七夕 今日は7月7日、七夕の日だ。以前ヘルプで出向した児童施設に、今回はイベントの手伝いとして先輩と一緒に駆り出されることになった。
幼稚園クラスの子たちにお邪魔すると、みんな僕たちのことを覚えていてくれたようで、「先生どこいってたの~?」「まがらせんせー会いたかったー!」などなど熱烈歓迎の様子に思わず笑みがこぼれる。
先輩が笑いかけると一部の女の子たちから黄色い声援が飛んだ。流石の初恋キラーだと感心したが、同時になんて罪な人なんだろうとも思った。
七夕ということで、みんなで飾り付け用の折り紙を作ったり、節句のそうめんを一緒に食べたりと日頃何でもない7月7日が、特別なものだったことを思い出させる。
そしてついにメインイベントの短冊飾りの時間が来た、自分はこの時を待っていたのだ。
「先輩!ちょっと待っててくださいね、自分用意しているものがあるので!」
しばらくして教室に戻ってきたとき、大歓声に包まれた。
それもそのはず。自分達の身の丈の倍はあろうか大きさの立派な笹を携えてきたのだ。今日はこれだけで主役になれるだろうとウキウキしていたのだ。
「後輩君?!どこから持ってきたんだい?!」
「へへっ、この日のために実家のじいちゃんにお願いして、一番きれいなやつを採ってきたんです。まさに野山に混じりてってやつですよ。」
相変わらず先輩は困惑の表情を浮かべているが、安心してほしい。ちゃんと施設側にも許可を取ってある、先輩にはサプライズしたくて言っていなかったけれど。
よぉーし!そうしたらこの竹いっぱいに、短冊をつけよう!と笹を立てかけた。先輩は怪訝な顔をしながらも、子供たちの前では笑顔でてきぱきと短冊を配っていく。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
机に向かった子供たちは集中して書いているようで、先ほどとは違いとても静かだった。どんなことを書いているのかなぁと見てみると、すの丸の部分が大きかったり、鏡文字になっていたり、まだまだ子供だなぁなんて思っていたが、みんな小さい手で一生懸命鉛筆を握って書いていた。
やがて年長さんの子が「かーけた!」と大きな声を出したのを皮切りに、みんな自分の願い事について話し始めた。
「なにかいたのー?」「おれ、すいっち2ー!」、「もっと絵がじょうずになりますようにってかいたの~」
思い思いに願い事を口にする彼らは、普通の子供と何も変わらなかった。新しいゲームが欲しい子、憧れのキャラクターに会いたい子、なりたい夢を書いた子、みんなが未来への無垢なまなざしを持っている。この子たちが少しでも安心して笑える世の中を作ること、それがきっと自分の使命だと思った。
ふと先輩の様子が気になってちらりとみやると、ぱちりと目が合った。多分同じことを考えていたのだと思う、トコトコとこちらへ歩いてきて「僕たちも頑張らなきゃね」と、柔らかく微笑んだ。
願い事が書けた子たちから短冊をもらって、一つずつ丁寧に笹に括り付けていく。少しでも多くの願いが叶うように祈りながら。
担任の先生と先輩の方は相変わらず人気者で、まだ列が少し残っていた。他に書き終わった子がいないかと部屋を見渡してみると、端っこの机でじっと短冊を見つめている年中さんくらいの男の子が目についた。前に来た時にはいなかった子だった。
少し気になって近づいてみると、ゆっくりと顔を上げた。年の割には利発そうな落ち着いた子だった。自分はしゃがんで穏やかに話しかけた。
「どうかしたの?なにか困ったこと、あった?」
「書くことがないの……。」
再び視線を下すと、そこには何も書かれていない短冊があった。しかしぎゅっと引き縛った口と、隅にかためられた消しかすの残りを見れば願い事が無いわけではなさそうだ。
「お願い事は何でもいいんだよ、もしよければ話してくれないかな?」
こちらを見る困ったような顔にどこか既視感を覚える。何かを我慢しているような、寂しそうなそんな雰囲気だった。少し視線を彷徨わせた後、小さく小さくつぶやいた。
「お父さんとお母さんに会いたいの……、でも……。」
その言葉の後は続かなかった、けれど分かってしまった。この子はきっととても賢いから、もうどれだけ願っても会えないということを、それを表にだすと周りを困らせてしまうということを理解してしまったのだろう。なんて優しい子なのだろうか、抱えきれないほどの想いを一人で我慢していたのだ。その小さな手を壊れないように、壊さないように自分の両手で包み込む。
「きっとお父さんもお母さんも、君のことをちゃんと見ててくれるよ。だって七夕様の歌詞にもあるからね。」
ゆっくりと息を吸う
ー笹のはさらさら のきばにゆれる お星さまきらきら きんぎんすなご
ー五しきの短冊 わたしがかいた お星さまきらきら 空からみてる
「ね?だから大丈夫、会いたい気持ちは我慢しなくてもいいんだよ。見えなくても夜空を見上げれば、いつだって傍にいるんだよ。」
正直自分の言葉が正しかったのかは分からない、もっと他にいいやり方があったのかもしれない。それでも何とかしてあげたいという気持ちだけはあった。
うん、と一言うなずくと、すっと手が離れ机に向かった。きっともう大丈夫だと思い静かにその場を離れた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「後輩君の歌声はやっぱりきれいだね」
「き、聞いていたんですか……?恥ずかしいなぁもう……。」
事の成り行きを見ていたのか先輩から優しげな顔で声を掛けられた。そこで先ほどの既視感の正体に気が付く、きっと自分を隠してしまうこの人の顔に似ていたのだと。
「先輩は願い事書かないんですか?」
「うーん、僕の願い事かぁ……。”後輩の無茶が減りますように”ってところかな?」
「それは…!きっとお星さまでも叶えられないお願い事ですね、諦めてください。」
これ結構急務なんだけどなぁとカラカラ笑う先輩を見て、自分だったら何を書くか考えてみた。
子供たちが安心して暮らせる世の中を作るというのはお願い事ではなく、自分で成し遂げたいことだ。神様に祈るようなものでもない。じゃあ昇進できますようにとか?いやそれも己の努力で頑張るべきだろう、楽しい無茶苦茶もやりたいし…。
それじゃあ……、と先輩を見る。いつだって優しげに自分を見てくれる瞳、少し骨ばったそれでいてしなやかな手指、まだその過去に触れさせてくれない首の痕まで、やっぱりどうしたって愛おしかった。
「後輩君、どうかした?」
こてんと首をかしげるその姿は、おおむね26歳がやっていい仕草ではないだろう。それでも様になっているというのだから悩ましい。「何でもないですよ」とぶっきらぼうに答えると、先輩はやっぱり不思議そうに頭を傾げた。
あの…と後ろから声を掛けられた。振り返るとそこには先ほど話しかけた子が短冊を持ってきたようだった。
「僕のお願い事はこれにする。」
しっかりと前を向いて両手で差し出されたそれを、大切に受け取る。
渡された短冊には”お父さんとお母さんへ、ずっと一緒にいられますように”と書かれていた。
おしまい
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
p.s.
「まがらせんせい!これ、高いところにつけてください!」
一人の女の子が震える手でピンク色の短冊を差し出していおり、先輩はそれを見ると驚いた顔をしていた。何が書いてあったかまでは見えなかったが、女の子と目が合うと「せんせいもライバルでしょ?乙女のカンでわかるわ!」と指さし言われた。何のことか分からずきょとんとしていると先輩が吹き出して、さらに困惑した。くすくすと笑いながら受け取ると、笹へ腕を伸ばして括り付けていた。
後から聞いた話、短冊には"まがらせんせいのおよめさんになれますように”と書かれていたそうだ。子供ってまっすぐだよねと困ったように笑う先輩に「素直なことはいいことですよ」と夕空に輝きだした星を見上げて答えた。
短冊にすらかけなかった自分へ、いったいどの口がと内心悪態をついていたのはまた別のお話。