冷めるまでしばらく、この計画は凍結する、と話を通した。すると……ぱたりと、その日から夢を見ることはなくなった。

    沈黙が流れる。ずっと口を噤んでいた夫が、その静寂を打ち破った。
    「『仕事』がひと段落したって、計画を一旦ストップさせたってこと?」
    「……ああ」
    ギルモアは言葉を続けた。
    「だから、その……お前のPaceBookの投稿内容が世に流出したのも、迷惑だ何だとは思っていない。むしろ、計画を止めるための口実として利用させてもらったぐらいだ」
    ギルモアの心臓は、落ち着いた口調とは裏腹に緊張でドクドクと脈打っていた。穏やかな気性の夫が、革命などという強引で法を犯すようなやり方を支持しないだろうことは分かっていた。踏み止まったとはいえ、敗北すれば犯罪者となりうる道に片足を突っ込んでいた己に幻滅するかもしれない。
    それでも、ギルモアは胸の内を明かさずにはいられなかった。口は固い方のはずであったが、夢の中で夫を看取る日々に心が削られ、誰かに聞いてほしいという思いが強まっていたのかもしれない。そして、重大な秘密を打ち明けるならば、それは夫しかいなかった。
    ギルモアの膝の上で固く握られた拳を、温かい手が包み込んだ。
    「そう、そうだったの……」
    夫の声に怒りや失望は感じられない。ギルモアは恐る恐る隣の夫を見やった。
    「ずっと頑張ってたんだね、ギルモアくんは……ちょっと、やり方が強引すぎるとは思うけど」
    夫は穏やかに、かつ呆れたように笑っていた。ギルモアは目を見開いて言った。
    「信じてくれるのか?」
    革命を計画するまでの経緯はまだしも、予知夢を見た下りについては荒唐無稽としか言いようがない。最初は自分でも信じられなかったぐらいだ。計画の賛同者にも、最も近しい部下にもこの話をしたことはない。けれど夫なら、と期待を持ったことは否めない、が。
    「ギルモアくんに嘘言ってどうするの」
    笑いの含んだ声と共に、色素の薄い目が優しげに細められた。



    「計画、凍結中なんだよね? どうして中止にしなかったの?」
    「部下から反発があってな。当分凍結させるということで手打ちにした」
    ソファの上でぴったりと寄り添う2人の前、2人はホットミルクの注がれたカップを手に話し合っていた。
    「ワシも、もう革命を起こす気はない、という訳ではないのだ。このままではいつかピリカは外から攻め込まれ、滅ぼされる。だが、万全だと思ったあの計画で上手くいかないとなると……」
    考え込んだギルモアに、夫が言った。
    「僕は、ギルモアくんが革命を起こすのは反対だよ。危険過ぎる。革命で政権を奪い取れたとしても、きっと長続きしない。それに、他に方法がある、かも……」
    今度は夫が考え込んだ。そして、音を立ててカップを机の上に置き、勢い良く立ち上がると、書斎へバタバタと駆け込んだ。
    何事かと目を白黒させたギルモアも、慌ててその後を追う。夫は書き物机の上で、紙の上に素早くペンを走らせていた。時間にして僅か数分だったが、ようやくペンを離した夫は、紙を持って後ろを振り向いた。
    「できた! 僕の計画!」
    秘密基地の設計図でも思いついた少年のように、夫の瞳はきらきらと輝いていた。(続)
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