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    ふすまこんぶ

    @Konbu_68
    ワンクッションイラスト/小説置き場

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    ふすまこんぶ

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    旦那氏×将軍話、最終話
    他にも色んなキャラが登場します

    誰も知らない革命(4)どこへ行っても人、人、人。ピリポリスの大通りは、まるで祭り事でもあるのかと思ってしまう程人で溢れかえっていた。白髪の老人は群衆の間を通り抜け、歩道と車道の境界に辿り着いた。大勢の人間で溢れる歩道とは打って変わって、広い車道には車の影もなかった。
    まだかな。そろそろじゃないか。周囲の人間は期待に満ちた声で囁きあった。彼らが手にしているのは小さなピリカ星旗だ。老人は手ぶらだったが、何かを探すかのように辺りを見回していた。
    と、大通りに金管楽器の音が響き渡る。群衆は一斉に音のする方に顔を向けた。誰かが「あっ! 来たぞ!」と声を張り上げる。老人もそちらの方を向いて、ハッと息を呑んだ。
    遠くからやって来たのは、ピリカ軍服に身を包んだ音楽隊。一糸乱れぬ隊列を組み、軽やかなファンファーレと共に車道を歩く。その後に続くのは、戦車やトラック、オートバイたち。徐行速度を保ちながら道を進む車両たちには、ピリカ軍兵士が乗っていた。皆群衆に向かって手を振り、群衆たちはピリカ星旗を頭上で振って歓声を上げている。どこからか出たのか紙吹雪がはらはらと舞い、パレードに彩を添えていた。老人は騒がしい人混みの中で、ただじっと何かを待つように道路に目を向けていた。
    何度も何度も車両を見送ってしばらく、一際大きな歓声が上がる。老人は勢い良く顔を上げ、道路の向こうに目を凝らした。遠くから来たのは高機動車。他と比べると小型で屋根のない車両だが、その車の尾部には大きなピリカ星旗と軍旗があつらえられていた。座席の後ろの方に、一般兵とは違った色味の制服を着た人物が座っていおり、老人は目を輝かせた。その人物が民衆に対して手を挙げると、より大きな歓声が湧き起こった。老人は瞳を潤ませ、半分泣いて半分笑顔という中途半端な表情を浮かべてから、俯いて目元を袖で拭った。
    再び顔を上げて車両を見ると、その人物の姿はなかった。
    驚きに目を丸く見開いた老人の視界の隅に、紫色の何かが見えた。そちらに目を向けた途端──。
    ドンッ、と体に何かがぶつかる。吹っ飛ばされなかったのはその相手に抱きしめられているからだ、と理解した老人の耳に、声が届いた。
    「……ただ今、帰った」
    騒がしい人混みの中でも、その声は、その声だけははっきりと聞こえた。老人はふふ、と笑って、ゆっくりと相手の背中に腕を回し、力強く抱きしめた。
    「おかえり、ギルモアくん」
    2年ぶりの抱擁は、涙が出そうなくらい温かった。



    『第32次ピリカ防衛戦争の凱旋パレードには沢山の市民が訪れ、星旗を振って兵士たちを讃えました。また、パレードの途中では、ピリカ軍将軍のギルモア氏が車両を降りて駆け出し、パレードを見に来ていた夫のダンダ氏と抱き合う場面も見られ──』
    『パピ大統領はピリカ軍隊員たち、そして軍をサポートしたピシア隊員を労うため、今月17日に基地を訪問し──』
    「どこもかしこも軍の話ばかりだな」
    自宅のソファに座ってテレビを見つめる妻の発言に、隣に座るダンダは笑い声を零した。
    「そうだね」
    口でそう言ってはいても、テレビを消さないのだから満更ではないのだ。ギルモアは腕を組んでソファに背を預けた。

    2年前、ピリカは隣星(とは言っても、何百光年も離れた星ではあるのだが)から襲撃を受けた。ピリカ星に存在する貴重な鉱物資源を狙ってのことであった。ピリカ軍はすぐさま反撃態勢をとったものの隣星の軍事力は凄まじかった。酷い時には、ピリカの地上から敵の戦艦の影が視認できたぐらいだ。
    体の小さなピリカ人は、製造する武器も、艦も、体の大きな異星人が作るものと比べるとどうしても小さくなってしまう。純粋な力比べではどうしたって分が悪い。だからこそ少しずつ、少しずつ、端から網を食い破るように、ピリカ軍は敵の力を削いでいった。情報収集、解析に特化した組織、ピシアのサポートを受け、ピリカ軍はついに相手の喉元に齧りつくことに成功した。
    何も敵の全てを滅しなくとも良い。ある程度の損害を与え、ピリカは聡く、強いと思わせるだけの戦略を見せつければ、相手は撤退を選択する。2年の間に渡り辛抱強く作戦を練り、実行してきたピリカに軍配は上がったのだ。

    ──将軍は全てお分かりだったのですか。
    ギルモアの脳裏に部下の、ドラコルルの言葉が思い浮かんだ。凱旋を終え本部に戻った際に尋ねられたのだ。
    「あの時革命を起こしていたならば……こうはならなかったでしょう」
    青年の表情は存外穏やかであった。
    革命は、パピ政権へ起こす予定だったクーデターは、結局実行されなかった。だがギルモアはただ計画を破棄するのではなく、新たな指針を打ち出した。
    公開できる範囲で、適度に情報を発信すること。
    政府と国民へある種の諦観と不信を抱いていた軍人たちは、当初は突然の方向転換を訝しんだ。ドラコルルもその1人だった。だが、ギルモア・ダンダ夫妻と共にテレビへ出演したことをきっかけに、世間の、ギルモア本人及びピリカ軍への興味が生まれたことが幸いしてか、ごく稀にテレビや雑誌で取り上げられるようになった。また、有名な小説家でもあるダンダが、軍隊とピシアが活躍する小説を出版したことにより、より一層ピリカ軍への関心が高まった。
    と同時に、政治の世界におけるピリカ軍の立ち位置も変化していった。文官と軍人の間にあった、底すら見えない深い断絶の亀裂は、ゆっくり少しずつ、時間をかけて塞がれていった。特に、以前は軍縮に意欲を見せていた少年大統領は、積極的にギルモアに歩み寄るようになった。ピリカ軍の予算不足は完全とはいかないまでも解消され、最新兵器の開発・研究への予算もかなりの額が投与されることとなった。
    錆びついて動かなくなっていた歯車たちが、少しずつゆっくり、油を流され回転し始めるような、そんな変化だった。
    戦争が始まってからは、政府と一体となって防衛にあたった。市民の避難や衣食住の手配についても、地方自治体や民間会社は軍への協力を惜しまなかった。こうして戦争に勝利した後、星旗を振って歓迎され、讃えられるなど、過去からは考えられない有様であった。
    もし革命を起こし、民衆の支持厚いパピを蹴落とし、ギルモアがピリカの頂点に立っていた場合、きっとこうはならなかった。
    ギルモアはゆっくりと口を開いた。
    「いや……革命は起きた」
    ぽかんとしたドラコルルを前に、執務机に片肘をついたギルモアはニヤリと笑みを深めた。



    そう、「革命」は起きたのだ。ギルモアは隣に座る夫の横顔を見つめた。
    最初の革命計画を凍結させ、半年ぶりに自宅に帰ったあの日の夜。胸の内を全て打ち明けたギルモアに対し、夫はある計画を持ちかけた。
    それは、力で既存の政治システムを破壊するのではなく、時間をかけてピリカ国民と政府の意識を変革させる、というものだった。
    まずはピリカ軍の存在を意識させる。それから、軍が具体的にどのようなことをしているのか、自ら情報を発信する。ピリカ軍に親近感を抱かせ、軍の重要性を理解してもらう。
    つまりは宣伝・広報に力を入れるということだ。一種のプロパガンダと言えるかもしれない。まずは広く知ってもらうこと、関心を持ってもらうこと、それから味方を増やすことが大事なのだと夫は説明した。今の国民はあまりにもピリカ軍のことを知らなさ過ぎる。まずはそこをどうにかする必要がある、と。
    穏やかな変化は人々に受け入れられやすい。着実に世間の意識を変えていけば、冷遇されている今の状況を改善できるかもしれない。
    だが問題は、そのスピードが遅いことだ。宣伝が上手くいったとして、市民の間とピリカ軍の連帯意識が広まりきる前に他の星から攻撃を受けてしまったら。ちんたらしていては間に合わないのではないか。
    デメリットのない計画など存在しない。従来通りの計画、すなわち武力による革命を起こした場合、何もしなかった場合、夫の発案した計画を実行する場合、それぞれのメリット、デメリット、リスクの大きさを考え、ギルモアは──夫の計画に乗ることにしたのだ。
    2人だけの秘密の革命計画は、万事上手くいった訳ではなかった。それでも、試行錯誤を繰り返し、新しい試みにもチャレンジし、年月をかけて少しずつピリカ軍という存在を国民の生活の中に馴染ませていった。ようやく分かりやすい成果が上ってきたところで隣星から攻撃を受けたが、2年という歳月をかけて撃退することに成功した。死傷者は多かったが、それでもこれまでの戦争と比べれば少ない方だ。
    国一丸となって共に戦い、勝利を祝い、命を賭して戦った者を讃え、そして死者には哀悼の意を捧げた。市民も軍人も、同じピリカの人間であるのだと感じられるようになった。これを革命と言わずして何と呼ぶのだろう。
    「ね、ギルモアくんの退官って再来月だっけ」
    夫の問いかけにギルモアは答えた。
    「そうだな。式典を開くとかどうかと、ドラコルルが言っていたような覚えがあるが」
    「『ピリカを勝利に導いた英雄』だもんね」
    ちょうどテレビに映された文言を強調して、夫は言った。
    「英雄、か……」
    ギルモアは夫の言葉を反芻した。
    「ワシが英雄ならば、お前もまた英雄だろう」
    「え? 何の?」
    夫は素っ頓狂な声を出した。
    「『秘密の革命』を起こした英雄だ」
    一瞬呆気に取られた顔をした夫は、思い当たったような表情をして「あ、ああ、それか……」と呟いた。
    「でも僕は簡単な案を出しただけだしさあ、実行したのはギルモアくんや、軍やピシアの人たちな訳だし……」
    もにょもにょと恥ずかしそうに言葉を紡ぐ夫の手を、ギルモアは優しく掴んだ。
    「あの時、お前がPaceBookの設定を変えなければ、あの計画を思いつかなければ、ピリカはどうなっていたか分からんぞ」
    否定の言葉が思いつかなかったのか、夫は口を横に引き結んで目を伏せた。と、何か思い出したように顔を上げる。
    「そうだ! テレビ局から出演の依頼が来てるんだよ、ほら、僕とギルモアくんに」
    携帯端末を目の前に差し出される。こいつめ、話題を変えおってと胸の内で笑いながら、その画面を確認する。
    「……あれか、昔出た番組の」
    メールの内容は、「巷のご夫婦さん」に出演してほしいというものだった。以前もこうやって依頼の連絡が届いたことがあり、まずは計画の第一段階を実行するために承諾した。知名度の高い番組であったため、オンエア後は、職場やら官邸やらで「テレビ見たよ」と多くの人に声をかけられた。周囲の人間の目つきが妙に生温くなり、オンエア以前と比べると当たりもほんの少し柔らかくなったような気がしていた。夫のファンだという者にサインを強請られた覚えもあるが、そういうことは本人に頼め、と一喝して蹴散らしていた。
    「出る?」
    夫は期待に目を輝かせていた。過去、番組に出るにあたり夫と約束を交わしたことがあった。
    嘘をつかず、誇張した内容を話さず、ただ真実のみを語ること。
    あのスタジオで話した内容は誓って真実だ。プロポーズの時の心境など誰にも話したことのないことを尋ねられた時は正直顔から火が出そうではあったが、夫との約束はきちんと守った。
    一方の夫は、自分との思い出話を人に話せるのが楽しかったらしい。本番前は緊張していたが、収録の最中の直後はとても機嫌が良かった。
    出演に関してあまり気乗りはしない。革命が成功した今、テレビに出る意味もない。だが。
    「分かった、出るぞ」
    ため息をつきながらそう言ってやると、夫は嬉しそうな笑みを浮かべた。



    退官まであと1ヶ月を切ったある日、ギルモアは執務室で報告書を読んでいた。少し休憩しようかと老眼鏡を外し、背伸びをする。
    軍を去るための準備は着々と進んでいる。本来ならあと1年早く退官する予定だったが、戦争が始まってしまいそうも言ってられなくなった。
    自分の他に上手く軍をまとめられる者などいない。そんな自負はあるが、それでもいつかは軍を去らねばならない。大統領は、数いる部下の中から、こいつならまだマシだろうとギルモアも思った者を後継として選出した。後は彼らなりに上手くやるだろう。いや、やってもらわねば困る。
    今は、退官した後のことを考えるのがギルモアのささやかな楽しみだ。夫と一緒に、平和になったピリカの街を歩き回りたい。美味しいと評判のレストランに行きたい。子や孫に顔を見せに回りたい。2年ぶりだから孫たちは皆大きくなっているだろう。それから、回顧録の執筆も。出版社から本を出さないかと何度もせっつかれている。夫と違い己は物書きでないため、口述筆記させる形となるだろうが……そこで、誰も知らない革命のことを、もう1人の隠れた英雄のことを明かしても良いかもしれない。武力革命を起こそうとしていたことは流石に伏せさせてもらおう。
    さて、仕事に戻るかと老眼鏡をかけたその時、執務室の扉を叩く音がした。
    「ギルモア将軍、失礼します」
    ピシア長官ドラコルルが、慌てた様子で入って来た。常に冷静沈着な彼が、こうも動揺する様を見せるのは珍しい。
    「どうした」
    「……大統領が、エネルギー波の嵐に巻き込まれ……行方不明と……」
    絞り出すような声だった。ギルモアは勢い良く立ち上がり、ドラコルルの前に立った。
    「何だと! 本当か!?」
    戦時中のピリカに救援物資を送ってくれた、友好関係にある星の国家へお礼を言うべく、大統領と補佐官はピリカを飛び立ったばかりだ。そして、エネルギー波の嵐というのは宇宙空間でごく稀に生じる時空の捩れ現象のことである。吸い込まれたら最後どうなるか、未だ明らかにされていない。
    ドラコルルの顔は青ざめていた。ピシアの力を持ってしても大統領の居所を掴めないのならば、もう。
    「……行方不明場所に捜索部隊を出動させる……ひとまず、ワシの退官は延期だ」
    「はっ!」
    ドラコルルは敬礼を示し、部屋を出て行った。
    平和を取り戻したかと思えば、今度は大統領が消失か。
    今でもあの少年は気に入らない。だが、時間をかけて互いを、何となくだが理解してきたし、戦争という困難にあっても逃げ出さず正面から向かい合ったその胆力だけは認めてやっても良い。
    先日顔を合わせた時、ギルモア将軍が退官されると寂しくなりますね、と言われたことを思い出した。何を白々しい、内心清々しとるんだろうと返してやったが。
    執務室の大窓からピリポリスの街を見下ろす。命なんて容易く消し飛ぶのだと戦場で学んだ。あの大統領なんて、当初の武力革命計画では殺害するつもりだったし、夢の中では補佐官共々処刑しようとしていたぐらいだ。
    仕事を増やしおって。ワシの退官どころではなくなってしまったではないか。
    心の中で罵ってやると、初めて会った頃よりも随分大人びたあの少年が、悲しそうに微笑んだ気がした。


    「やあ!」
    官邸内の庭に着陸した艦のタラップから降りてきたのは、紅茶色の髪を揺らす少年だった。
    「大統領!」
    治安大臣の声が響き渡る。
    「ゲンブ大臣!」
    少年は足音を立ててタラップを駆け降り、治安大臣と固く抱きしめ合った。
    「パピ大統領、よくご無事で……」
    「ああ、本当に……」
    少年──パピは、治安大臣を一層力強く抱きしめ、腕を緩めて一歩下がった。
    「パピ大統領!」
    「大統領!」
    「パピ様ぁー! ご無事で! ご無事で何よりですうううう!」
    官邸スタッフや、他の大臣や、愛犬がワラワラと彼の周りに集まる様子を、ギルモアとドラコルルは離れた所から見ていた。
    大統領を乗せた艦の行方が分からなくなってから2週間余り。ピリカ政府は、消えた筈の艦からの通信を受け取った。軍とピシアが通信を解析したところ、確かに行方不明となった艦からの通信であると判明した。様々なセキュリティーチェックを重ね、遂に艦はピリカへ帰還した。
    「……全く、人騒がせな」
    ギルモアはため息を吐いた。エネルギー波の嵐に巻き込まれた艦は、どうやら遠くの空間に放り出されてしまい、見知らぬ星に不時着したらしい。何でも、その星の人間の力を借りて壊れた艦を修理し、ピリカへ帰還したとのことだ。
    何はともあれ、補佐官や他の同行メンバー共々無事に帰ってきたのなら何よりだ。後で捜索隊の派遣に使った予算を請求してやる。
    これでようやく心置きなく将軍の職を退けそうだ。そう思ったギルモアだったが。
    「そうだ! ご紹介しなければならない人たちがいるんです。皆さーん!」
    大統領が声を上げると、タラップの上に5つの人影が見えた。
    ギルモアは我が目を疑った。そこに立つ5人は、ギルモアが知っている顔だ。
    「私たちが不時着した星、チキュウでお世話になった、のび太さん、ドラえもんさん、しずかさん、タケシさん、スネ夫さんです!」
    恥ずかしそうに、嬉しそうに、お淑やかに、豪快に、遠慮がちに、彼らは思い思いに手を振る。
    口をあんぐりと開けたギルモアの横で、ドラコルルもまた口を開いた。
    「将軍、あの5人は……」
    ドラコルルには夢で見たチキュウ人の所在を探させたことがある。だから彼も5人の顔を知っている。
    あの5人がピリカに来て、果たして何も事件を起こさず帰ってくれるだろうか。予知夢の中で散々にしてやられた記憶がギルモアの頭の中を駆け巡る。
    何事もなく終われ、終わってくれ。
    夫との穏やかな時間が遠のいていくような気がして、ギルモアは腹が立つくらい晴れ晴れとした空を仰いだ。(終)
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