後日談2 昼は人の姿に、夜は獣の姿に。
今の雑渡は、人と獣の間を往復する存在だ。女神の神託は半分しか実現しなかった。それは、伊作が雑渡に愛したせいかもしれない。
七夜六日に亘って半獣半人の雑渡と交わり、人心を与える。ここまでが伊作の使命だった。だが、本当の目的は暴君を名君にするための人智を越えた家来を作り出すためだった。
伊作の話を一通り聞き入った雑渡は、それではおまえと離れ離れになってしまうねと呟いた。
その通りだ。小さな村の医者見習いでしかない伊作は、城に仕えることになる雑渡とは身分違いとなる。こんなふうに一緒にいることはもう不可能だろう。
だからといって、伊作は自分を生贄に差し出した村にひとりで帰ることも考えていなかった。お世話になった新野先生や可愛がっていた伏木蔵に、何も告げずに別れるのは心残りだったが。
「あなたと離れたくない」
「うん、私も離れたくない」
話し合う間、ずっと繋いでいた手を引き寄せられる。抱きしめられ、膝に座らされ口吸いをされた。最初から舌を吸い合う深いものを。唇を離したころには、雑渡の考えは決まっていたようだった。
「野犬と野豚の死骸を用意して、ねぐらに火をつけよう」
野犬は雑渡の、人間の骨に似ている野豚は頭蓋骨だけを用意し、狼に頭を残し食べられたていで伊作の死体に偽装した。ねぐらごと燃やしてふたりの痕跡を消そうと提案される。
「まあ、時間稼ぎにしかならないかもだけど。一緒に逃げようね」
伊作が清童を失い、愛し合ったふたりきりで過ごした隠れ家のような巣穴は、雑渡の手によって瞬く間に赤い炎に包まれた。
一年の間に、東国の小さな村に厄介になるようになり、ちょっとしたきっかけから伊作は医者として招かれるようになっていた。
雑渡といえば、最初は農家の手伝いをして働いていたが、いつの間にか農家のまとめ役。更にいつの間にか村のまとめ役にまで出世している。
村での生活は、色々あったとしても安寧なもので、しばらくはこの地に落ち着こうかとふたりで話し合っている。
そんな日々だったが。
ここ数日、雑渡のようすがおかしなことに伊作は気づいていた。そわそわと落ち着きなく、分離不安ではないかと疑うほど伊作にべったりと引っ付いてくる。
五感も冴えているらしく、小さな物音や微かな匂いにも敏感になっており、夜もほとんど眠っていないようだ。表情など茫洋としおり、いくぶん神がかって見えるほど。まぁ、ただぼんやりしているとも言えるのだが。
そして、なにより嫉妬深くなっている。
自宅兼診療所で、伊作が患者の治療をしているだけで激しく機嫌が悪くなる。さすがにこれはと注意をすれば、後ろめたいのもあってかやたらと甘えてくる。あの巨体全身で抱きついてこられた日には、伊作の体格では振り払うのに一苦労だ。
「雑渡さん、どうしてしまったんですか?」
患者の帰った後、雑渡が嫉妬を我慢したのだから誉めてというように伊作の首に顔を埋め甘えてくる。
「たぶん、あれだよ。私、発情期がきてる」
伊作の首筋から、くぐもった声がそう告げた。
「……発情期?」
「今まで一度も来たことがなかったから、気づかなかったけど。間違いないね、これ」
「え、今まで一度も? 雑渡さんって幾つなんです? 成人してますよね?」
伊作よりもかなり年長に見えるのだが。発情期が来たことない?
「だって、つがいの相手がこれまでいなかったから。メスがいないとオスは発情しないもの」
「メス……」
そこで、伊作の顔がさっと赤くなった。確かに自分は雑渡のメスだろう。あれだけまぐわっているのだから。