名も無き花はひだまりに揺れて 一輪目・名も無き銀細工師 後編「立派な衛兵になったら攫いに来てやるよ」
ここに来る前、ブラッドリーという魔法使いからもらった言葉を思い出す。
北との国境を守るこの基地に連れて来られるのは、徴兵制度の対象となる西の国北部に住む私たちのような若者たちだ。
(立派な衛兵って言ってもなあ……)
工房に引きこもってばかりいた私が工場育ちの屈強な男たちに腕っぷしで張り合えるはずもなく、今日も国境防衛隊の補給班員として弾薬作りに勤しんでいた。毎日血の滲むような訓練をして恐ろしい魔物や悪い魔法使いから前線で国境を守っている防衛班に比べたら、立派な衛兵と呼ばれる存在には程遠い。
(私も防衛班に志願すれば、あの人も一度くらいは会いに来てくれるかな?)
「ー」
「ーーー!」
顔の真ん前で手を振られて、はっと我に返った。どうやらさっきからずっと呼ばれていたらしい。
「わあ、ごめんシャンティ」
「もー、また手が止まってる!あんたもムル・ハート様の軍事力学書読みたくなったの?」
「そ、それはやだなあ」
仕事をサボっているのが教官に見つかったら、罰として難しそうな本を夜まで音読させられるらしい。もっともシャンティはその本が随分気に入ったらしく、立派なサボり魔と化しているけれど。
「なーに?またあの魔法使いさんのこと考えてたの?」
「えっいやその」
私の必死のごまかしなどお構い無しに、はいそうですと答えんばかりに工具箱がガシャンとひっくり返った。
「あっはは!図星って顔に書いてある!」
金色のポニーテールを陽気に揺らす彼女はここで最初にできた友達だ。境遇も作業場の席も近かったから、すぐにこうして作業中にお喋りする仲になった。彼女は生まれつき体が弱くて引きこもりがちだったそうで、外の世界のこと、特に魔法使いに並々ならぬ憧れと興味があるみたいだ。
(続く…)