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    kei

    @47kei

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    POIPOI 36

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    https://poipiku.com/1425184/3449166.html
    ⇒ 繕うものたち

    ##企画:colors

    二胡を弾く手を止めたのは、シロツメ公主の夫、アシュタルの護国卿ヴルムだった。
     気分よく聞いてくれていると思っていたので、驚いて弦を落とした。
     落ちた弦を夫が拾うが、ヴルムはシロツメ公主へ手渡さない。
    「聞きたいことがある」
    「な、なんでしょう、ヴルム様」
     一呼吸置いて、ヴルムは自分が感情的にならないように、意識して続けた。
    「お前に冬清王という婚約者がいたのは聞いてる。それがお前の目の前で死んだという話も聞いた」
     誰からそれを聞いたのか、と思うが答えはすぐにでてきた。アシュタルにはシロツメ公主を監視する目がいくつもある。その一つは直接慈悲王と繋がっている宰相ジブリールだ。
     シロツメ公主の視界が暗くなるのがヴルムにも分かったが話は止めなかった。
    「その婚約者は、アシュタルが殺したのか?」
     
     もう六年以上前のことだ。冬清王潤越とその従者セッカと三人で、国主領の山間に花見に出かけた。手を引かれ時に抱き上げてもらいながら、美しい景色を楽しんだ。
     今ならば行かないでと大泣きをしてでも止めただろう。
     戦時中とはいえ、国主宮も近いその丘が血塗れの惨状になることなど、だれも想像していなかった。花を摘んで冠をふたつ作って、冬清王とセッカの髪に飾ろうと下ばかりみていた。
     顔を上げて「逃げろ」と言われた時、最初は空から黒くて大きな葉が数枚散ってきたのかと思った。初めて冬清王があんなに大きな声を上げたのを聞いた。
     だからこんなにも耳に残っているのだろうとシロツメ公主は思う。
     状況が分からなかった。当時まだ6歳だった。立ち止まってしまった。
     今も少しだけ傷が残っている。背中に刺客の爪が食い込んで、そのまま地面に押し付けられた。奇しくもそこはシロツメクサが満開だった。
     まるで壊れた人形のように晒されたシロツメ公主の前には、傷だらけの冬清王と身動きもできず血だらけで伏すセッカがいた。
     あの時、大声を上げて泣いたのか、叫んだのか、シロツメ公主の中の記憶から抜けているが、やってきた刺客達は何度か同じことを冬清王に要求していたのは覚えている。
     「代理人として霊木の妖精であるこの娘を殺せ」と彼に要求したのだ。
     彼はその要求に答えなかった。シロツメ公主が覚えている惨劇の景色はそれだけだ。
     シロツメ公主は、ヴルムからの問いに答えられず、脳裏に焼き付いた景色を強制的に再生させられていた。
     それは自分の意識では止められない、トラウマというものだ。
     冬清王事件から目を覚ました時、シロツメ公主はすでに第一王の夏悠殿の後宮に保護、いや監禁されていた
     傷の多くは花守山の霊薬で消えたが、心の傷だけは消えなかった。
     むしろその傷は、夏悠殿の主──慈悲王幽達によって限界まで広げられ、塩を詰め込まれたと言っていい。世間が彼を慈悲王などと呼びうまく彼に騙されている間、シロツメ公主は暗闇の中にいた。 
     慈悲王幽達が、弟である第三王冬清王潤越をアシュタルの手を借りて殺害したのには理由がある。彼が霊木の代理人としての役目を果たさなかったからだ。
     なにも個人的に彼を嫌っていたからに限った理由ではない。
     霊木の代理人は妖精を霊木に捧げるのが役割だ。
     字のまま、代理人は妖精を殺害して、その生命を捧げるのだ。
     その妖精こそがシロツメ公主であったのに、潤越はそれをしなかった。
     衰えを見せ、再生を必要としていた霊木の状況、その先には国力の低下という不安が見えていたはずなのに、潤越は個人の命を優先し霊木を優先しなかった。
     国主一族として国の運営を任される立場であったにも関わらずだ。
     慈悲王はそれをよしとしなかった。
     とはいえ代理人を殺しても、すぐに新しい代理人が指名されるかは分からない。その間に霊木が枯れてしまっては元の木阿弥なのだ。
     そこでアシュタルのミンカラを使って、花守山の人民の命を露とも思わぬ鳥人へ産み直しさせた。計画通り代理人格は失われずに産み直しされたヴルムに移った。
     あとはヴルムを協力関係の宰相に託し、折をみて妖精格であるシロツメ公主を殺させるだけだ。
     敵対関係のある二国であるから、それは容易いことだ。
    「和平の印として嫁がせた公主を、そちらの護国卿が殺したとなると大きな国際問題になる、火は大きく燃えることだろう」
    「そのくらい大きなきっかけでなくては、こちらも困ります」
     密約者たちが茶を挟んでそう細く笑むのを、シロツメ公主はひび割れた心でじっと見つめていた。自分が殺される話を目の前でされても眉一つ動かなかった。
     あの時失われるべきは、冬清王やセッカではなく、シロツメ公主自身だったのだと慈悲王もシロツメ公主を徹底的に洗脳した成果だった。
     お前が死んでいれば冬清王は生きていた。
     その従者も人生が狂わなかった。
     霊木も再生し、国は潤った。
     その生命の使い方を見誤るな。
     そう唱えて、自分の命が刈り取られることに疑問を思わないように育てたのだ。
     嫁ぎここで暮らし始めてしばらくはそれを疑わなかった。
     冬清王の顔をしたヴルムに、贖罪の意識をもって「はやく殺してくれ」とも願った。彼の不快になるようなことを繰り返せば殺してくれると思ったが、彼なりに、人質のようにしてたった一人で異国の地で暮らす娘に対して、寄り添う気持ちがあり、怒りを示しながらも、毎度それを許した。
     その許しが、シロツメ公主にとってどれだけ大きなものであったかは、言葉にすることは難しい。
    「お前が奏でる曲が、僕じゃない誰かに向けられていると、考えたくない」
    「私は…冬清王殿下の許嫁であったことは、事実です。でもそれは遠い過去のことです、私の目に映る方は、あなただけです」
     シロツメ公主は自分の息が浅くなっているのに気づき倒れそうになるのを懸命にこらえた。頭の裏側で望まぬ光景が速度を伴って流れていく。目がそらせず意識を保つのが難しい。
    「私はヴルム様と暮らして、あなたの愛情を感じて、妻になれて、本当に幸せで感謝こそしても、それ以外の感情はありません」
    「復讐ではなく僕を愛しているというのなら、どうして共に生きようと言ってくれない。どうしてそんなに泣きそうな顔をして、それを堪えて僕に愛を囁くんだ」
     シロツメ公主の中は、ふたつの大きな感情でせめぎあい、限界に達しようとしていた。身体に刻み込まれた「霊木の代理人である護国卿ヴルムから死を賜る」という使命と「ヴルムと共に生きたい」という個人感情のせめぎあいは、精神をひどく圧迫した。
     冬清王潤越を失い、花守山の政治勢力は慈悲王以外はあってないようなもの。彼を敵にするということはヴルムの命をそのまま死に直結させるということだ。
     危険すぎる。
     「今」だけだった。
     死を賜るまでのつかぬ間の時だけがシロツメに許された人間としての幸福の時間であったので、振り回されるヴルムに悪いと思っても、追求をしてほしくなかった。
     できることは、ヴルムを抱きしめることだけだった。
    「シロツメ」
     すべてを話したら、ヴルムは自分の愛を疑うだろうとシロツメ公主は思う。
    「シロツメ、話してくれ」
     霊木の再生のために、自分に殺されるためだけに愛したのかと、言われるだろう。
     産み直しのことを知ったら、どれだけ苦しむだろう。
     唇を噛んで強く首を左右に振る。
     他にはどんな思いをしてもいい、だが役目を果たして死んだ時、最後まで持って許される感情があるならば、他に誰にも代わりにはならない、異国の地で愛を教えてくれた夫の優しい記憶を抱きしめて死にたい。
     わがままでも、罵られて死にたくはなかった。
     もう誰にも自分の気持を奪われたくなかった。奪われるくらいなら黙ってひとりで持っていくつもりだった。
     背を伸ばして夫を強く抱きしめる。力の限り抱きしめても、護国卿である彼にはか弱い力でしかないだろう、それでも力いっぱい抱きしめるしかシロツメ公主にはできなかった。
    「お前は何を抱えているんだ。どうしてそれが言えない。どうしてなんだ」
     シロツメ公主の精神はその言葉を受け止めるまでが限界だった。
     強く抱きしめていた手は冷え痺れてそのまま意識と共に暗闇へ落ちた。


    「似合ってます」
    「似合ってるよ」
    「そこのふたり〜自虐の表情のまま死んだ声で褒め合うのやめて欲しいな。プロデュース・ばーい・世界最高の職人アルジェンタさんなのですけど」
     アシュタルの地を進むヴィトロとアルジェンタ、そしてセッカの目はどこか死にかけていた。女装という経験はふたりともないが、美しいものを磨き上げることは誰よりも優れているアルジェンタの手で完璧な「女性」の見た目だった。
     アルジェンタの出入りがあるおかげで、入国もミンカラの巣までの道も何の咎めもなかった。
    「お前実はすごい職人なんじゃ」
    「セッカは帰ったらフルメイクのために3時間私に拘束決定」
    「なんでだよ褒めただろうが」
    「花守山のジョークってわかんない」
     警戒した空気など皆無だからだろうか、周りに怪しまれる様子はまったくなかった。異邦人であるという珍しさはあるだろうが、不審な行動をしていない上に手にははっきりと通行書があるので誰も声をかけてくることはない。
    「ところでセッカ、護国卿の巣に寄るのはやめるのですね」
     ヴィトロが遠慮がちに袖を引いてくる。
    「ジェンタの言う…じょしかい…?にはシロツメ公主も来るんだろう? 下手に関係者が多いところに単身で突っ込みたくない」
    「懸命です。護国卿夫人には護衛がつくかもしれませんが、じょし…かい? には同席しないでしょう」
    「ふたりともなんで女子会が発音できないの」
    「疑問しかねーだろ、なんだよ女子会って」
     論点はそこではないです、とヴィトロは強くセッカを窘めた。
    「それにこちらは派手にやりますから」
    「大丈夫なんだろうな。怪我するなよ」
    「目星はつけてあるんですよ。最期に父を『手渡して』くれた方が何も知らないと思いませんし。セッカが調べてくれたでしょう。シロツメ公主とヴルム卿との婚姻を取り持ったのもアシュタルの宰相ジブリールです。彼と会うのは久しぶりですが、たくさんお話ができそうです」
     常に静かな存在だとセッカはヴィトロに対して思うのだが、執政官として正式に就任して、その立場を自分に告げてきてから、彼は少し変わったようだとセッカは感じていた。うすはりのガラスのような存在が、いまにも割れてしまいそうな強い炎を中心において、空気を焦がしている。
    「ヴィトロ」
    「はい?」
    「漆とか、金繕い、って知ってるか。螺鈿細工に並ぶ花守山の加工技術なんだけど」
     唐突に話を横に振ったが、アルジェンタは職人らしく「私は知ってる。割れたものを漆っていう接着剤を使って直して金で飾るやつ」と説明をしてくれた。
    「割れても、きちんとそうやって、愛情をもって繕えば価値は落ちないんだ」
    「はい」
     何を言いたいのか分からないのだろう、ヴィトロは短く返事をするだけに留めた。
    「お前が無理して割れてしまった時は、ちゃんと俺が繕ってやるからやりたいようにやれよな」
    「それは私の言葉では? あなたはちょっと無茶をしますよね」
    「ははっ」
     セッカは短く笑うしかなかった。
    「でも、セッカは一度粉々になっても、自分でしっかり繕ってここにいるひとです。頼りにしています」
    「おふたりさん、大事なことを忘れているようだけど、その手の専門家はここにいますよ」
     セッカとヴィトロは同じタイミングでアルジェンタを見た。
    「そうでした」
    「はぁ、軽く怪我をしてアルジェンタの胸の枕で繕いはされたいけどな」
    「はい、花守山のジョークってわかんないですね」
     ふ、とセッカが口角を上げると、にやりとアルジェンタも笑い、最後にヴィトロが微笑んだ。
    「ふたりとも変なバレ方はしないように。私の商売に関わるからね。世界最高の職人の一生のお給料の面倒をみきれると思ったら、怪我をしてきなさい」
     ヴィトロはすぐに「はい」と返事をして、セッカは遅れて返事を返した。

     シロツメ公主は花を摘んでいた。
     そこは偶然、夫と見つけた秘密の場所だった。
     崖下で少し不安定な場所だったが、接ぎ木をして好きな木を植えて、シロツメ公主の名の通り、シロツメクサの花を自在に育てることができる自分の力で、あたり1面を花畑にした。
     根を張ってしっかりと固定されたその崖下の空間は、強い風は入らないが、日は優しく差し込み、大きな布を広げても十分に余るほどだ。
     日向ぼっこにも、月見にもぴったりだった。
     ただここに入るには、ヴルムの翼が必要だった。だがそれが、シロツメ公主には嬉しかった。
     行きたいと腕を引いて願うことができることが、幸せだった。
     彼はそういうと、いつも文句も言わずに連れてきてくれた。
    「花を摘みたかったのか」
    「そうです。今日アルテファリタからやってくるアルジェンタ様とミンカラ様にお茶にして出そうと思っています。他で摘んだ花は心配ですがここなら安心ですから」
     シロツメ公主が編んだ蔓の籠に花がこんもりと溜まっていくのを、ヴルムは黙って見ていた。小さな妻は小動物のように動く。
     数カ月前に無理に問い詰めたら、丸一日目を覚まさずに懇々と眠っていたので心配をしたが目を覚ましたらいつものようにきびきびと働く。何事もなかったかのように振る舞う。
     困ったことにヴルムは気づきつつあった。
     たとえこの異国の妻が、己を恨んでいてたとしても、命を狙っていたとしても、誰かと別のものを重ねて見ていたとしても、それ以外のどんな真実があったとしても、それでもいいと思うことに。
     小さな唇が嘘を吐いているとも、銀色の瞳が自分を見ていないとも思わない。
     焦るのは彼女を愛しているからだと思うと、すとんと納得できる部分がある。
    「でもふたりに淹れる前に、ここでヴルム様に一番最初に飲んで頂きますね」
     茶の準備をはじめるシロツメ公主は、湯に花を浮かべたところで膝の上で手を組み黙してから、意を決して顔を上げた。
    「あのヴルム様、お伝えしたいことが」
    「あの時のことなら先に謝る。どんな真実があったとしてもお前は僕の妻だ。言えない事情があっても、お前の行動が示してくれてる、そうだな?」
     シロツメ公主が言う前に、ヴルムは率直な気持ちを投げた。
     飾らない言葉には、飾らない言葉を返すことができる。
    「私は許される限りあなたの側にいます。私は、私の思いで白い翼の護国卿の妻でいたいのです」
     誰に許される限り──だろう、とヴルムは思いながらも追求はせずにシロツメ公主の前髪を指先で撫でた。
    「永遠に」
    「はい、永遠に」
     嬉しそうに微笑む表情が、嘘か本当かくらいを見極めることは彼にもできた。
     許し、許され、労り、労り返すという小さな感謝を積み重ねながら、お互いの手の暖かさを知ったのは、嫁入りしてから随分してからのこと。
     政略だとしても手を繋ぐまでにどれだけの時間がかかったことか。
     ふたりは手を繋ぎだした時、十分な絆が生まれていた。
     小さな不安の芽を撒かれる程度でヴルムがシロツメ公主を手打ちにすることはなかった。妻は夫を映す鏡のようなものだ。その逆も同じ。番とはそういうものだ。
     そこに「映る色かたち」こそ、まごうことなき「アシュタルの護国卿ヴルム」であり「ヴルムの妻シロツメ公主春玲」なのだと互いに感じている。
     殺すにしろ、殺されるにしろ、そこには関係性が必要だった。
     密約者たちの誤算はそこにあったのだろう。
     無関心の相手に執拗に関わるほど護国卿ヴルムは暇ではなかったし、関心を持った相手を無下に殺すほど冷たい男ではなかった。
     そういうことだ。
    「お茶ができました」
    「その前に」
     差し出した茶器を、ヴルムはそっと手で制した。
     その手の先を見て、シロツメ公主は少しだけ身体を伸ばしてそっと夫のまぶたに口づけを贈った。返礼を受けると、きらきらとシロツメ公主の白金の髪が輝いてみえた。
     

     花籠を落とすと同時に、セッカはシロツメ公主の口元を押さえ、手を引いて物陰へ押し込んだ。
    「公主。シロツメ公主。覚えておられますか俺を」
     口元を押さえられたら返事もできないが、シロツメ公主は首を慌てて二度縦に振った。
    「セッカ」
    「そうです。冬清王潤越の従者セッカです」
     もう二度とそう名乗ることはないと思ったが、セッカはそこまで言ってやっとシロツメ公主の口元を押さえた手を引いた。
    「どうしたの…ですか、セッカは女性でしたか」
     そうかーそうだよなそっちが先に来るよな。とセッカは肩を落としながら「変装です」と短く告げて続けた。
    「それより、あなたはどうしてここにおられるのですか」
    「セッカはどうして?」
    「無礼を承知の上ですが、俺の質問に対して先に回答してください」
    「私は…両国の和平のために、護国卿ヴルムに嫁ぎました。セッカは知らなかったのですか」
    「慈悲王のためにそうしたのですね?」
     セッカは確認のために名前を出しただけだったが、慈悲王という単語を聞いてシロツメ公主の表情が変わった。
    「セッカは慈悲王からの使い…ですか…? ごめんなさい。あなたに深い傷を与えたのに、私、愛するひとと一緒に生きたいのです。死にたく…死にたくないのです。霊木の再生も、みんなのことも、たくさん考えてました、でも」
    「待って!」
     セッカはいきなり溢れる情報に思わず声を上げてしまい慌ててシロツメ公主の手を引いた。この場から早く離れた方がいい。
    「ど、どこへ。私はこれからミンカラ様にお会いしなければ」
    「いそいでここから出ます。ここじゃ話しにならない。こんな陰謀の巣に、あなたを置き去りにした自分を含めた花守山の全てに唾を吐きたい」
    「話がわかりません。私が役目を果たさないことを罰するのなら、どうか……」
    「いいから黙って付いてきてくださいシロツメ公主!」
     引きずる形になると一層不審に見える。セッカは断りを入れずにシロツメ公主を抱き上げる。
    「シロツメ」
     早口で一方的な会話に温度差のある声色が投げられた。
     その声は、セッカにもどこか聞き覚えがあった。
    「ヴルム様」
     救いの船という顔をしたシロツメ公主が見つめる先にいたのは、セッカのかつての主冬清王潤越と瓜二つの顔だった。
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    kei

    DONEhttps://poipiku.com/1425184/3449166.html
    ⇒ 繕うものたち
    二胡を弾く手を止めたのは、シロツメ公主の夫、アシュタルの護国卿ヴルムだった。
     気分よく聞いてくれていると思っていたので、驚いて弦を落とした。
     落ちた弦を夫が拾うが、ヴルムはシロツメ公主へ手渡さない。
    「聞きたいことがある」
    「な、なんでしょう、ヴルム様」
     一呼吸置いて、ヴルムは自分が感情的にならないように、意識して続けた。
    「お前に冬清王という婚約者がいたのは聞いてる。それがお前の目の前で死んだという話も聞いた」
     誰からそれを聞いたのか、と思うが答えはすぐにでてきた。アシュタルにはシロツメ公主を監視する目がいくつもある。その一つは直接慈悲王と繋がっている宰相ジブリールだ。
     シロツメ公主の視界が暗くなるのがヴルムにも分かったが話は止めなかった。
    「その婚約者は、アシュタルが殺したのか?」
     
     もう六年以上前のことだ。冬清王潤越とその従者セッカと三人で、国主領の山間に花見に出かけた。手を引かれ時に抱き上げてもらいながら、美しい景色を楽しんだ。
     今ならば行かないでと大泣きをしてでも止めただろう。
     戦時中とはいえ、国主宮も近いその丘が血塗れの惨状になることなど、だれも想像して 7531

    kei

    DONEhttps://poipiku.com/1425184/3457535.html⇒ 引き離せないもの三国を探し歩いても、これほど同じ顔の人間などいないものだ。
    「何だお前は」
     向き合うヴルムとセッカは同時に同じ言葉を発した。ヴルムは敵対心を持って、セッカは既視感を持って。
     似ている、というには似すぎている。冬清王の若い頃は知らなかったが、記憶の中のかつての主人の姿がきれいに重なり、目眩すら覚えた。
     しかも今シロツメ公主はこの男をヴルム様、と呼んだ。
     護国卿ヴルム、シロツメ公主が嫁入りした男の名前だ。
    「セッカ、離してください」
     シロツメ公主はヴルムの姿を認識すると、セッカへ警戒心を強めた。
     慈悲王がシロツメ公主に直接使者を送り、使命の遂行を即したことが一度だけあった。
     使者は冬清王と暮らした冬ノ宮で、短いながらも幸福な時を一緒に暮らした侍女だった。年が同じであったから再会した時は13歳で、彼女も嫁入りを控えていると、祝い事であるはずが暗い顔をしていた。
     「あなたが慈悲王から託された使命とやらを果たさなければ、実家も未来の夫の未来がない」と泣きながらすがりついてきたのだ。
     動揺するシロツメ公主の心が激しく揺れているうちに、その侍女一族は戦時中の反逆行為の濡れ衣を着せら 6140

    kei

    DONEhttps://poipiku.com/1425184/3485521.html ⇒引き離せないもの(2)四十歳になったとかいう話を数年前に聞いたが、花守山の仙人たちはまるで衰えがない。ジブリールの報告を受け、思慮に更ける慈悲王は鋭い眼光のまま、黙していた。
     色素が薄く、空の雲と並べば溶けてしまいそうなほどに白い彼らは、その色の印象のままに清らかでいようとするし、争いと血の穢れを忌避し、残忍を良しとしない。
     ──と、いうが、後者は建前上のものではないかと、ジブリールは思った。
     この慈悲王という存在は、花守山において特に異質だと感じていた。
     穢れを忌避する姿勢はあるが、残忍で無慈悲なところは、花守山の民の本質からかけ離れている。身内で政権を奪い合う国主一族においても存在自体が異質に思えた。
     普通の人間であれば、個より全という帝王学を叩き込まれていてもここまで残忍な行いはできないと思う。彼は愛というものを知らないのだろう。
     シロツメ公主の教育過程を見ていたジブリールはそう結論づけていた。
     手心を知らないこの無慈悲な王に、失敗の報告をするのは恐ろしいが、避けては通れない。今後の方針を聞かずに独断で判断すればもっとひどいことになる。
     慈悲王幽達から託された霊木再生の施策──代理人に 6027