神様の忘れた契約の話・1「指切りって知ってる?」
何の話の流れだったか、それとも、ふと何かを思い出したのか、そう訊ねてきたタルタリヤに何と返したかはよく覚えていないが、彼は童謡のようなリズムに乗せて「指切りの歌」なるものを歌ってみせた。
「旅人がどこかで仕入れてきた歌なんだよ」
稲妻だったかなと言いつつ、食材を箸で綺麗に掴んで口元に運ぶ。それはみずみずしい緑の野菜だった気がするし、よく煮込まれた鶏肉だった気もする。何しろ重要なのは彼の口に放り込まれて、ゆるゆると身体に溶け込んでいく食べ物ではなくて、彼がそれを箸で上手に食べてみたことにある。
「随分上手くなったものだな」
箸を手にした当初は子供よりも下手だったものだから、負けず嫌いのきらいのあるタルタリヤはそれはもう真剣に練習に取り組んでいた。その努力が実を結んだ姿を眺めているのは、他人事であるのにどこか誇らしく感じる。
「おかげさまでね……と、それはよくて。先生、俺の歌聞いてた?」
素直に聞いていなかったと言えば、タルタリヤはわざとらしく肩を竦めてみせた。聞いていてくれと前置きしてから歌い出すので、今度はちゃんとその歌詞を理解した。
「嘘をついたら針を千本食わすとは」
「子供同士の遊びみたいなものらしいけどね」
「随分と過激なことだ」
要するに契約を反故にしたものに、己が岩喰いの刑に処すると言うのと同じことなのだろう。
国が違えば文化も異なるが、不思議と似たようなものは存在する。旅人がどこかで聞いたという歌も、モンドやスネージナヤにもそのようなものが存在するのかもしれない。今はなくとも過去、或いは未来に存在する可能性もある。
「先生、手出してよ」
その中で、旅人がなぜその歌を選んだのか、タルタリヤがなぜその歌を好んだのか、鍾離には分からない。ただ、タルタリヤが子供のように喜々としているものだから、手を差し出した。
手袋ごしに小指に小指が絡められる。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指切った」
子供のような約束の仕方だ。しかも、約束が先にあって内容はまだ決まっていない。
かつてとはいえ鍾離は契約の神だった。本来ならそのような契約は取り合わないが、一度結んだ契約を反故にするのも主義に反する。
「それで、どんな契約を結ぶんだ」
そんな風に問いかけたのは酔っていたからかもしれない。美味い料理に、美味い酒。傍らには気は抜けないが酒宴の席を共にすることを良しとする相手。理性を濁らせるには十分なものが揃っていた。
「それはね」
対するタルタリヤの顔も赤かったから、きっと彼も酔っていたのだろう。
果たして、その契約とは何だったのか。